おさげ髪の
タッチャン
おさげ髪の
あなたに何を話せばいいんですか?
「あなたが話したい事何でもです。焦らず、ゆっくり話して下さい。少しずつで構いません」
……座り心地のいいソファーですね。
「私のお気に入りです。先月買いました。あなたや他の患者さんがリラックス出来る様にと思って」
先生の後ろの壁に掛かってる絵もあなたのこだわりがあるんですか?あれもお気に入りですか?
「はい、私のお気に入りの絵です。アメデオモディリアーニというイタリアの画家です。あの絵の作品名は、おさげ髪の少女といいます」
本物ですか?
「いえ、贋作です。ですが本物とほぼ同じクオリティーで描かれています。絵画はお好きですか?」
…詳しくは分からないけど、見るのは好きです。
あの絵は好きになれないけど、何だか不気味な感じがします。俺の目をじっと見つめて今にも話しかけてくるような気がして。目を反らしてもずっと目張られている様な。
「不気味、ですか。私には優しく見守ってくれている様な感じがして心が落ち着きます」
贋作だけど、本物と同じクオリティーなら高かったのでは?幾らでした?
「貯金を殆ど使いました。高かったです」
よく買いましたね、すごいな。まぁそれだけ絵画が好きなんですね。
「この絵は特別です」
優しく見守ってくれている様な感じですか…やっぱり、見る人によって変わるもんなんですね。なんだか不思議です。この部屋も、ソファーや壁に掛かってる絵とか、機械みたいな表情の先生とかさ。
いや、ごめんなさい、悪気はありませんよ。
「大丈夫です。気にしてませんよ。そうですね…不思議ですね。私としてはあの絵よりもあなたの方が不思議に思いますけど。嫌みではありませんよ」
いや、いいけど、俺が?何でそう思ったんですか?
「今のあなたを見てると、3週間前に自殺未遂をした人にはとても見えないからです。」
あぁ…そう見えますか。
「ええ、そう見えます。あなたが入院してた病院から話を聞かせて貰いました。酔い止め薬を大量に飲んで自殺未遂をしたと。あなたの場合、致死量に至る2400㎎をお酒と一緒に飲み干したそうですね」
そうです、先生の仰有る通りです。60粒の錠剤を砕いて粉にして、ウイスキーで流し込みました。大変でしたよ。1粒1粒砕く作業は。まぁ、結局3時間後くらいかな、胃が拒絶反応を起こしてトイレに籠りっぱなしでしたけど。吐いてる途中で気を失ったみたいで、気づいたら病院のベッドの上でしたよ。
「…夜遅く帰宅してきたお父様があなたの異変に気づいて救急車で病院へ、でしたね?」
そうらしいです。親父からそう聞かされました。
「なぜ自殺を図ったのか、話して頂けますか?」
話さないといけませんか?
「無理にとは言いません。ただここはそうゆう病院ですので話して頂いて、適切な治療をしないと。
あなたの心の中で手放したい事柄や闇を取り除く作業を私に手伝わせてほしいのです」
…あの、失礼ですけど、それ本心で言ってます?俺の勘違いだったらいいけど、先生からは敵意を感じるんですよ。なんとなくですけど。他の患者にも冷たくて、機械的にって言うのかな、事務的って言ったほうがいいかな。ほら、精神科の先生ってさ、もっと穏やかで優しい雰囲気な人を想像するけど。
「他の患者さんには優しく接してますよ。あなたが妄想する精神科の先生そのものです。正直な所、私はあなたが嫌いです。いや、憎いです。許せない」
…ずいぶんハッキリと言いますね。その理由は?
「あなたがなぜ自殺をしようと思ったのか、それを先に話して下さい。その後で話します」
ここに連れて来られた時に先生を担当医に指名するんじゃなかったよ。物凄く後悔してます。
「私にとっては有難い事でした。あなたが偶然ここに来てくれた事もです。でもなぜ私を指名したのですか?これも話して貰いますよ」
…わかりました。先生を指名したのは名前がきっかけです。先生の名字がとある女の子と同じだったから。それだけです。先生の名札を見れば彼女を忘れない様に出来るから。
「忘れては困ります。その女の子というのは私の娘ですから」
………すみません、予定があるので帰ります。
「駄目です。席を立たないで。座って下さい。そうです、ゆっくりして下さい。私のお気に入りの、座り心地のいいソファーでくつろいで下さい。今、コーヒーを淹れてきます。そのまま座ってて下さい」
……
「どうぞ。ミルクと砂糖は必要ですか?」
…あの、あれは事故だったんです。
「ミルクと砂糖は必要ですか?」
すみません…要りません…本当にあれは、事故だったんです。
「そうでしょうね。さぁ、飲んで下さい。まずは落ち着いて下さい。その後で話しましょう。すみませんが、自分の分も作ったので飲ませて貰います」
はい……………美味しいです…
「お口に合って良かったです。コーヒー豆も私のこだわりがあるんです。カフェを経営している友人から買ってます。コロンビア産の豆です。私のお気に入りです」
あの、俺はどうすればいいですか?
「すみません。仰有ってる意味が分かりません」
その、だから、俺はあの子やあなたとか…すみません。彼女のお母さんやお父さんにどうすればいいのか分からなくて。俺には謝る事しか出来ないから。でもあれは事故だったんです。本当です。
「…あなたの心の中にあるその罪の意識から逃れる為に自殺をしようと思った。ですか?」
そんな、逃げる為じゃありません。あの子の遺族に報いる為です。死んで詫びるしかないんです。
「そうですね。あなたが死ねば私達遺族の心も少しは晴れて、前を向いてこれからの人生を歩けるでしょう。でもここでは、あなたと私の立場は患者と医者です。あなたの心の闇を取り除く為に私がいるのです。それを忘れないで下さい」
…さっきも話しましたけど、俺が自殺をしようと思ったのはあなた達遺族に償う為です。本当です。
「あまり興奮してはいけません。落ち着いて下さい。コーヒーを飲んで。さぁ」
…本当にごめんなさい。俺は…
「飲み干したみたいですね。気に入ってもらえて良かったです。おかわりを持ってきます」
今まで1度もあなた達に直接、謝罪を言えなかった事も、親父が一方的にお金の力で解決したのも、本当にごめんなさい。ごめんなさい…
「…娘が死んだ2日後、あなたのお父様が私達の家に来ました。玄関を開けてくれたのは旦那です。私は警察から話を聞いてからしばらくの間、動く事が出来ませんでしたので。あなたのお父様と付き添いの黒服の方と旦那が一緒にリビングに来ました。あなたのお父様は私達夫婦の前に大きな鞄を置いて、中を見せてきました。札束です、大量の。申し訳ないと頭を下げるあなたのお父様の姿はあまり覚えていません。私達夫婦の目は今まで1度も見た事がない数のお札に釘付けでした。大切な娘が死んだにも関わらず私達夫婦はお金を見つめていたのです」
…すみません。
「結構です。あなたのお父様の付き添いの方が色々な書類を出して、それぞれにサインをする様にと旦那に渡してました。私はただ黙って見てました。旦那も黙って書類にサインしてました。泣きながら」
…警察に全部話して、俺は牢屋に入ります。罪を償う為です。今から一緒に行きませんか?いや、行きましょう。親父がお金で色々な事を無理矢理解決してきた事とか、俺が娘さんを殺した事実も、その他全部を一緒に話しましょう。お願いします、俺を罰して下さい。
「…あなたはこの絵画、おさげ髪の少女は不気味と言いましたね。でも私には少しも不気味と感じません。あの子があなたに殺された日、娘の髪をこんな感じにしてやったんです。とても可愛かった。とても似合ってました。この絵を見てると娘が話しかけてくるんじゃないかと思うんです。学校でかけ算を習ったよとか、体育の授業でやったリレーは1番だったよとか、ディズニーランドまた行こうよとかね」
許して下さい、許して下さい…
「まぁ、私の勝手な妄想に過ぎませんが。コーヒー、冷めてしまいましたね。おかわりしますか?」
……
「眠そうですね。寝て頂いて構いませんよ。すみませんね、コーヒーに睡眠薬を少し入れさせて貰いました。コロンビアの豆は薬の苦味や匂いを消してくれるいい豆なんです。ごめんなさい、やっぱりもう少しだけ目を開けて、あの絵を見てください。娘の姿をその目に焼き付けて下さい。お願いします」
……はい…
「最後に3つだけ言いたい事があります。この部屋にもう少しで旦那が来ます。彼ほど娘を愛していた人はいません。それと、あなたのお父様は何も解決してません。解決するのは私達夫婦にしか出来ません。最後に、罰して下さいと仰いましたね。勿論です」
おさげ髪の タッチャン @djp753
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます