Chapter1-2

校門の向こう側に広がる時代を感じさせる旧校舎、その向こう側に見える真新しい新校舎、新校舎の二階は私達二年生の教室だ。

中学校のものとは比べ物にならない大きさの体育館、昼休みの時間は瑠衣と遥と一緒に三人で体育館の裏で過ごす。


よく管理のされた草花、創立者の銅像。一つ一つが人を圧倒させる建築物が並ぶ私が通うこの「御剣高校」だが、深夜となるとその優雅さも恐怖へと変貌する…らしい。


あいにく私は感情があまり無いので、何か得体の知れないものに対する恐怖と言うものをほぼ感じない。

強いて言うなら暗闇で躓いて頭を打つかもしれないと考えると少しは怖いが。


とりあえず、大急ぎで準備をしたときに、家から持ってきたものを改めて再確認した。頼りない道具ばかりだがやるしかない。


まずは懐中電灯。なるべくスリムで明るいものを持ってきた。

現にこのライトはペンぐらいの細さしかないが、十メートル弱なら容易に見渡せるほどの強い光を発せられる。

ただし強力な光を発生させられるゆえに、電池の消耗が激しいので、あまり長くは持たないだろう。


次にコンバットナイフ。どこかで買ったのか、あるいはもらったのか分からないが愛用しているものだ。護身用具としては強力に使うことが出来るだろう。役に立つ事態は避けたいが。


最後にマッチ。叔父が家に遊びに来たときに忘れていったものをくすねてきた。

役に立つかは微妙かもしれないが、ただ、なんとなく良く分からないが…必要そうな気がして持ってきた。


持ってきたのはたったこれだけ、果たしてこれだけで瑠衣達を助けることが出来るのだろうか?彼女達のいたずらならいいのだが。

まず、私のやるべきことは彼女達を探し、合流することだ。そこから始めよう。


それをするには校舎に入らないことには始まらない。私は鍵のかけられた校門をよじ登り、深夜の学校の敷地に足を踏み入れた。

「とりあえず、正規の道を試してみるかしらね。」


誰も聞いていないことを一人で呟き、表玄関のドアノブに手を掛けた。当然だが鍵を掛けられており、開かない。

彼女等はどうやってこの校舎の中に入ったのだろう。疑問に思いながら表玄関の周りを探索していると、

「…なるほどね。」


表玄関を正面に見て、そこから右に5メートルほど、そこには大きな脚立が地面に存在感をかもし出して倒れていた。

その真上を見ると、ちょうどそこの二階の窓が開いていた。恐らく彼女達はここから校舎に侵入したのだろう。

「命知らずもいいとこね。」


『夜、外を出るとビルの高さを無意識に数えている。』自殺者の手記に書いてあったことを思い出した。

人が死ぬのに必要な高さは、地面が硬いコンクリートなどなら約二十メートル、ちょうどビルの七、八階程の高さだ。

だから運悪く転落しても死ぬことはまず無いだろう、骨の一本や二本は折れてもおかしくは無いが。


重くて大きい脚立を女性一人の力で立たせるのには苦労したが、何とか立ち上げて進入経路を確保できた。

脚立の段を一歩一歩確実に上がり、窓から校舎に侵入する。周囲に誰もいないことを確認した後で、窓枠から床に足を下ろした。

「イタズラなら今すぐ帰るわ。」


近くに人がいたら聞こえる程度の声量で誰かいないかをチェックする。反応は無い。懐中電灯を左手に持ち、自分の数メートル先を照らしながら先に進む。

 

コツン


何かが物に当たる様な音が聞こえた。音の方向には高低のものと思われる石が転がっている。

「誰かいるの?」

石が飛んできたと思われる方向を懐中電灯で照らし、様子を見る。

しかしその方向にいたのはねずみ一匹だけだった。近くに誰かいないかと探してみたが誰もいない。


「驚かせないで欲しいわね。」

飛んできた石を拾い上げ、遠くに投げて近くのねずみを追い払った。コツンとさっきより少し大きな音が聞こえ、その方向にねずみは走っていった。


その直後のことだった、自分の背後から人影が飛び出し、私に飛び掛ってきた。背中に衝撃を感じ、後ろから体を拘束されて身動きを取れなくされた。

大急ぎで振りほどこうと、自分の腹の辺りに回された両手をつかもうとした時、その手に既視感を覚えた。私はこの手をどこかで見たことがある。


「遥、今すぐ放して。」

それと同時に腹に掛けられていた力が弱められ、私は拘束から自由になれた。

「後ろから抱きつくなんて何のつもり。」


後ろを振り返るとそこには瑠衣と共に夜の校舎に忍び込んだ私のクラスメイトであり、友人とも言える国立遥の姿があった。


少しだけ長い黒髪に、少女のような顔、華奢で細い体つき、私より十センチほど低い身長。ほとんどの人が彼を女性と間違えるが、紛れも無い男性だ。制服も男子のものを着ている。


「何があったのか分かりやすく、簡潔に話してもらえる?」

少し屈み、遥の顔を覗き込むようにして話しかける。良く見ると彼の左目は泣き腫らしており、充血していた。右目は彼の髪で隠れているが、恐らく同じようになっている。


並大抵の涙を流すような体験ではここまではならないだろう。


「そこの窓から…入って…理科室で…。」

彼は震え始め、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。駄目だ、今の彼ではまともに話が出来ない。


「分かった、理科室で何かあったのね。これから私は瑠衣達を探す。その後、この脚立を使って脱出する。あなたはここで動かず待ってて。」

きびすを返し、瑠衣を探しに行こうとした時、私の右袖を遥に引っ張られた。


「僕も、ついて行くよ。一緒にいたほうが安全だよ。」

「…それもそうね。じゃあルールを一つだけ作る。いざと言う時は私に構わず全力で逃げて。何が起こってるかは知らないけど、二人で共倒れになるよりかは良いでしょう。」

遥は黙ってこくりとうなずいた。


「それと…袖が伸びるから放してもらえないかしら?」

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Lose sanity 六枚のとんかつ @rokuton0913

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