(下)
佐藤さんは放課後に屋上で風に当たるのが好きだった。私はそんな佐藤さんが好きで、毎日のように屋上へ通っていた。
人間離れした銀髪の長く美しい髪が風になびいて揺れて、エメラルドグリーンの瞳が夕暮れ時に差し込む光を受けて宝石のように輝く。何度眺めたって飽きることは無かった。
勝手にシンパシーを感じていたからというのもあるかもしれない。当時、その容貌のせいで佐藤さんはクラスから浮いていた。部活にも入っていなかったから友達もいなかったようで、常に一人で過ごしていた。私自身も、病気で学校を休みがちだったこともあり、クラスに馴染めず、腫れ物のような扱いを受けていた。けれど、私達は特に仲良しだったという訳ではない。クラスでは一切会話せず、誰も入ってこない屋上でだけの関係。約束した訳でもなく自然にそうなっていった。私はそんなひっそりとした秘密の関係が好きだった。
佐藤さんは不思議な人だ。いつも飄々として何も分からない。私のことは聞きたがる癖に自分のことになると煙に巻こうとする。聞き出せたことといえば、レモンと梶井基次郎が好きだということくらいのもの。レモンはともかく文学はさっぱりだ。古本屋で買って読んでみたりもしたが、短編なのに投げ出してしまった。
そう伝えると彼女は「知ってた」と笑ってくれた。その笑顔があまりにも素敵で申し訳なく思ってた気持ちが全部吹き飛んでしまった。
一度だけ、私は彼女に「好きだ」と告白したことがある。何でそんなことをしようと思ったか分からない。一時の気の迷いなのか、彼女の魅力に惑わされたのか。彼女はそれを聞くと、笑いながら断った。何故と聞くと、こんな言葉が返って来た。
「私は誰のものにもなりたくないの」
それがどんな意味なのか、私にはよく理解出来なかった。けれど、何となく納得してしまって、その話はお流れとなった。それから私は病気が悪化してしまい、入院生活を送ることになってしまった。どこの病院に通っているか教えてはいなかったから、結局彼女とそれから会うことは二度となかった。教えていても佐藤さんは絶対に来なかっただろう。私達の関係は屋上でだけのものだから。佐藤さんとの思い出話はそれくらいのものだ。
「――よし、ありがとう! これで終わりね」
研究者佐藤さんはテキパキと片付けを進めていく。私はそれをただ眺めていた。
「はいはい。こんなもんで喜んで貰えんなら良いけど」
「何言ってるのさ。これがどれだけ貴重なものか君は分かってない」
「へー」
興味なさげに返事をすると、研究者佐藤さんは呆れたようにため息をつく。
「……まあ良いさ。これで資料は十分に揃った。君には感謝しなくちゃいけないな」
「それだったらさっさと『謝礼』、よこしなさいよ」
「勿論。それが条件だったからね。約束は守ろう」
彼女はバッグをごそごそと漁ると一枚の手紙を取り出した。
「ほい、推薦状。これがあればあの研究所に出入りは可能なはず」
「へえ、驚いた。アンタ本当にお偉いさんだったんだ」
「本当にっていうのが余計だよ。……これで何するつもりか知らないけれど、まあ上手くやりなさいな」
そう言って彼女は部屋を出て行って、私だけが一人部屋に残された形となった。私は棚からハンマーを持ち出して、床の一角を叩き壊す。そして、床の下に隠していた箱を取り出して、中を開く。
そこには手作りの爆弾が入っていた。こっそりと材料をかき集め、こっそりと作り上げてきた私の爆弾。この世界の流儀に合わせて人肉と骨と内臓と防腐剤で作ったのだから誰にも見つけられはしない。金属探知機で止められないのは
受け取った推薦状はある研究所に出入りするためのものだ。そこにはオリジナルの佐藤さんの肉体が今も保存され、新たなクローン生産のために使われているという。この推薦状と、『世界最後の人類』である私の立場があれば接近は可能なはずだ。
所詮、素人が作った爆弾だ。サイズもたかが知れている。研究所を吹き飛ばすにはあと百個は必要だろう。だけど、佐藤さんの肉体を私ごと吹き飛ばすには十分なはずだ。
私はこの世界が大嫌いだ。佐藤さんも大嫌いだ。
誰のものにもならないと言っていた癖に、世界の共有資産になってしまった彼女が嫌いだ。佐藤さんの顔で、佐藤さんの声で話しかけてくる奴らが嫌いだ。佐藤さんで埋め尽くされてしまったこの世界が大嫌いだ。
だから私は爆弾で吹っ飛ばす。オリジナルの肉体が失われてどんな影響が出るのか分からない。もしかしたらこの世界が崩壊してしまうほどのダメージを受けるのかもしれないし、大してダメージもなく平然と日常を送ってしまうのかもしれない。どっちだって構わない。
これが、放課後の屋上で貴女に恋い焦がれた私の復讐だ。
佐藤さんと私 メガ大仏 @Gyakupan
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