糸の先
早瀬 コウ
糸の先
中指の先から糸が出ていた。
なんだか恥ずかしいことのような気がした。
だからハサミを何度かカチカチと当ててみてそれが切れないとわかったとき、僕は落胆した。
しかし次には糸の先のことを考えた。つまり糸の繋がった先の何かが、僕に恥をかかせているに違いなかった。
真っ白な糸は夜でも見えるくらいには淡く光っていて、壁とか物とかなんでも無視してまっすぐに何処かへ向かって伸びている。
それでも人にはとんと見えないようで、すぐにいくつかのいたずらをした。
父親の鼻に通してみたり、先生の額に通してみたり、女子の
そうしているうちに、自分がいくらじっとしていても、糸の先が動く時があるのに気づいた。
分度器でも測れないほんの小さな動きで、はじめは自分の指の方が震えているのかと思っていた。
それではじめて、糸の先に動く人間がいることに気がついた。
方位磁針で合わせてみると、それは西南西に向かっていた。
Googleマップは西南西に連なる街々を教えてくれた。
通学用の自転車はいくらか長距離移動には心もとなかったけれど、僕はそれにまたがって、自分の不思議な運命の糸をたどる旅をしてみることにした。
胸は高鳴っていた。
小指から出た赤い糸ではなくとも、その先には何かの運命的なつながりを持った人間がいるに違いない。
およそ運命なんていう虚飾がなければ恋もできない現代にあって、僕はようやく自分が恋をする主人公になれるのかもしれないなどとも密かに考えていた。
ペダルを踏めば体は前に進んだ。進むべき道はハンドルに固定したスマートフォンが教えてくれた。
休日を返上して駆け出した運命を辿る旅の途中で、視界を塞ぐ山の間に、白い光を見つけた。
それが自分以外の糸を見つけた初めてだった。
近づいて見てみたいと思ったけれど、僕は自分の糸を辿ることだけに時間を使うことにした。
流れ去る風を頬に受けながら、僕は行き交うたくさんの糸について考えていた。
100人の選ばれた人だけが糸の存在を知っていて、こうして自分の運命を追うことになる不思議に胸を躍らせていた。
それから3時間が経って、僕は糸の先にはついにたどり着かないと観念した。
いつの間にかたどり着いた大きな街の中には展望タワーがあって、僕はやむなくそれに登って糸の先が見えるかを確かめることにした。
エレベーターで地上250mまで登ると、街はすっかり眼下に広がっていて、糸も随分下に角度をつけている。
窓から外を見ると、糸の先に光るものが見えた。海に向かってせり出した小高い丘の上で、何かがキラリと光っている。
まだ明るい日差しを手で遮って見てみても、その光の正体は知れない。
やむなく有料の双眼鏡にコインを入れて、そちらを見やる。
蜘蛛だった。
白いような黒いような蜘蛛が、腕を動かしては糸を手繰り寄せている。
僕は蜘蛛の目の位置を知らなかった。だから蜘蛛が僕を見ているのか、空を見ているのかわからなかった。
胃のあたりに石を置かれたような気がした。
ついさっきまでの自分の楽観に奥歯を噛んだ。
そして再び、糸があることを恥ずかしく思った。
しかしどういうわけか、僕は蜘蛛をなおも凝視していた。
後ろで「きゃっ」と小さく息を飲む声がして、それを最後に僕は窓から飛び出した。
思えば僕は糸だった。
初めから糸だったのだ。
中指の先からスルスルと解けた僕の体は糸になって、灰色の街の上を舞っていた。
手繰り寄せられるがままに、ただ
糸の先 早瀬 コウ @Kou_Hayase
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