二、僕は異世界冒険者?(1)
「それで、気分はどうですか?」
前方の席に座った栗原さんがそう尋ねてきた。ひどく揺れる車内だ。硬い椅子からずり落ちないようにその端をしっかりと握りながら、僕は答える。
「お気遣いありがとうございます。今のところは酔ってはいませんので大丈夫です」
「あ、そうか、この馬車揺れますからね。でも、私が聞きたかったのはそうじゃなくて、さっきのテレポートのことですよ。気分が悪くなったりしていませんか」
僕らが乗っているのは車ではなく馬車だ。4人の人間が乗ればいっぱいになる車内には、僕と栗原さん、そして『アリス』と名乗った女性が座っていて、馬車を運転しているのはバトゥさんと言うらしい。馬車の後方に大きな荷物が積まれているせいで席はかなりコンパクトで、さっきからアリスさんと肩がぶつかり、そのたびにガシャンガシャンと大きな音がする。
「初めての経験でかなり驚きましたが、気分が悪くなったりはしていませんよ」
「そうですか。テレポートは人によって合う合わないがあるみたいで、駄目な人にとってはかなり辛い体験になるそうですので。耐性があってよかったです。これからテレポートは何度も使うことになりますからね」
そう言って、栗原さんは微笑む。相変わらず優しそうな声と表情だなと、そう思う。落ち着いていて温和な雰囲気は愛らしいお姉さんといった感じがするし、年下の自分にも丁寧に接してくれるので、家族も友人もいないこの世界でその心遣いは嬉しかった。
・・・しかし、その衣装はやりすぎではないだろうか?
彼女が着ているのはメイド服だ。それも、メイド服にしてはかなり露出が激しい部類のものだと思う。いや、そもそもメイド服ってこんなふうに両肩を出したり胸を強調したり、挙句にミニスカートなんていうのが普通なのか? いや、そもそも先日の彼女は短めの茶髪だったと思うのだが、どういうわけだか今日は金髪の、それもツインテールになっているのだ。僕のイメージの中にある中世のメイド服とはかなり違ったその姿に、気恥ずかしくて思わず目を逸らす。
「現段階のテレポートは精度があまりよくなくて、到着地点のずれが大きいため決まった地点にしか移動できないので、そこから目的地まではこうして馬車を利用するしかないのですが・・・。テレポーター役のメリアちゃんが上達してくれれば精度も上がるはずですから、移動ももっと楽になると思います」
「そう言って、もう2年だけどな」
「アリスさん、そういう言い方は、ちょっと」
悪態をついたアリスさんを、栗原さんはそうたしなめる。次の瞬間、小石にでも躓いたのか、馬車が大きな音を立てて跳ねた。その拍子に態勢を崩してしまった僕は、隣のアリスさんにのしかかるように倒れてしまった。
ガチャン、とひときわ大きな音が車内に響く。山道のせいかひどく揺れる馬車のせいで、すぐには体を起こすことができない。いや、それ以前に、自分が今着ている、いや身に着けていると言ったほうが正確なのだろうか、この全身にのしかかるような鎧の重みのせいで、普段通りに動くことなんて到底無理な話なのだ。
厳しい口調とはうらはらに、可愛らしいアリスさんの顔が目の前にある。乱れた赤い髪から、ほのかにだけれどものすごくいい香りがして、恥ずかしさと緊張で鼓動が早くなる。とにかくどかなきゃと体を動かすのだけれども、焦ってうまくいかない。そんな僕をにらむように見つめていたアリスさんが呟いた
「・・・取り敢えず、手ぐらいはどけてほしいんだがな」
はっと思って自分の手を見ると、右手がアリスさんの胸にある。アリスさんも僕と同様に鎧を身に着けているから、手には金属の冷たい感覚があるだけで今まで気が付かなかったのだ。ごめんなさいと言いつつその手を動かすと、ますます態勢が崩れ遂にはアリスさんに抱き着くような形になってしまった。
しょうがねぇなぁ、とアリスさんはそう呟くと、左手で僕の首の後ろを掴んで持ち上げる。鎧も着ているのだしかなりの重さがあると思うし、彼女は僕より背も低く華奢な体形をしている。そんな彼女のどこにそんな力があるのだろう、軽々しく持ち上げられた僕はようやく態勢を整えて席へと戻ることができた。
「あの、ごめんなさい・・・」
「気にすんな。馬車にだって鎧にだって慣れてないんだろ」
謝る僕のほうは全く見ずに、アリスさんはそう言う。馬車とか鎧とかいう前に、この世界に全く慣れていないのだが、それについては言わないことにした。いや、大体自分がどうしてこんな格好をする必要があるのかすら、僕には今だ理解できていないのが本当だ。目覚めてから今日までの数日間、この世界と僕がいるWRMOという団体については簡単に説明があっただけで、あとの時間は運動機能や知能テストに費やした。それが終わって今日、唐突に出かけるから着替えるように言われ、よく分からないままにこんな格好にさせられた上、テレポーターだ馬車だと、正直かなり混乱していた。
アリスさんは不機嫌な様子で窓から外を眺めている。よくよく見れば、彼女の恰好も相当に変だ。身を守るための鎧を着ているのに、腕や足には肌を露出しているところがあるし、おへそだって見えている。腰や腕には装飾のためなのか、ひらひらとした布や紐がついていて、可愛らしくはあるけれども実用性があるんだかわからない。完全な衣装なのかとも思ったけれども、自分が着ている、また先ほど触った鎧の感触はかなり重厚な造りで、なんだかすべてがちぐはぐに感じる。
そもそも華奢な彼女が、まるで戦士のように鎧を着ていること自体、違う気がするんだけれどもどうなんだろう。僕の目の前、栗原さんの隣の席にはみんなの武器だと教えられた何本かの剣や盾、それと杖が置いてあるけれども、その一つは僕の身長ほどもある大剣で、しかもそれはアリスさん用だという。先ほど軽々と僕を持ち上げた彼女の力なら扱うのも不可能ではないだろうけれども、それでも冷静に考えれば何もかもがおかしくて、僕の頭はますます混乱してしまう。
そんな僕をよそに、アリスさんは一つため息を吐くと、吐き捨てるように言った。
「大体、最初から間違ってるんだよ。昨日今日来た奴をいきなり現地へ連れ出すだなんて、一体団長は何を考えてるんだ」
「結城君にはなるべく早く現地の雰囲気に慣れてもらって、即戦力として活躍してほしいというのが桐山さんのお考えですし・・・。それより相川・・・アリスさん、桐山さんを団長と呼ぶのはやめてほしいと以前から・・・」
「クリス、あたしも前から言っているはずだが、本部とは違いここでCEOなんて言い方は絶対にするな。あたしがどこででも団長を団長と呼ぶのは、ミスを少しでも減らすためだ。そもそも、団長の名前はここではキリアだ。あんたは現場にほとんど来る機会がないから、今は間違いにも目をつぶるけど、一歩この馬車から出たら呼び名には十分注意しな。それができないなら黙ってろ。あたしはアリス、あんたはクリス、それから・・・」
アリスさんが僕のほうをちらりと見る。その表情は怒っているのか呆れているのか、付き合いが短い僕には判断がつかない。
「ユウキです、アリスさん」
「そう、ユウキ。よかったな、本名そのままで。初心者が二つ名を使うのはミスしやすいんだ。下の名前もリンだから、そっちで呼んでも世界観は崩れないな。とにかく、ここが中世ファンタジー世界だっていう設定だけは忘れないようにしな。まぁクリスのようなベテランでも駄目な奴はいるけどな」
「ちょっと、アリスさん、そんな言い方って・・・」
栗原・・・クリスさんがそう抗議の声をあげたとき、一段と大きな揺れのあと、急に馬車が止まった。ほら、着いたぞ、という声のあと、アリスさんは外へと飛び出す。何か言いたげなクリスさんに続いて、僕も馬車から出る。
着いた、という割に周りには建物はおろか目立った建築物も何もなくて、目的地というよりは道端という感じだ。戸惑う僕の目の前で、バトゥさんが慣れた手つきで馬車の中の武器類や後ろの荷物を降ろし始め、アリスさんが一つ伸びをする。一体何が始まるのだろうと見守っている僕に向かって、彼女はこう言った。
「いいか、今回は接触や干渉じゃなく、観察だけが目的だが気は抜くなよ。なんせ相手は「特異転生者」だからな。普通の転生者である私たちとは次元が違うってことを忘れるなよ。バトゥの位置設定が終わったら町へ向けて出発するからな。ユウキとクリスは今のうちに対象者情報を再チェックして、頭に叩き込んでおけよ」
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