佐藤さんと私
メガ大仏
(上)
「ねぇ、石井さん」
教室の隅で下校の支度をしていた私に佐藤さんが声を掛けてきた。
「ああ佐藤さん。私に何の用……です、か?」
「同じクラスなんだしタメで良いよタメ。駅前にオシャレなカフェ見つけてさ。今からみんなで行こうって話をしてたんだけど石井さんも来ない? 絶対楽しいよ」
ニコニコしながら私に話しかけてくる佐藤さんはとても可愛い。銀髪のショートヘアに宝石みたいに綺麗なグリーンの瞳は、まるで人間のものと思えない美しさで見惚れてしまう。今日はこれから家に帰るだけだし、一緒に行けばきっと楽しい時間を過ごせるだろう。けれど、
「ええと、ごめん。ちょっと用事があって」
「そっか。残念。また石井さんを誘っても良いかな?」
「うん、まぁ……」
「本当? ありがとう! それじゃあまた明日
ね」
手を振ってくる彼女に手を振り返しながら教室から出て行くのを見送る。その後、私は深くため息をついた。
「はぁ……。なーんでまた私はこんな嘘を」
悪い癖だ。どうしても苦手意識が消えない。このクラスに編入してからまだ1ヶ月だけど、余所者扱いされることもなく、誰もがフレンドリーに接ししてくれる。こんな私でも誰かに好かれ──
「いや、違う。絶対違う。優しくしてくれるのはアレだよな」
窓から校庭のグラウンドを見下ろす。運動部の面々が声を張り上げ、今日も熱心に練習を繰り返す。違和感の無い光景だ。少なくともこの世界の住人にとっては。
「はぁ……」
生徒達──挙げ句の果てには先生までが銀髪にグリーンの瞳で、全く同じ顔をしている未来の世界を未だ私は受け入れることが出来ていない。
15歳の時、私はある奇病を患った。それは現代の発展した医療でも治癒不可能なもので、何とかする手段は一つしか残されていなかった。
それがコールドスリープ。未来の科学技術の発展に託すしかなかったのだ。
そして私が惰眠を貪ること約150年。目覚めた世界はこんな凄いことになってたというわけである。
人類は殆ど滅亡し、この世界の住人の殆どは「佐藤さん」のクローンで占められた。佐藤さんが選ばれた理由はクローン生成装置で使えるDNAが滅亡しかけの時には佐藤さんしかいなかったとかそういうことらしい。人類はこれ以上存続すること叶わず、もはや世界の存続はタンパク質と水とその他諸々を素材にいくらでも増殖が可能な彼女達クローンに託すしかなかったのだ。
私が好意的に受け止められるのも、最後の人類ということで物珍しい存在だからだろう。そうでなかったら、こんな私なんかに関心が向けられるはずがない。
実際、私は政府(残念なことに要人達も皆佐藤さんだった)から色々な支援を受けて生活している。なのでお金には困らない。保護される絶滅危惧種みたいな感じで不本意ではあるけれど。いや、事実だから仕方ない。
道中で買ったタピオカを飲みながら帰り道を歩く。すれ違う佐藤さん達の姿が目に入る。年齢は様々だけど、性別は一律女で皆等しく端正な顔。勿論、髪を染めてる人やカラコンを付けてる人なんかもいるけれど大した差別化にはなっていなかった。
「はぁ……」
やっぱりこの光景は苦手だ。いや、苦手というより嫌いだ。真っ黒な海中をふわふわと漂っているような、自由なのに不安で仕方ないような、そんな気持ちになる。
何より──
「お」
いつの間にかマンションの前まで着いていたので私は思考を中断する。自動ドアをくぐって中に入ると私はドアの隣に付けられた装置へ向かう
「虹彩認証システムに顔を近づけて下さい」
音声が流れる。その声は佐藤さんと同一のもので、しかもセンサー部分はあの綺麗なグリーンの眼球。金属資源が掘り尽くされてしまったこの世界でもっとも安く、再利用が容易な資源はクローンだ。故に、あらゆる機械は佐藤さんのパーツを用いて構成されている。感覚器官はセンサーに。声帯は音声装置に。脳はコンピュータ、筋肉は動力などといった感じで余すことなく、だ。これらのシステムを一括して「
「本当に悪趣味なシステムね……」
ゴチャゴチャした装置に固定されてギョロリと剥き出しになった眼球へ嫌々顔を近付ける。数秒立つと私を認識してドアが開き、
「認証完了。お帰りなさいませ石井様。どうぞお入り下さい」
という音声が流れる。私は中に入ってエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。向かうは最上階。
「やあやあ石井さん」
後ろから声を掛けられる。私が振り返ると、黒を基調としたパンクファッションに白衣を羽織った佐藤さんが壁にもたれかかっていた。先に乗り込んでいたらしい。こんな人を喰うような笑みを浮かべる佐藤さんは私の知る限り一人しかいない。
「うわ、またアンタか」
「酷いなぁその言いようは。私はキミのために力を尽くしているだけだというのに」
「知的好奇心満たしたいだけでしょうが。別になんだって良いけどさ。それで、何か用?」
エレベーターから降りて私たちは部屋に向かって歩く。私が研究者佐藤さんと呼ぶコイツも付いてくる気らしい。
「実はさー。今研究が行き詰まっちゃって。いや、理論に関しては全然問題ないんだよ? 私は天才だから絶対正しいね。単純にそれを証明するための資料の方が足りなくて」
「はいはい、要するにいつものやつね。全く、私の研究なんかして何になるんだか。
「
「分かった分かった。別にそのあたり私興味一コンマたりとも無いから」
「ぶー」
部屋の前まで辿り着き、ドアを開けて彼女と共に中へ入る。無駄に広くて豪華な部屋。研究者佐藤さんはまるで我が家であるかのようにドカドカと進んでいき、リビングのソファに腰を深く下ろす。
「キミも座り給えよ。実に気持ちが良い」
「ここ私の部屋なんですけど」
家主のように振る舞う研究者佐藤さんに文句を言いながら反対側のソファに座る。確かに気持ちが良い。これでソファが人皮製で無ければどんなに良かったことだろう。
「それじゃあ始めるよ」
研究者佐藤さんがレコーダーを起動させる。私の頭には何やら装置が付けられたヘルメットが被せられ、研究者佐藤さんはヘルメットに繋がった小型の端末を見つめている。
「ゆっくり思い出して。あなたのこと。あなたの家族のこと。あなたが生きた時代のこと。そして」
私はソファに体を沈め、目を瞑る。そして、深呼吸をすると記憶の海へ潜っていく。
「『佐藤さん』のことを」
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