Lose sanity

六枚のとんかつ

Chapter1

Chapter1-1

夢とは本当に不思議なものだ。自分が見たり聞いたことも無い、あるいはありえないことまで体験できてしまうのだから。


それゆえに人は夢と言うものにいつの時代になっても関心を示してきた。例えば胡蝶の夢と言う話がある。

夢の中で胡蝶になってひらひらと飛んでいた所、目が覚めたがはたして自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という逸話だ。


このような話を聞くたびに私のいる世界は全部嘘のように思えてしまうのだが、そんな時は妹の部屋に行くことにしている。

起こさないように慎重に妹のベットのそばに向かい、頬を触る。大丈夫、暖かい。妹はちゃんとここにいる。安らぐような寝息が聞こえ、起こしてない事が分かり、ほっとする。


ここの所、本当に自分のことが情けなくて笑えてくる。悪夢を見るたびにこの世界が嘘なんじゃないかと思い、そのたびに妹の顔を見て安心してるなんて。

悪夢といっても恐ろしいものを見たわけではない。ただ、どこかで見たことのあるものを、また見せられているような気がして気持ち悪いのだ。


夢の内容は起きてしまうとすぐおぼろげになってしまうのだが断片的に覚えている所がある。

白衣の大人、小学生くらいの背丈で、入院着に身を包んだ男の子と女の子。そして自分を呼ぶ声、001番って呼ばれていた。実験施設のような病的に真っ白な部屋。


しかし私はそのどれに対しても全く記憶が無い。夢で見たときは病院かと思ったけれども、入院した経験なんて一度もない。二人の子供も小学生の頃にいたクラスメイトとの誰にもあてはまらないし、そもそも私のある障害のせいで友達は一人も出来なかった。だから夢に出てくるような人なんていないはずだ。


でも…どこかでこの子供は見たような気がする。似ているようで少し違う、夢で見たあの子達の顔を私は見ているはず。

「うっ…!」

突如酷い頭痛に襲われた。…まただ。


夢で見たことを思い出そうとするたびに酷い頭痛に毎回襲われ、思い出すことが出来なくなる。まるで誰かに思い出すなと強制されているように。

 

一度このことに関する思考を止めればこの酷い頭痛は止まったはずだ。私は鈍く痛む頭を押さえながら妹の部屋を後にした。

 

とりあえず自分の部屋に、いやその前に水を一杯飲もう。冷たい水は正常な思考を取り戻してくれる。


冷蔵庫から水の入った大きなペットボトルを取り出し、長年の使用で細かい傷だらけになったガラスのコップに一口で飲める分だけの水を入れる。

そして一息で飲もうとしたその時だった。


 pppppppp

 

寝巻きのズボンのポケットに入っていた携帯電話から着信音が発せられた。

常夜灯の薄明かりで照らされた掛け時計は午前二時を示している。こんな夜更けに誰だろうか。

携帯電話の画面を見ると、電話の着信画面が写されていた。発信主は「小南瑠衣」。


私の親友にして恩人なのだが、私の知る限りでは、少なくともこんな夜更けに電話をしてくるような非常識な人ではない。

こんな夜も遅い時間なのに、今すぐにでも私への連絡が必要とするような用件でもあるのだろうか。


彼女は少しおちゃらけた所はあれど、根はとても真面目な人間だ。まさかくだらない内容をわざわざ電話で伝えるなんて事はしないだろう。

電話の応答ボタンをタップし、耳元に近づけて繋がるのを待つ。


繋がるのには数秒も必要なかった。電話の向こう側から風の音が聞こえることから、つながったと判断し、電話の向こう側の人物に話しかける。

「こんな夜更けに何の用かしら。」

「結城!今すぐ私達がいる学校に来て!」


電話の向こう側から聞こえてきたのは聞きなれた声、私の親友である小南瑠衣のもので間違いないだろう。


確か彼女とその数人は肝試し、もとい理由をつけて集まるために私達が通っている高校に忍び込んだはずだ。私も誘われたのだがあいにく私には楽しめないだろう。この障害のせいで。


私は生まれた時に脳の一部が損傷してしまったようで、感情というものがあまり無いのだ。


皆が喜んでいるのに輪に入れない、皆が悲しんでいるのに涙を流せない、そのことが辛くもなんとも無い。


それでもこの電話の発信主の瑠衣は私のことを積極的に構ってくれて、しかるべき時にそのような態度をとる方法、感情がある演技をする方法を詳しく教えてくれた。

彼女は私の障害を障害とは思っていないようで、ただ感情を出すのが苦手な人だと認識しているらしい。


といっても自分が持っているものをしかるべき時に出すことが出来ないのなら、それは無いのと同じだと思う。だから彼女の認識と事実は大して変わりは無いから、彼女とは付き合っていける。


「私は夜の集まりは断ったはずだけれど。」


確かに彼女には勿論恩はあるけれど、親友とはいえこんな夜更けに会いに行く気はなれない。

「助けて!このままじゃ皆殺されちゃう!早く学校に来てお願い!」

聞こえてくる彼女の声はかなり上ずっており、余裕の無さが感じ取れる。

恐怖を感じている人の助けを求める声だ。


その後聞こえてきたのは耳を劈き、空気を引き裂くような叫び声、この声には聞き覚えがある、彼女や他数人と共に深夜の学校に進入した国立遥のものだ。

その瞬間電話が切れた。ツーという機械音が耳元の携帯から聞こえる。


今度はこちら側から瑠衣に電話を掛ける。

数十秒ほど呼び出し音がなり、その後聞こえてきたのは瑠衣の柔らかい声ではなく、

『おかけになった電話を、お呼びしましたが……。」

 という抑揚の無い女性の機械音声だった。


「…ははっ。」

携帯電話をテーブルの上に放り投げ、再びコップに先程より少し水を多くいれ、一息で飲み干す。


確かに、聞こえてきた瑠衣の声は恐怖に怯える人間の声そのものだった。遥と思われる叫び声だって普通の状態の人が出すような声じゃない。

でも、もしそれが演技だったら?


私をからかっているのではないか、皆殺される?学校に肝試しに行っただけで?…馬鹿げてる、ありえない。

でも、もし本当だとしたら…もし不審者に襲われているとしたら。様々な妄想が脳内をよぎり、一つ浮かんでは一つ消えていく。


彼女等の血まみれで全身をズタズタ切り裂かれ、一部をひき肉のようにされた無残な死体は一番初めに想像できた。


 もし、本当だったとしたら、本当に皆が殺されてしまうような状況だとしたら。

「…私は一生後悔する。」

 私はとっても簡単で答えがすぐ出せる問題を目の前に出されている。


「無謀なことに挑戦して後悔するか、一歩を踏み出せずに後悔するか…どっちも嫌だけれどやった方が幾分かマシね。」

 私は自分の部屋に戻り、大急ぎで自分の支度を整えた。

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