僕は異世界冒険者?(2)

「それじゃ、ユウキ君、これを見て」


 クリスさんは荷物の中からファイルを取り出すと、僕に広げて見せた。それは履歴書風の書類で、人物の顔写真とともに指名や年齢、その他データが羅列されていた。その内容を一つ一つ指さしながら、クリスさんは続けた。


「今回、私たちが観察するのはこの人、転生前の名前は沢田寛だけれども、この世界じゃユート・キサラギと名乗っている。転生前の年齢は28歳で、今の年齢は16歳。『輪廻転生者』じゃなくて『転移転生者』ね。それから・・・』

「あの、クリスさん。輪廻転生者とか転移転生者って?」


 また知らない固有名詞が出てきて、思わず僕は尋ねる。ちょっと驚いた表情のクリスさんの後ろから、アリスさんが声を掛ける。


「おいおい、そんなことも教えてねぇのかよ」

「いえ、確か初歩の研修は終わっていると聞いていますけれども・・・。ユウキ君、そうよね」

「WRMOについての研修は一応受けはしましたけど・・・でも、何かトラブルがあったとかで10分ぐらいで終わって、それ以降は受けていませんので、実際にはほとんど何も知らないです」


 えっと驚くクリスさんの後ろで、「信じらんねぇ・・・」とアリスさんが小さく呟いた。それはそうだろうなぁと思う。そもそも現場だ観察だと言われても、僕は今日実際に何をするのかもわかっていないし、そもそもこの組織については転生者を管理していると聞いているだけで、具体的な活動内容までは教えてもらっていないのだ。

 僕が知っているのはこの世界転生者管理協会、通称WRMOの概要と、世界各国がその出資者になっていること、協会内の実務担当者も転生者で構成されていること、自分もその実務を担当することになっていること程度で、あとはちょっとした組織内の部署の名称ぐらいなものだ。そのことを伝えると、2人は頭を抱えてしまった。


「・・・えっと、輪廻転生者はですね、転生の際に輪廻、つまり赤ちゃんとしてこの世界に生まれる転生者のことで、転移転生者は転生前と同じ、あるいは任意の年齢で転生・・・」

「ちょっと待て、クリス」

「はい?」


 説明を開始しようとするクリスさんを制して、アリスさんが聞いた。


「なぁユウキ、お前もしかして『特異転生者』がなんのことだかも知らないんじゃないのか?」


 特異転生者・・・言葉としては何度も聞いたことがあるけれども、僕はそれについてははっきりと説明されたことはない。Sランクの転生者がそれに当たるのだろうという、今までの会話の中からそう推測はしているけれども、そもそもSランクという分類についてもよくわかっていないのが本当のところだ。


「はい、そのとおりですね」

「・・・やっぱりな。クリス、あたしは本部に今日の任務の中止を打診してくる」

「はい、そのほうが・・・」

「このまま何も知らずに任務を続行して、万一転生者と接触なんかしたら計画が破綻する可能性が高い。そもそも、その前に全滅しかねないからな。クリスはその間に最低限のことだけでも説明しておいてくれ」

「・・・すいません。僕のせいで御迷惑をおかけして」


 そう謝罪した僕に、アリスさんは「お前のせいじゃない。気にするな」とだけ言って、それから馬車のほうへと歩き出した。気にするなと言ってくれたものの、その表情や動作からかなりの怒りがにじみ出ている。自分のせいではないと言っても責任を感じ気が重くなっている僕へ、クリスさんが言った。


「ユウキさん、本当にごめんなさい。新人の研修や計画の立案は私たち総務部の担当だから、今日のことは私たちの責任だわ。本来、新人には1か月程度の研修と訓練の時間があって、こうして現地に来るのはその結果を見て判断するの。ユウキ君がその流れなしに今ここにいるのはCEO、総責任者である桐山さんの独断なんだけれども、最低限の研修は終了していることが前提で、それすら行っていなかったなんて・・・本当にごめんなさい」

「いえ、クリスさんが謝ることでは・・・」

「いいえ、私たちの責任なの。そもそも、Aクラス転生者であるあなたは自動的に管理部に所属することになるんだけれども、その危険性についてだって説明していないし、管理部の活動を聞いてそれに納得してくれたわけでもないのでしょう。そういうあなたがいていい場所ではないの、ここは。アリスさんもそれがわかっているからこそ、作戦の中止を決断したんだと思う」


 会話と展開にちょっとついていけず、少し混乱している僕に、アリスさんは続けた。


「詳しいことは帰ってから説明するし、研修も訓練もしっかり行うから心配しないで。私たちは転生者、その中でも『特異転生者』と呼ばれる転生者を重点的に管理しているの。ここはその『特異転生者』たちが暮らしている隔離された地域。便宜上私たちはアルカディアと呼んでいるわ」

「特異転生者・・・アルカディア・・・」

「そして、その『特異転生者』とはあなたや私と同じような転生者の中でも特別な、簡単に言えばSランク以上の能力がある転生者のことを指すわ。Sランク・・・ランク上はAランクより一つ上だけれども、その力は天と地ほどの差があるの。Aランクは超能力程度の能力だけれども、Sランク者はたった1人で世界を滅ぼし得るほどの力があるの」

「たった1人で、世界を?」

「そう。そして、今このアルカディアには62名の『特異転生者』がいるわ」

「え?」


 今なんて言った? 62名?

 1人で世界を滅ぼせるぐらいの能力を持った転生者が、62名もいるって言ったのか?


 「そう、62名。その人たちが自分の好きなように行動したら、簡単に世界は終わってしまう。そうならないために、私たちがいるの。特異転生者を管理し、世界が終わらないように調整する。それが私たちWRMOの一番の目的なの」


 特異転生者・・・世界を滅するほどの力を持つ転生者・・・その62名の特異転生者を隔離して管理・調整する組織がWRMOで・・・そんな力を持っている人をどうやって隔離し、管理し、また調整するのか全く想像もできないけれども・・・それよりも、僕はもう既にその一員になっているだって?

 その内容の衝撃から二の句も告げられない。そんな僕を見て、クリスさんの顔も曇る。

 その沈黙を破ったのは、本部と連絡していたアリスさんだった。


「大変だ、クリス、予想外のことが起こった」

「アリスさん、どうしたんですか?」


 深刻な表情のまま、アリスさんが言った。


「特異転生者同士の計画外接触だ。偶発的戦闘になる可能性が高い。観察どころの話じゃなくなった。現場に急行するぞ」

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敵は異世界転生者! 日向夏薫 @hyuuganatukaoru

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