陰膳(「妖しい来客簿」異曲)

安良巻祐介

 

 我が家の門柱の傍に、いつの頃からか、細長い男がじっと寄り添っている。

 その細さといったら、普通の男の凡そ八分の一から十分の一くらいで、ちょっと努力や鍛錬で何とかなる域のものではないので、たぶん只の人ではないのだろう。

 気が付いたのは、何だか最近やけに隙間風のような音がして、そのくせどこからも風が吹き込んでいる様子がない。そこで、音のする方を見に行くと、門のところにそれがいたのである。

 幸い、一人暮らしの身なので、無駄に怖がったり騒ぎ立てる者もないのだが、それでも、たまに我が家の前を通る人があると、ふと見た時に門柱の傍にそいつを見つけることがあるらしく、ぎゃあとかうわあとか工夫もない叫びを上げて逃げていく声が聞かれ、どうにも気の毒である。

 そこで、ある晴れた日、寝床から丹前を引っ掛けて門柱のところまで赴き、一体どういうわけでそこに居るのかと、彼にインタビュウしてみた。

 するとその細長い男は、隙間から風の吹くような声で曰く、どういうわけもこういうわけも、自分はこの家の主人である。出かけた先で不幸にあって、ままならない身になったものの、各方面に掛け合って、幾つかの物事を担保として、何とかここまで帰って来た。けれど、中まで入り込むに至らず、この門柱のところで力尽き、このような情けのない姿態で何とか立っている次第である。いつになれば声をかけて貰えるのかと思いながら、もう四十九日も過ぎた。そちらこそ一体どういう料簡で、自分の家に入り込み、こちらへろくに挨拶もせず、主の貌をしているのか。まず花か、線香の一つでも持ってきて、…

 ずっと聞こえていた、あの隙間風の音は、このか細い恨み節であったらしい。

 何とも迷惑な話であったけれど、ようやくこれで事の仔細が分かったので、心が少し落ち着いた。

 そして、ひゅうひゅうと未練がましく訴えをしているその細長い男が、色の良い凧柄の着物を着ていることに気が付いて、俄かに腹が減ってきたので、ひゅらひゅら愚痴を吹いている男の襟の辺りを掴まえ、干瓢で節を縛って、家へ持ち帰って、深尻鍋の中へ沈めて、静かに清水を溜めてから、ゆっくりと火にかけた。

 思った通り、凧の柄から蛸に似たいい具合の出汁が滲んで、風の愚痴にも、凧を吹き上げる風が丁度うまく合わさって、素晴らしい香りである。

 あとは、近くの畑から盗んできた根菜と、屋根裏に棲んでいた恰幅のいい恵比寿を押し潰して二百二晩乾燥させた縁起干物とを入れて煮立たせると、小春日和に似合いのあつものとなった。

 鍋から取り分けた汁椀を持って、居間へとゆくと、テレビがちょうどニュウス番組を映していた。

 何でも、小金のある一人暮らしの行方不明が、このところ相次いでいるらしい。

 神隠しだの、失意の失踪だの、あれこれと述べる声を聞きつつ、ふうふう、と羹を吹く。椀の水面にさざなみが立つ。覗き込めば、その中に、男の顔が揺れている。

 己の顔と、似ているような、似ていないような。

 何にせよ、物騒な世の中である。これからは、これまで以上に、戸締りをきちんとしておかねばなるまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰膳(「妖しい来客簿」異曲) 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ