番外編その2 初めてのG・W

「ごーるでん…うぃーく?」


 初めて聞く言葉に、私は思わず聞き返していました。


 それは私が、中学3年生に進級した4月の出来事。共に同じクラスで進級した友人二人に聞かれて初めて、毎年5月にと言うものがあると知りました。


「知らないの?ゴールデンウィークって言う…えっといろんな記念日が重なってお休みがいっぱいになった。って感じ?」

「ちなみに、5月3日が憲法記念日、4日がみどりの日、5日がこどもの日。それと4月29日に昭和の日があって、4月30日と5月1日、それから2日は平日だけど、例えばそこが土曜日、日曜日だったりすると、すごく長い休みになるの。学校は無理だけど、お仕事なら3日間の平日をお休みにするところだってあるのよ」


 ゆあの長々しい説明を、私は少しワクワクしながら聞いていました。


 それもそのはずです。司さんと出会うまでの私は、自宅からほぼ出ることがありませんでしたし、住んでいる自宅にはあまり物が無くカレンダーも勿論ありませんでした。その他にパソコンもテレビも携帯も無い狭い部屋の中で、私が唯一自分の年齢を知ることができたのは、毎年行われる誕生日パーティー。しかし、誕生日も知らなかった私は、パーティーの日が何月何日なのかすら分かりません。


 でも司さんのおかげで、私は自分の誕生日から始まり、1週間が7日あることや、曜日、平日と休日の違い、人として重要な『時間感覚』を覚えることができたのです。


「ちさは、やっぱ司さんとデートとか?一応なんだしさ~」

「で…デートって…。わ…私は、受験に向けて、その…計画は話し合ってるけど…」


 友人のまみは、私がプロポーズを受けたことを知ると、何かに付けてこの話題を振ってくるようになりました。勿論、まみと幼馴染さんの関係も以前より良好なようで、私も言い返すこともあります。


「まみさん…貴女あなたも受験生なんですからね?」

「え〜!?いいじゃんまだ 3年生になったばっかなんだし。」


「ちささんは勉強が遅れているのですから、司さんも心配されているのですよ。」


 ゆあさんはホントに私の事を考えているな。と私はいつも感心してしまいます。


「う、うん。あ、でも、パパに聞いてみようかな。塾はお休みみたいだし。」


 その日の放課後、私達はみんなでパパの元へ向かいました。


「ん?あー。いいんじゃね?」


 返ってきた答えは、ざっくりとしたものでした。


「まぁ塾も連休だしな。いきなり勉強漬けってのも正直どうかなー。って思うから、どっか遊びに行こうか。」


 パパはそう言って笑顔を見せてくれました。ホントは新作の小説が行き詰まってて、毎日パソコンの画面と睨めっこしているのを私は知っているのに、なんだか無理させちゃってるかな。


「じゃあさー。ディズニー行こうぜ!」


 開口一番言い出したのは、やっぱりまみさんでした。


「いやいや、そこは家族水入らずじゃないのかい!」


 ゆあさんのツッコミもすぐ飛んできます。


「あはは、みんなで行くのも悪くないけど、みんなだって家族水入らずが良いんじゃないの?」


 私はそう言いました。


―――で。


 結果的に現在、私とゆあさん、まみさん、ゆあさんのママ、まみさんのママの六人で東京へ向かって高速道路の大渋滞に巻き込まれています。


「いやいや大変だわ。これが噂に聞くゴールデンウィーク大渋滞ってやつか。」


 パパは既に長時間の運転でお疲れ気味、じっと前の車が動くのを待っています。私達は車内のテレビを眺めながら、さながら女子会ムードで盛り上がっていました。


「男、俺だけじゃん?マジ大丈夫かよ。」

「大丈夫、大丈夫。夫は仕事ですから、きっと残念に思ってますよ。」

「私のとこは、旦那いませんからお気になさらず。」


 二人のママさんは、初めて乗るモーターホーム(キャンピングカー)の車内で大盛り上がりです。


「渋滞前に燃料を満タンにしてて正解だったな。一応予備も用意しているけど…。あとは、もいれば良かったんだけど、、、」

「人的?」

「ああ、代わりに運転してくれる人な。まぁ保険の関係もあって、ママさん達には運転替われないんだけど…。」

「私が…免許取れば、運転できるようになる?」


 出会ってから一度も、私はパパの横に乗ってばかり。少しでもお手伝いがしたいなって思っていました。


「ありがとう。ちさは優しいな。そうだな、直ぐには無理だけど、20歳になったらお願いしようかな?」

「20歳にならないとダメなの?」

「んとな、車の免許は18歳で取れるんだが、この車は大きすぎて運転できない。中型免許を取れば、運転できるようになる。それがあと2年かかる理由さ。」

「そうなんだ。」


 20歳と言うことはあと6年かぁ…(後日、18歳でを取れば良い事が判明、ホントは4年で大丈夫みたいです)。がっかりした反面、私にとって大事な目標の一つができたのです。


「まぁそうガッカリするな。その気持ちが聞けて嬉しいんだよ。ありがとうな、ちさ。」


 パパの前で気持ちが全部顔に出ていたみたいで、私は恥ずかしくなって顔を手で覆いました。夜の高速道路で車内は薄暗く、運転席と助手席とで間があるにも関わらず、パパは私の顔の変化に気づいてくれていたのです。

 やがて時間が経つにつれて、さすがの女子会も終わり、全員が仮眠を取る中で、私は少しでもパパの話相手になりたくて、頑張って起きていました。(ちなみに、走行中はベッドが使えないので、みんなソファー席やテーブル席に座りながら寝てます。)


「ちさ、ちょっといいかな?。」


 どのくらい過ぎたでしょう。私はまみさんに声を掛けられて初めて、少し寝ている事に気づきました。


「司さんと話がしたいんだけど…いいかな?」

「ん…うん。」


 私は目を少し擦りながら、まみさんと入れ替わりました。


―――その後、まみさんと司さんがどういった話をしているのか…私には分かりませんが、後に聞いた話ではこんな話だったそうです。


「…司さん…あの…。」

「…彼氏とは、あれから上手くいっているようだね。ちさからよく聞かされているよ。」


「…はい…。」

「俺に話があるのは、その彼氏さんの話かな?幼馴染だと聞いているけど?」


「…はい。その…。私達、今年受験生じゃないですか…。」

「そうだね。」


「…こんな事、ママに相談しても良い答えが来るかわからないので、男の方の目線で聞きたかったんですけど…。」

「俺で良ければ、相談にのるよ」


 まみは深く2、3度深呼吸をすると、話し始めました。


「その…彼の事なんですけど、高校が別になりそうなんです。」

「そっか、高校は別…ね。君の志望は?ちさと同じ高校?」


「はい、っでも彼氏あいつは、サッカーをずっとやってたから、その実力校に行くと決めているみたいなんです。今でもエースやってるから、推薦でも行けるんじゃないかって…」

「ん~サッカーの強豪校ねぇ…うんうん。あそこだなきっと。なんとなくわかるよ。地元じゃなくちょっと遠いところだね」


「はい…。今は毎日一緒に帰っているけれど、高校になって正直どうなるんだろう。あっちで他の彼女ができちゃったりしないんだろうか…とか、思っちゃって…」

「人の生きる道なんて、俺にも正直分からない。けど知ってるか?、小説や漫画、アニメの世界では、"幼馴染属性"っていうのは最強のフレーズでな。よほどの事が無い限りそのままゴールする事が多いんだよ」


「そうなんですか!?あ…でも、そのよほどの事って…」

「俺にも幼馴染で3つ上の姉みたいな人がいた。まぁ実際は遠縁の親戚なんだが、それでもゴールしなかったのは、親戚っていう事もあったと思うけど、体格が…まぁぽっちゃりしすぎていてね…ハハハ。恋愛感情に発展しなかったのが原因。」


「そうなん…ですね」

「君は…まぁ失礼な事を言うけれど、体格はスレンダー(以前見てしまったから分かる)…えっと、”ぽっちゃり”ではないし、顔も悪くない。まだ中学生だし幼さが少し残っているが、それは今後の成長次第で良くなっていくだろう。そんな幼馴染であり、彼女を持つ男が、他の女性になびく事は罪だと俺は思うけどな。」


「そう…ですね。私も…そう…思いたいです。」

「そこは自信を持つべきだぞ?君の心が揺らげば、彼氏さんにも伝わる。」


「はい。ちょっと自信がついた気がします。ありがとうございます。」


 まみはそう言って無邪気な笑顔を見せる。


「君も変わったな…。ちさと初めて来た時よりも、表情が柔らかくなった。」

「はい、私もそう思います。変えてくれたのはちさです。あの子の人生に比べたら、私の不幸なんて些細なものだったんだなって…。上には上がいるっていうか、それで吹っ切れたんですよ。」


「ハハハ、だな。」


―――そんな話をしているうちに、渋滞が少し解消されたらしく、明け方には目的地『ディズニーランド』へ到着するのでした。


「良かったね。バス専用の駐車場へ案内されて。」

「ああ、でも朝イチに並んだつもりだったけど、ゲート前でもあの列は…さすがだな…」


 当時は流行病コロナの影響が無かったので、とても混雑していました。


「まぁここがホテルみたいなもんだし、疲れたらいつでも戻ってくるといい。天気は…まぁ生憎の天気だけど、エンジンかけりゃ充電もできるし、なんだったら軽くエアコンかけるぐらいならバッテリーの心配は無いしよ。」


 パパは長時間の運転でかなり疲れているようでした。


「あの…私、パパと一緒にいるのいで、みんなは先に行ってても良いよ。」


 私はそう言って、みんなを先に行かせることにしました。車内には私とパパの二人きり。パパはベッドに切り替えたソファーで横になっていました。


「良かったのか?ちさだって初めてなんだろ?ディズニー」

「うん…でも、パパと一緒じゃなきゃ意味がない…かなぁ」


「ハハッ…。言ってくれるね。でも多分、そうだろうなと思ってたし、もし行こうとしてても止めたけどなぁ…そんな真っ青な顔されてちゃあさ。車酔いするもんな、ちさは。」


 ああ…やっぱりパパは凄いな。初めて会ったあの時、パパの家に一緒に向かった道中でも、私は車酔いでグラングランしてたのを思い出しました。自分でも分かっていたのです。いくら酔い止めの薬を飲んでいたって、今すぐに遊ぼうって気にはなれないことくらい。


「パパの…横、いい…かなぁ?」

「お…おう」


 私はそう言って、パパと同じソファーベッドへ寝転がり、そのまま背中ごしにパパを抱きしめました。


「お…おう。ちさ?…その…。みんなが戻ってきたらどうすんのさ」

「大丈夫です。書類上はでも、私達は婚約しているってみんな知ってますから。」


 パパは私よりも倍以上の歳上だけど、未だに女性への免疫が無いようです。その事は、前妻である優希さんに教えてもらっていました。(そんな優希さんとは最近全然話せていないのですが…。)


「それに…こうしてた方が、お互いに回復…早いんじゃないかなぁ~?」

「ハハ。違いない。」


 ちょっと休んだら二人とも回復して、そうしたら一緒にアトラクションを観て回れるかな。私はそう安心して目を瞑りました。


「…と、 … ちゃん ? … ち … と  … さ と … ちゃん?」

「ん…ん…?」


 次に意識が戻った時、私は先に現地へ向かっていたはずの二人(まみさんとゆあさん)に起こされていました。


「もう…ラブラブなのは良いけど、もうお昼過ぎちゃってるよ?」

「ええええええ!?」


 時計を見ると、既に午後の1時を回っています。駐車場開放と共に入場しているはずなので、かなりの時間が経過している事になります。私が辺りを見回すと、ソファーベッドの横でパパがニコニコしながら見ていました。


「いや~ちさの寝顔が可愛くて、いつまでも見ていられるんだよね。いや~おかげでスッキリして体力回復したよ。」


 私は多分、顔が真っ赤になっているんだろうな。そう思うと、パパの言葉に対してゆっくりと頷くしかありませんでした。


「さ!お昼になっちまったけど、これから楽しもうぜ。ディズニー」

「…はい!」


 パパから差し出された手を、私はそっと握り、一度様子を見に来てくれた親友二人と、そしてパパと、初めてのディズニーへと足を踏み入れたのです。

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わたしのパパは、パパであってパパでない!? 神原 怜士 @yutaka0000

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