第4話 協力

少女は目を覚ます。機械の音で目を覚ます。日光に『機械の木』が反応し動き出したのだ。しかしそんな音の中で聴き慣れない音が存在していた。

金属同士が軽くぶつかる音、不規則なモーター音。

少女はこの音に警戒した。何度も聞いたこの音、何度も見たあの姿、大切な人たちを奪ったあの姿。

眠気は覚めて、足音を消して逃げ出した。昨日から向かって行った方向に足を進める。右から恐怖の音がする。

低木の中に身を隠しつつ、少女は逃げる。


風船の破れるような音がした。


少女はとっさに身をかがめる。こんなことをしてもガスガンで狙われては意味はないのだが、咄嗟にしゃがんだ。

しかし今回は、彼女に照準は合っていなかった。

猪が狙われていた。睡眠薬を打たれた猪は、その場に倒れた。

少女は動物が打たれることを不思議に思わなかった。


少女はまた歩き出した。逃げ出したわけではなかった。

奴らが気づいた。少女は走り出した。

枝を踏んで音がすることも気にせず、吐息が聞こえることも、相手の視線を気にすることもせず走った。


こわい、こわい、こわい、ままとの約束を守りたい。ぱぱに会いたい、と思い。

わたしなら大丈夫、今までも逃げ切れたんだから、と自分に言い聞かせて。


ひたすら走った。にげたい。苦しくても走った。つかまりたくない。転んでもすぐに起き上がった。もういやだ。涙で前が見辛くなっても、走った。

恐怖の音が近づいてきた。耳元まで近づいたとき、一瞬で二つの音がした。

風を切る音とガラスの砕ける音。

目の前に黒い影が降りてきた。

フードを深く被り、木の葉や草に似た衣類を纏った。弓手が降りてきた。


「大丈夫?」


深く被ったフードの影から出てきたのは少年だった。


「僕の村まで案内してあげるよ。」


少年は少女の手を取って、連れ出した。

ロボットは倒れたまま、二人は歩き出した。

少年の指は固かった。少年の持っている弓が原因で固くなったのだろう。緑の服

を着た少年は弦を前にし自分の体を挟んでいた。矢筒は肩からかけていて、中には5本の矢が入っていた。矢には真っ赤な羽がついている。矢筒のベルトは皮で出来ていた。


少年に連れられて、森を歩く。


「ねぇ、君はどこからきたの?」


少年は聞いた。


「覚えてないし、わからないの…」


「記憶喪失?」


少女はちょっと考えてから、自信なさげに答えた。


「うん、たぶんそのキオクソウシツだとおもう。」


少年は名前の紹介を忘れていたのを思いだし堂々と話した。


「僕の名前はジャック・カードだよ。トランプと同じ。」


「私はカルラ・プロッツェ。よろしくね。」


ジャックは挨拶を忘れていたのを思い出して慌てた。


「よろしくね。


あ、あと僕の村に着いたらお医者さんのところに連れて行くね。

優しい人だよ。」



二人で森を歩く。カルラは一人ぼっちの恐怖から解放された。


しばらく歩くと、森の中から大きな洋館が飛び出した。

大きく口を開けた門。錆び付いていて触るだけで手に錆が付き、錆びた音がしそうだ。その門を支えるのはレンガで出来た柱だ。蔦がその柱に腕を絡めている。そして、その柱に乗っているガラスの玉を大事そうに抱えている。


その奥には洋館の本館が立っている。蔦は門だけでは飽き足らず、本館にまで腕を絡めていた。窓だけが避けられていた。


「もうすぐだよ。

あ、そのおっきな家は遠い昔の偉い人が住んでたんだって。」


カルラはジャックに視線を戻す。


村は活気に溢れているわけでも、圧政により疲れ果てている様子もなかった。


村の家は1階建てのログハウスが多かった。

近くには畑があり、緑色の何かが生えている。

村に入ると多くの村人が少女を見た。


「お嬢ちゃん、どこから来たの?」


若い男が話しかける。


「あ…わからないの」


男はニヤリと笑いながら答える。


「そっか~。お嬢ちゃんはここにすむのかい?」


その笑顔には狂気すら覚えた。

少女が辺りを見回すと、村中の大人がその笑顔を浮かべている。


ジャックはカルラの手を引っ張って、


「行こう!」


と、言った。


不気味な笑顔に送られて二人は、医者のいるという小屋に向かった。

丘の上の小屋の周りには、色とりどりの花が咲いていてまるで絵本のような景色である。


丘の上まで登ると、下の方から女性の声が聞こえる。


「J-11-47863、戻ってきなさい。あなたには仕事があるのよ。」


ジャックが返事をしながら丘を駆け下りていく。



木製の扉には周りから採ってきたもので作ったであろうリースが飾ってある。

少女はドアを開ける。


薬のニオイが開けた瞬間に飛び出してくる。


はなをしげきするニオイがする。クサくはないけど…


仕切りのカーテンに影絵のように、人の姿が映る。

影の男は少女に気がついた。

慌てない足取りで近づいてくる。

カーテンを男が開き、その姿があらわになる。


小太りでとても小さな眼鏡をかけた、頭の頂点がハゲた男だった。


「どうしたんだい?番号は?」


少女は首を傾げている。男はもしかして、あの人の…と考えていると、


「私は別のとこ、ドイツのどこかからきたの。カンジンな町の名前とかは知らないけど」


そうか、この子がカルラちゃん、あのプロッツェさんの…

男は手招きをして奥の部屋へ案内する。


「ほら、こっちだよ。お父さん探しているだろう?」


「お父さんいるの!?」


目を輝かせたカルラを見て、男は心を痛めた。


「ごめんね、ずいぶん前にお父さんはここから出て行っちゃったんだ。

でも、お父さんから荷物を預かっているからね。」


その荷物はちょうどいいサイズのバックパックだった。

中には瓶と布、地図、布そしてチョークが入っていた。


その瓶は無臭で透明だった。


「それは、消毒液だよ。怪我したときに、消毒をしないとバイ菌が入ってきちゃうから、怪我したらそれを塗ってから布を巻いてね。」


おじさんは、マドのそとを何度も確認している。


「ねぇ、お嬢、カルラちゃん。ここに来るまでに大きなお家は見たかい?」


「うん。昔の偉い人が住んでたんでしょう?」


カルラは、窓の外に警戒する医者の問いに答える。


「うん、そうだ。今からここを出てそのお家に向かいなさい。優しい…方がいるから。」


医者はごまかした。

奴らにはもうトラウマな筈だがそこに逃げ込んでもらうしか。


ドアを開け、カルラに呼びかける。


「さぁ、ここにいては危ない。あの館まで行くんだ。」


カルラは頷き、裏口から出ていく。


丘を走っていく。降りきった彼女は、数時間も一緒にいなかった、ましてや名前さえ教えなかった私に笑顔で手を振ってくれた。


レインコートのフードの影で目は見えなかったが、にこやかに笑っていたのはわかった。


カルラを送り届けて、自室に入った医者はラジオにむかって呟いた。


「今からそっちに人の子が行く。出迎えてやってくれよ。」



カルラは走り続けて、あの館の前まで来た。錆びついた門が悲鳴か、はたまた客の喜びを表した歓声かを鳴らす。


門から館までの大きな庭には何もなかった。ただ芝生と長い蔓が横たわっているだけだった。


大きな扉を目の前に立つ。背伸びをして、金のドアノッカーで戸を叩く。

中から物音がし、ドアが開いた。


思わずその姿に竦み上がる。

人間用のスーツを着て、革靴を履き、シルクハットをかぶったロボットだった。

足が動かなくなり、そのモノアイと目があったまま30分もの間、目を合わせていた感覚に陥る。実際の時間は、数秒程度だった。


「お父様のお願いをお受けしております。

さぁ、中へ。」


カルラは嫌がった。しかし、次の瞬間ロボットは乱暴にカルラの手を引き、館の中へと引き込んだ。

悲鳴を上げる口は抑えられ、奥の部屋へと素早く持っていかれる。


箱の中に入れられて、ロボットは蓋を閉めた。


暗い中で一人。

あの人は、おじさんは嘘をついていたのだろうか。


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滴る水 狼狐 オオカミキツネ @rouko

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