第3話 身の上
「俺の名はマクシム。吟遊詩人だ。俺もぶらぶらと当てもなく旅をしているようなもんだが……、目下のところ、大きな街を訪ねて路銀を稼いでいる。手に職を付けるとか、そういう事が出来なくてな。適当に歌を歌っては金を貰い、放浪しているという訳だ」
若者が返事をする暇も与えず、男――マクシムは話し始めた。
彼の自己紹介は明瞭で、何も隠す事など無い、といった口調だった。
吟遊詩人という職業に誇りを持っている、という自信さえ感じさせる。
「実は一昔前は宮廷詩人だったこともあったんだが、窮屈で辞めちまってな。それ以来、街を転々としては民衆に歌を聴かせている。なに、この職業では珍しい事じゃない。日銭を稼げればそれで結構。宮廷より市井が好きだという事さ。宮廷は息の詰まるような所だった。あんな所で一生を過ごすなんて御免だな」
「吟遊詩人か……。敬愛すべき職業だな」
若者が言うと、マクシムはくつくつと笑う。
「敬愛か。必ずしも敬愛されている訳ではないと思うがな。卑下する連中だっている。結局のところ、はみ出し者だからな。一般社会からのはみ出し者だ」
「そうではないだろう……」
「で、あんたは?名は何と言う?身の上を聞かせてくれないか?」
マクシムは緑色の瞳で若者を見つめた。
明るい緑色。
様々な意味で、自分とは対照的だと、若者は思った。
自分はもうそんな瞳をしていないし、決して手にすることはできないものだと感じたのである。
「私はヴァレリー。元々は一介の村人だったが、つい最近まで異教の地へ行っていた。十字軍に志願してな。今は……行く所も無いただの旅人だ」
「十字軍だと?それはまた大層な……。それも、わざわざ志願してとはな。何かきっかけがあったのか?軽々と異教の地へは行けるもんじゃない」
「いや、きっかけとかそういうものがあったわけではない。行かねばならないと感じたんだ……心の奥で。自分の信仰が試されている、と思ったんだ」
「自分の信仰を試すのなら、巡礼でも良かろう。なぜ十字軍なんだ?第一、一介の村人と言っていたが、どうやって戦う?戦の只中に丸腰で飛び込んだ訳でもあるまい?」
「私の家は、代々鍛冶屋だった。武器の扱いには慣れている」
「それだけで戦えるものなのか?そうは思えないが……。それに、貴族の次男坊や三男坊らと戦うのだろう?うまくやっていけるのか?差別の対象だろう」
「……まあ、なんとかなった。武器の扱いに関しては、実を言うと、良い師匠に恵まれてな。それで生き延びてこられたと思っている」
「そうか。それなら納得がいくが。すると、あんたは信心深さ故に十字軍に参加し、生き延びて帰郷したという訳か。そりゃあ大したものだ。しかしながら、今は行く当てもないと言う。どういうことだ?」
「村に帰ったら、結婚するはずだった恋人がいなくなっていた。どこへ行ったのか、誰も知らないと言う。彼女を捜そうと村を出たが、手がかりも何も無くてな……途方に暮れている」
「ふむ。誰か別の男が出来たのではないか?あんたが村を出たのは一年前や二年前の話ではあるまい?いつ帰って来るとも知れない恋人を待ち続けるのは、気が滅入るであろう。ましてや、異教徒に殺されて帰って来ないかもしれないのだからな」
「それは私も考えた。しかし……何かが妙なのだ」
「妙とは?」
「忽然と、姿を消したと言う。まるで、神が彼女を拐っていったような、そんな消え方なんだ。村長はそんな口振りだった」
「……人拐いの類いではないかと?」
「……おそらく」
「ふむ。そうだとすれば、ややこしい話になるな……」
マクシムは首を捻り、しばらく考え込んでいた。
そして、緑色の瞳をきらりと光らせた。
「よし、俺が手伝ってやる。あんたの恋人を捜すのを、だ。ちとややこしい事になるかもしれんが、それもまた良し。退屈せずに済みそうだ」
「手伝うだって!?馬鹿な事を!仮に人拐いであれば、危険が伴うかもしれない。他人を巻き込むわけにはいかない。申し出はありがたいが、丁重にお断りする」
「あんた、一人で抱え込むタイプか?今言っただろ、ややこしい事になっても俺は全然構わない。むしろこういう事は大歓迎だ。一人で抱え込んでも、大した結果も得られないかもしれんぞ。ここは二人で捜すのが効率が良いし、何かが起こった時、二人で対処するのが賢明だろう」
「だからと言って、手伝わせるのは気が進まない」
「まあ、そう言うな。俺は自分の意志で手伝うと決めた。あんたの気持ちも分からんではないが、俺はこういう事には首を突っ込みたいタイプなんだ。なに、心配せんで良い。俺は旅慣れているし、あんたの助けにはなれると思う」
「しかし……」
若者――ヴァレリーは考え込んだ。
確かに、マクシムの言う通りではある。
一人よりは二人のほうが何かと都合が良いであろうし、世の中を渡り歩いている彼であれば、多くの情報を得られることだってあるかもしれない。
悪い人物ではなさそうだし、共に旅をするのが不都合であるというわけでもない。
だが、ヴァレリーは生来の気難しい性格ゆえに、承諾するのに躊躇いを覚えたのである。
どうするべきか――。
しかし、一人で出来る事は限られている。
やはりこの吟遊詩人と捜すのが、今は最良の選択ではなかろうか。
躊躇いは完全には払拭できなかったが、ヴァレリーは目の前で彼を見つめているマクシムに言ったのだった。
「……では、お願いする。共に旅をしよう」
「分かった。よろしく頼むぞ」
マクシムは微笑んで、右手を差し出してきた。
ヴァレリーはその手を握り、相手の緑色の瞳に光明のような明るさを見い出したのであった。
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