第42話 愛の大きさ・最終話

 花曇りの昼下がり桜並木に集まる人々。足音、笑い声、話し声全てが風に靡く桜の花に透過される。

 僕は1人ベンチに座り、あえてその喧騒の中に身を投じた。静かな場所では自分の規則正しい呼吸音に飲まれそうだからだ。

 悲しいのか苦しいのか辛いのか、自分でも分からない感情が指の先まで流れ広がる。



 どれ位の時間が流れただろうか。桜は夕陽に照らされ、賑やかだった人達の姿はない。夕方の心地よいひんやりとした風が頬をかすめてゆく。

 何かを考えたかったのか…いや、違う。確かに答えは出ていてさやかにも伝えたはず。では何故落ち込むのか…何故悩むのか…何故笑顔で美怜の元に帰れないのか…。まだ心にしこりが残っているのだろうか。

 ゆっくりとベンチから立つ。夕陽を見ながら大きく伸びをした。


「日向ー!」


 振り向くと神川先輩と美怜が走ってやって来ていた。


「どうしたんですか?」


「探したよ…」


 神川先輩は少し距離をおき、立ち止まってそう言った。走って来たせいか息を切らしている。美怜は神川先輩の後方で立ち止まり、膝に両手を置き下を向いたままだった。美怜の吐息がこちらまで聞こえて来る位、息を切らしていた。


「急いで来たんですか?」


「あいにく急ぎの用だよ。さやかが思い出したんだろ?お前と恋人だったって」


「あ、はい」


「あの時聞いたよな?嘘をついていたのか」


「すいません…」


「いや、お前の気の利いた嘘のお陰で今まで楽しかったよ」


 過去形?


「俺はさやかと居ると、何時もお前の存在を意識しないとダメだった。さやかがお前の話ばかりするからだ。分かるか?その気持ち…」


 僕の話ばかりする?さやかが…?信じられない内容だった。だが、神川先輩が嘘をつくはずがない。


「そうだったんですか…」


 神川先輩はゆっくりと歩き、僕が今まで座っていたベンチに腰かけた。


「今さやかはどうしてると思う?強がってお前に言ったんだろうが、家で泣きじゃくっているよ。ずっとずっと泣いたままだ」


「それで探しに来てくれた?」


「そうだよ…俺ではダメなんだよ」


 今すぐにでもさやかを抱き締めてあげたいと思ってしまう。もう終わったはずなのに…そんな自分が嫌になる。


「俺…言ったよな。1番が好きだって。さやかにとっては俺は2番なんだよ。そうだよ…お前が1番。負けたんだよ……」


 夕陽を見つめながら言った神川先輩の言葉は悲しい言葉だった。美怜はそんな2人のやり取りをずっと見守っていた。


「僕にどうしろと?」


「さやかをお前に任せる!さやかの所に行け!」


 さやかの所に……?そう言い放つ神川先輩も辛いだろう。そして1番辛いのは何も言わずただ見守っている美怜だ。

 ダメだ…美怜を悲しませるような事は僕には出来ない。


「神川先輩、すいません…僕には美怜がいます」


「分かってる…分かってて橘さんは一緒にお前を探してくれたんだよ」


「美怜…」


 その時、美怜の大き過ぎる愛を感じた。


「早く行ってあげて」


 美怜は真剣な面持ちでそう言った。

 僕は美怜を愛してる。何があろうと離さない、守ると約束したじゃないか!


「いやだ!美怜、僕は行かない!」


 それを聞いて美怜は僕に近ずき両腕を掴んだ。


「何言ってるの?!あんなに苦しんできたじゃない!やっと記憶が戻ったんだよ!やっとなんだよ!お願いだから行って!」


 叫ぶ彼女を僕は抱きしめようとすると、美怜は跳ね除けた。


「日向!ダメ!行って!」


 彼女の目から涙が溢れた。幾度となく泣き顔は見てきた。だが今日の涙は違う。悲しみと辛さと苦悩に充ちた涙だった。


「この日が来ること…分かってた。分かってたからあなたとの一瞬を1日を大切にして来た。十分幸せをもらったよ。だからねもういいの…お別れだよ日向」


 全部美怜は分かっていたのか…。だから先の事はいい、幸せだからと言っていたのか…。プロポーズもまだいいと言い実家にも来なかったのか…。大き過ぎるよ、お前の愛は大き過ぎるんだよ。今までどんなに辛かっのだろうか。今日という日までと決めていたのか……僕には計り知れない。

 だからこそ、僕は美怜といたい。このままもずっとずっと……。


 いやがる美怜を思い切り抱きしめた。


「日向は馬鹿だよ!うちなんかほっておけばいいんだよ!」


「嫌だ!もう別れなんか言うな!生涯お前といる!それが僕の幸せなんだよ!頼むから別れるなんて言うなよ……愛してるんだよ美怜…」


 美怜は僕の胸を叩きながら言った。


「馬鹿だよ……日向は馬鹿だ」


 泣きじゃくる美怜を尚いっそう抱きしめた。


「神川先輩…すいません…僕の守るべき人は美怜なんです……」


「分かった…日向。お前は橘さんを大切にしろ。俺は2番でも構わない。さやかを守っていくよ……」


 神川先輩はそう言って力無く立ち上がり、その場を去って行った。


 美怜の涙をぬぐい抱きしめキスをした。

「もう離さない。絶対にだ」


 美怜も分かってくれたらしく、自分で泪をぬぐい僕を見つめた。


「日向…ありがとう」


 辺りはすっかりと暗くなっていた。


 2人はまたキスをした。お互いの想いを確かめ合うように……。

 そしてまた抱きしめた。これでいい。僕の分岐路は間違っていない。後悔もしない。


「美怜、帰ろ。疲れただろ」


 美怜と手を繋ぎ同じ家に帰る幸せを噛み締めていた。

 これからは心おきなく僕を正面から愛してくれるだろう。

 そして必ずプロポーズする!美怜が今度は嬉し涙を流してくれるような、素晴らしいサプライズをする!

 涙で腫らした目を擦りながら笑顔で歩く君……愛してるよ、ずっとな…。


[完]




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恋の紡ぎ方 ゆめ猫 @yumeneko727

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