第4話 手がかり
あれだけ激しく降っていた雨は今やすっかり止み、清々しい青空が見えるようになっていた。
ヴァレリーとマクシムは決して多くはない荷物を担ぎ、街道を歩き始めた。
一人で暗澹たる思いにとらわれていたヴァレリーだったが、マクシムに出会ったことで、少しだけ明るい気持ちを取り戻すことが出来た。
まるで雲間から一筋の光が差したようなものだ。
だが、彼と共に旅をすることに対する申し訳なさが消えたわけではない。
赤の他人なのに、自分の恋人捜しを手伝わせてしまうのは、感謝すると同時に気が引けてしまうのだった。
そんな事を頭の中で考えていると、マクシムが突然口を開いた。
「ところで、あんたの恋人だが、何か特徴はないのか?例えば絶世の美女だとか、背が高いとか、体型だとか、そういう特徴だ。というか、そもそも何という名なんだ?」
「名は、レナータという」
「レナータか。良い名だ」
「特徴か……。特に美人というわけではない。田舎の村に居る、普通の女だ」
「それでは捜しようがないぞ。些細な事でも良い。あんたの恋人だと分かるような特徴がないのか?」
「そうだな……」
ヴァレリーは恋人の姿を思い浮かべた。
もう何年も会っていない。
姿や声、手の平の感触さえも、おぼろげになってしまいそうだ。
可憐な娘だった彼女は、今はどんな女になっているのか……。
「髪がとても長かった。臀部あたりまでの長さだ。髪を切っていなければ、それは特徴になるかと思うが……」
「それだ。そこまで長い髪の女はそう多くはいないだろう。手がかりになりそうだな。それで、髪の色は?」
「金髪だ。陽光が当たると、美しく輝くような」
「ほう。それはさぞかし美しそうだな。本当は絶世の美女なのではないか?田舎娘だとか何とか言っておきながら、王侯貴族にも劣らぬ見目麗しい女なのでは?」
「……いや、そうではないと思う。人それぞれの見方だが……」
「しかしあんたは彼女のその長い金髪が好きなんだろう」
マクシムはにやりとし、ヴァレリーを見つめた。
何でもお見通しだ、といったような表情だ。
ヴァレリーは肩をすくめる。
「そうだ。それは間違っていない」
「よし。レナータ。髪の長い女。他には?他には何かないのか?」
「他か……。何しろ何年も会っていないからな。身体的な特徴と言えば、髪くらいだ」
「何か思い出せないのか?あんたの女だと分かるような特徴だ。何か……そう、何かいつも身に着けている物とか?手がかりがなくては、捜そうにも捜せんぞ」
マクシムはじれったい様子でヴァレリーに問うた。
彼が言う事も分かるのだが、ヴァレリーはどうにもこうにも思い出せない。
自分はそんなにレナータの事を分かっていなかったのか、とさえ思い始める。
他の、何か……。
いつも身に着けている物……。
「そうだ。ペンダントだ。ロザリオではなく、ただのクロスなのだが、何かの宝石が埋め込まれた十字架のペンダントを着けていた。今も着けているか分からないが、少し変わったペンダントだから、印象に残るかもしれない」
「ふむ。風変わりなペンダントを着けている、髪の長い女」
「すまないが、これ以上は……。これ以上は思い出せない。特徴と言ったら、それくらいだ」
「まあ良いだろう。これで手がかりを得られれば良いのだが」
「すまん。何から何まで……」
「なに、謝ることなどないぞ。もう一度言っておくが、俺は自分の意志で、自分の興味からあんたを助けるんだ。あんたが申し訳ないとか後ろめたいとか、そういった感情を持つ必要など全く無い。
男同士でむさくるしいかもしれないが、一人よりは二人のほうが絶対に賢明だ」
「分かった。素直に頼るとしよう。改めて、よろしくお願いする」
マクシムはくつくつと笑った。
ヴァレリーが不思議そうな顔をすると、それを見て彼はまたおかしそうに笑う。
「あんたは本当に生真面目な男だな」
「え?」
「自覚が無いのか?あんたは、俺が出会ってきた数多の人間の中でも、特に真面目な人間だぞ。こちらが笑ってしまう位、かなり真面目だ!」
マクシムは、今度は大笑いした。
Submerge ~沈み込む世界~ 七条麗朱夜 @leschuja1902
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