第9話 和解のため

「あっ、逃げた」

猛烈に眠気を感じたので喫煙室に向かっていると、前方から椎名充(しいなみつき)が歩いてきて、思わず俺は踵を返してしまった。


後方から彼女が三上(みかみ)く~んと言って駆け寄ってくる気配がしたのでつい早歩きになってしまう。


「どっちがいい?」

気が付くと俺のとなりに椎名充がちょこんといて、缶コーヒーを渡そうとしてくる。


あからさまに避けられたというのに、全く気にしていない彼女を思わず尊敬する。

自分なら耐えられない。


「いつか話す日がくるとは思ってた・・」

眠気のせいでイライラしていた俺は椎名充に高校時代の話をした。


「映画を一緒に観に行く約束をドタキャンしたのは悪かった。椎名は忘れてるかもしれないけど」

すると彼女は急に何を言っているのだと不思議そうに小首をかしげた。


「そんな都合よく忘れるわけないじゃない」

椎名充の発言に身構えた俺を見て彼女はふふっと笑った。


「そろそろ自分を許していいよ」

「えっ?」

戸惑う俺に、彼女は蒼汰くんが困っている様子をみていたら救いの手を差し伸べたくなったと言った。

どういうわけか突然変化の兆しを見せてきた椎名充に密かに感謝した。


「見逃してた部分が見えてきたでしょ?」

揺らぎがない目で彼女は俺を見てくる。


「う、うん、まあ」

俺と椎名充はしばらくの間目と目を交わした。


じきにわかるのだろうか・・。

笑顔を見せてくる彼女を見つめながら、俺は自問した。


「えっと、本当に悪かった・・。傷付いたよな」



「あれー、三上と充ちゃんじゃん」

真の悪いことに聞き慣れた声が後ろからする。


振り向くと笑いをかみ殺した清水がこちらにやって来るところだった。


「仲良く何話してんの?」

ノンビリした様子の清水は俺たち二人を交互に見てニヤニヤとした。


椎名充はふふっと笑うと、過去は振り返らないでいいという話をしていたのだと言った。


「それって廊下で立ち話する話題?」


「これ以上三上くんを苦しめないために今する必要があったのよ」


ね~と同意を求めてくる彼女に、俺はえっ、いや、俺は・・とはっきりしない返事をしてしまう。


「じゃあ、またみんなで飲みに行きましょうね♪」

颯爽とその場を後にした椎名充の後ろ姿を見送りながら、俺は思考停止状態になってしまった。



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