第7話 信用にはまず謝罪から

岩野、景山の二人は目を合わせる。

お互いに不信を持ちつつも、睨み合うことはなかった。


―――希望を持っているんだろう。まだ、可能性はあると。


しかし、どこかで気付いている。目の前の相手は、敵だと。


「えーとつまり、どういうことだ?」


鳥飼が怪訝そうに首を傾げた。それと同時にトサカも垂れる。


「何者かが二人に票を入れた、という事だと思う」


俺は真剣な表情で返答を返した。

これは鳥飼だけではない。この場全員に教えている。

心臓が高鳴り続ける。裏切り者への動揺か、それとも、高揚か。原因はもう分かっていた。


「あれ、でも、おかしくないっすか?」


最初に意見を出したのは真野だ。

今までのようにすっとんきょうな声でそう言うが、声色に動揺が入り雑じっている。


「二人が候補に出たってことは、二人に別々の人が票を入れたってことっすよね。じゃあ―――」


真野の言葉は、少しずつ刻みを大きくして震えていく。

そして、紡がれた。


「出てきて、貰えないっすかね……?」


真野の言葉は、この場に沈黙をもたらした。

それは、出てこなかった、ということを示している。

皆の不信感は更に加速した。

お互いがお互いを信じられない。感情が入り乱れていく。

遂に堪えきれず、真野は円卓を叩いた。


「……なんですか、さっきまで、皆仲良く出来そうだったのに……それなのに…!」


「真野……もういいよ。あんたはもう……泣かなくていい」


雨戸はこの場の全員を睨む。その眼は鋭く光っており、猫や狼などを彷彿とさせる。

そして、腰に手を伸ばし―――


「あぁー待って待って!」


俺は慌てて手を挙げた。一瞬で全員の視線がこちらへ動く。そして俺は、皆が求めているだろう言葉を、紡いでいく。


――あぁ、くそ。こんなつもりじゃなかったのに。


俺は雨戸を見て、心の中で雨戸に向けて言う。


――誰かを守ろうとする奴の泣き顔なんか、見たくないんだよ。


「俺が……票を入れました」


「へぇそうなんだ。じゃあもう、こいつ殺すべきだろ」


円卓の中で真っ先に俺に矛先を向けたのは、やはり鳥飼だった。

そして、それに続くように次々と疑惑が飛び交う。


「え、なんで投票先変えてるの?」


「……意味が分かりません」


「犠牲者減らそうって言ってたのは、騙すための演技だったわけか」


……違う。


「やっぱり人外陣営なんじゃ? じゃないとやんないでしょ。こんなこと」


……違う。違う。俺は、そんなんじゃ……


「私は違うと思うよ」


……え?


顔を上げ、その声の先に目を向けた。そこには―――



―――仏頂面でゲームを続ける、阿南がいた。


「あぁ? 意味分かんねぇよ。大体、さっきからなんなんだよテメェ。適当なことばっか言いやがってよ」


「だから言ったはず。私は私の思ったことを言ったまで。発言は最小限にしときたいから」


「……舐めてると潰すぞ。ガキ」


「だったらガキの言うことくらい受け流しなよ。そのくらいしなよ。大人はさ」


鳥飼と阿南、二人の口論が勃発する。

鳥飼は阿南に敵意を剥き出しだが、阿南はゲームをしながらもしっかりと鳥飼を煽っている。

鳥飼も、感情が抑えられなくなりそうだ。

――頭の糸が切れてしまうのを感じた鳥飼は、遂に立ち上がる。

そして―――


「……やめてくれ、鳥飼くん。阿南ちゃんも悪気がある訳じゃないし、それに、一理あると思う」


それを止めたのは、誰でもない岩野だった。


「ねぇ香村くん。一つ君に問うよ。答えてくれるね?」


岩野は微笑んで俺を見る。しかし、その笑顔が繕われたものというのは、一目瞭然だった。


「……はい」


俺は緊張しながらも、応答する。

岩野も何度も胸を撫で下ろし、問い質す。


「君は僕と景山さん、どちらに票を入れたんだい?」


俺は質問に答えるため、ゆっくりと腕を上げていく。

言葉には、出来なかった。いつの間にか俺の喉は、言葉も出なくなっていたから。

腕の向いた方向には……岩野がいた。

岩野は安心したように肩を落とした。


「分かった! 君を信じよう!」


張り切った声で言う岩野の顔には、本物の笑顔が戻っていた。

俺は、涙が溢れそうになる。

そして思ったのだ。こんな世界も、捨てたものではないと。


「あ? 意味が分からねぇ。おいコンビニ店長、どういう理屈でテメェはこのドグレー野郎を信じるっつうんだ? 全く以て無理がある話だろ」


呆れたように言う鳥飼の顔には、憤怒も入り雑じっている。

まだ俺の喉が動かないのを察して、岩野が代わりに鳥飼を諭す。


「確かに、彼が僕に票を入れるということは、それだけで今日一人の犠牲者が出ることを示すよ。それは確かに、僕らが思う裏切り者だ」


「……そうっすね」


真野は訝しげに岩野を見る。

意味が分からないのだろう。そうする意味が。


「けどね、今日もう一人「裏切り者」が出たわけだ。なら彼が狼であった場合、僕を代表にするメリットはないよね?」


「……分かりました。岩野さんは、「香村くんが今日、「裏切り者」が出ると思ったから自分に票を入れた」と、そう言いたい訳ですね……」


雨戸がまとめた。その顔は俯いており、微かに見える表情は、先程までの元気そうな顔から見る影もなく、曇っていた。


「で、なんでそこの天才少年君は、「裏切り者」が出るって分かっちゃったわけ? ごめんけどさぁ、「超能力~」とか言ってはぐらかすのはやめろよぉ? その瞬間今日、脳天ぶち抜かれるのはテメェだからよぉ」


鳥飼が自分の頭を突きながら、俺を見る。

自分の喉を押さえて、確認する。

……よし、大丈夫そうだ。


「……分かって…るよ。ただ、俺は「黒側が…人数を減らせる手段」…を自ら潰すとは、思えなかった…から、一番信用…のある岩野さんに票…を入れただけ…だ」


話し終えた瞬間、俺の喉に咳が込み上げてきた。

酷い咳の中、机に唾を飛ばしてしまう俺を見兼ねて、誰かが俺の背中を擦った。

顔を見ようと、振り返る。

そこには、ゲームに視線を向けながらも左手で俺の背中に触れる阿南がいた。

俺は彼女の意外な行動に、目を見開く。


「君、凄いね。私、頭いい自信あるのに、客観的に見るの忘れてた。君のお陰で助かった。ありがと」


素っ気ない印象であった彼女の行動がとても感傷的で、俺の心臓を包み込むようだった。

そんな中、鳥飼が頭を掻いて言った。


「あーそうだな。考えてみればそうだわ。すまん。疑ってた俺が馬鹿だったわ」


そこから、さっきまでの疑念は何処かへ消えたように、称賛の言葉が当てられた。


「凄い!」


「助かった! ありがとう!」


「君がいて良かったよ!」


……そんな中、俺は思うのだった。


多分きっと、俺はこいつらを信用できないな、と。


「取り敢えず、決まってしまったことは仕方がない。景山さんか僕、自分が信じられる方に投票してくれ! あとのことは僕に任せてくれて構わない。責任は負う!」


岩野は全員に呼び掛ける。

そんな姿を、景山は諦観の目で見る。


(――これは負けかな。そもそも、リーダーシップが違いすぎるよ……。


―――もっと色々、頑張ってみれば、良かったかな)


【投票終了】結果、

代表者 岩野 和也。


何かが沸き上がるのを感じた。

心の奥底から、喜びが込み上げて来るというか。

しかし、そう感じていたのは自分だけで、皆はまだ緊張している。


――俺はハッとした。

これで終わりでないことを、思い出したからだ。

ここから、岩野は一人を選んで、射殺しなければならない。

円卓に緊張が走る。


『あとのことは僕に任せてくれて構わない。責任は負う!』


(岩野さん、どれだけ強いんだよ。あんたは)


岩野の手元に、いつの間にか拳銃が握られている。

岩野はゆっくりと拳銃を握る両手を振りかざしていく。


―――よく見るとその両手は震えている。

彼は、この汚れ役を買って出た。しかし、それを望んでいた訳ではないことは、明白だ。人の命を奪う行為、きっと誰でも抵抗があるだろう。

それが今、無関係の人に銃口を向けている。

その気持ちは、きっとこの場の誰もが理解できないだろう。


銃口が、へ向けられる。

誰も予想していなかった。きっと、この場の誰も。その人物すらも。


「……約束を破るような真似をしてごめんよ。


「……えぇ…?」


景山は引き攣った笑みを浮かべる。「冗談でしょ」と言いたげだ。

しかし、彼がそんな人物ではないことは話し合いの中で分かっている。


「ど、どう言うことですか岩野さん!! だって、「占いは狙わない」って、言ってたじゃないですか!!!」


「ごめん、景山さん。僕には、景山さんが嘘吐きにしか見えないんだ」


「なんで、なんでですか!! 私の何処がですか!!? 言ってくださいよ!!」


景山の怒りを孕んだ声が部屋中に響き渡る。

まるで悪魔にでも取り憑かれたようだ。

こんな声を出せたんだ。そんな目を向ける。


「大体、私が岩野さんと票数が同じだっただけで、なんでそんなにも疑われなきゃいけないんですか!!! 理不尽でしょ!!? 狼たちに嵌められて!! 挙げ句の果て殺されるなんて!!」


景山は涙を流して便宜する。何度も何度も、訴える。

岩野はその言霊たちから耳を塞ぐように眼を瞑り、涙を流し、構える。


「ごめん、景山さん。……あの世で待っててくれ」


「なんで………」


瞬間、景山の脳天を一閃が貫いた。

痙攣する体を震わせ、そして椅子から転げ落ちた。


「なん……で……」


未練の拘束か、脳を貫かれてもまだ命を取り留めている景山は、訴えるのを止めない。

岩野は、天井を仰ぎ、自分に言い聞かせるように呟く。


「僕が間違っていたのなら、地獄で君に首でも魂でも捧げるよ。だから……それまで、待ってて下さい……」


命の華は、美しく、儚く、そして醜く咲き乱れた。


まず、一輪。

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