最終話 ありがとう、そしてこれからも!

 2月はまだ、この地域では寒かった。司の地元で長くに渡り様々なカップルを送り出してきた冠婚葬祭場、そのチャペルに純白のドレスを身につけたちさとの姿があった。


 ちさとの高校1年生3学期の2月14日。それは偶然にも日曜日であり、ちさとの誕生日でもあった。1年以上も前から予約していたこの式場で、二人は結婚式と入籍の手続きを行っていた。


「ちさ~羨ましいぞ~。」

「ちさちゃん。綺麗よ~」


 ゆあ、まみの二人も綺麗なドレスを身につけて、ちさとを見守っている。二人は同じ高校へ合格し1年を共に過ごしていた。クラスこそ違うが仲の良さは同学年で知らない人はいなかった。


『ねぇちさとさんの結婚相手ってかなりのおじさんじゃない?』


 同学年のクラスメイトからはそんな声も聞こえたが、ちさとはまったく気にしなかった。それはクラスメイトの大半が、本人の事情を知らないからである。もし、ちさとと同じ境遇であったなら、そのクラスメイトはどんな選択をしたであろうか。そう思えば、今の自分が一番幸せだと感じているのです。


『これよりブーケトスを行います。次の幸せを掴むのはどなたでしょうか。』


 ちさとが投げたブーケは、ゆあでもまみでもなく、同じクラスメイトの女子が掴み取る結果となった。


「あ~あ。私もブーケ受け取りたかったなぁ」


 まみが少し不安気な顔をしていたが、幸せそうなちさとの笑顔に、少しも後悔をしていない様子だった。


「お義父さん。結婚おめでとう。ねぇねぇ私の妹か弟はいつなの?産まれたらこの子にとってはおじさんかおばさんになるのよね。」


 咲良はいつも通り司を挑発する。


「まったく、今日はおめでたい席だからツッコミは無しにしておくけど、それもちゃんとちさとと話し合って、高校の卒業までは妊活をしない事にしてる」

「相変わらず固いんだから…お義父さんは」


 咲良はとっておきを2年後に延ばされ、少し落胆していた。


「ねぇちさのドレスって凄く綺麗じゃね?買ったのか?」


 まみはそう尋ねてみる。


「ん~これは優希さんと私が意見を出し合って作ったオーダーメイドなの」

「そうなのか!?」


 まみはちさとが優希の名前を出す事にすっかり慣れてしまっているようで、優希が幽霊である事も気にしなくなっていた。


「でもね…」

「ん?どうしたの?ちさちゃん」


 少しだけ悲しい顔を見せるちさとに、ゆあは尋ねてみた。


「このドレスが完成した辺りから、優希さんのが聞こえなくなってるんだ…」

「それって…まさか…?」


「うん…。多分…なんだけど、んだと思う。私が…立派に高校へ進学できた事や、パパが幸せになった事で、優希さんが出る幕が無くなった…。そう考える事もできるのです」

「成仏…したんでしょうか。」


「分からない…。けど、ちょっと寂しい…かな。幽霊だったけど、私の一番最初にお友達になってくれて、それでいて同じ人を好きになって、私にとっての一番強いライバルだった…から。」

「なんだよ、ちさがここ数日ちょっと暗かったのはそう言う事だったのか」


まみも二人の会話に割って入って来る。


「うん…式も近かったし…でも、何も言わずに逝ってしまうなんて…なんか卑怯。もっと…もっといろんなこと教えて欲しかったのに…。」


一方の司も、同級生にいろいろ言われていた。


「なんでお前ばっかり結婚式なんだ?俺らなんか出会いすら無いぞ」

「前の奥さんも綺麗だったけど、今度は女子校生かよ、羨ましい」


「悪りぃな…。こればっかりは俺もとしか言えないわ。」


 司はそう言って誤魔化すばかりだったが、それは未だに独身が多い友人関係だったので仕方ない事であった。


 結婚と入籍から数日後、高校初の春休み。二人は司のキャンピングカーで国内旅行の予定で旅立った。


「で…なんでかな~。二人きりの新婚旅行の予定だったのに、二人が付いてくるかね…。」

「いいじゃねぇの。どーせは高卒までしねぇんだろ?」


 出発の直前になって、ゆあとまみが緊急参加となったのだった。まみがちさとから旅行の話を聞き出し、ゆあも誘った事で二人ともノリノリで駆け付けたのだ。


「ご…ごめんね。パパ。って断れなかったの…」

「いや…まぁ…まみ(こいつ)の言いたい事も間違っちゃいないが…。そのなんだから、全く無いわけじゃないだろうに…」


「あはは…。わ…私は巻き込まれただけだし…その、一応ちさちゃんの勉強をサポートするって事で、お母さんには了承を得た事なので…。」


 変な想像をしてしまったのか、ゆあは少し照れている。


「まったくだ。君のお母さんも、娘の貞操くらい気にするべきではないのか?俺意外は皆、である自覚を持つべきだと思うぞ」

「まったまた~。もう既にを見た仲じゃないですかぁ」


「お…思い出させないでくれ。運転に集中できんじゃないか。それに…あれはハプニングだ。ハメられたようなもんだぞ」

「そ…そうですよまみさん。あ…あれは本当にパパのせいじゃないですから。」


 司は一瞬だけ2年前のハプニング映像を思い出してしまい、そのハンドル操作から動揺が隠せなかった。


「…。」

「しっかしまぁ…」


 少し落ち着きを取り戻した司が、ため息を一度ついてから語りだす。


「ありがとうな…二人とも。ちさとの友達になってくれて。本当のところ、ちさとが中学校に入った時は、友人ができる事は想定していなかったんだよ。何せ14年間、人とのコミュニケーションがあまりできずに育ってきたそうだったからな。二人のおかげで、ちさとは人間らしい表情や教養を身につける事ができたんじゃないかって俺は思っている。」

「パパ…。」


 急に真面目な話をする司に、ちさとら三人はお互いを見つめて微笑み合う。


「な~に言ってんの司さん。ちさにはあたしも感謝しているの。幼馴染ゆうとは別の高校になっちまったけど、実はあいつから卒業式ん時にコクられて、今でも時々会ってるんだ。」

「いやいや…。それならなんでここにいるんだよ。」


「いや~アイツ部活練習で全然誘ってくんねぇから、ちょっと意地悪してやろうと…べ…別に喧嘩したわけじゃねぇし…。」


 まみは言葉を濁したが、どうやら本当の事のようで、その彼は中学時代の部活であったサッカーの強豪校へと進学したらしい。そのため、春休みとはいえレギュラー争いに勝つために練習を欠かせず行って、その期間がたまたま旅行の日程と重なっただけだったのだ。


「まみちゃんラブラブだね。」

「な!…そ…そんな事言うなよ。ちさの方がよっぽどラブラブじゃねぇか」


 そんな二人を、ゆあは冷ややかな目で見ている。


「あのぉ…私だけ置いてけぼりなんですけど?」


 ゆあの一言で、車内が少しだけ不穏な空気になってしまう。


「ゆ…ゆあだって良い人できるさー。きっと」

「そうですよ。焦る事ないですって。」


「慰めになってな~~~い。」


 それから最初の目的地に着くまで、ゆあは頬を膨らませたままとなっていた。


(つ~か。俺とちさの新婚旅行なんですけど…)


 司は運転に神経を尖らせている上に、女子校生三人の尽きる事のない会話に、神経をすり減らすのでした。


―――その日の夜。


「くはぁ…疲れたぁ…」


 宿泊先のオートキャンプ場に到着し、司はようやく解放された。


「おつかれさまです。パパ。今、コーヒーをれますね」


 ちさとは慣れた手つきですぐにお湯を沸かし始める。すると、まみがちさとに寄ってくる。


「なぁちさ…。もう結婚したんだし、パパじゃねぇんじゃないか?」


 そうまみは素朴な疑問をぶつけてみる。


「ん~。パパは…パパだしね。それに…」


 ちさとは急にお腹をさすりだす。


「え?まさか!?」

「ん?それに…。赤ちゃん出来たら、正真正銘のパパじゃないですか」


「ちさちゃん…。妊娠したんですか?」


 ちさとの意味深な行動に、ゆあも急にちさとへと駆け寄る。

 

「ま…まさかぁ~。妊娠に繋がるような事は全然してないですよ。パパとの約束なんです。高校生活は途中で投げ出さない事ってね。妊娠しちゃったら休まないといけないし、そもそも学校に居てられるかも分からないから…。」


 ちさとは両手を振って否定した。


「だ…だよな…。つ~かそこは二人とも固いんだよなぁ…。もうちょっとあってもいいんじゃねぇのか?」


 まみは内心ホッとした顔で、胸に手を当ててため息をついた。


「んだよ。俺に何を期待してんだ?お前たち」

「ようは~あれだ…もうっちまったのか?って事。あれから1年以上も経ってるんだから、それくらいあったろ?それが聞きたいの」


 まみは顔を赤くさせて司に迫る。


「まみさん…そんな恥ずかしい言葉よくサラッと言えますね…。」


 と、まみにツッコむゆあもまた、顔を少し赤らめていた。


「言っちゃって…いいの?パパ…」

「いや…ちさ。その発言はほぼ彼女らが思っている事の正解を言ってるようなものじゃないか?」


 司がチラリと女性陣を見ると、明らかにニヤニヤした顔で司を見ていた。


「ま~さ~か~。既にぃ?」

「いや…まて…詮索はするな…。その…。」


「kwsk聞きたいですよ!二人とも~」

「マジ顔が怖いって…」


 すると、そのタイミングで車内にコーヒーの香りが漂ってくる。それは一連の話を聞きつつも、冷静にコーヒーを淹れるちさとからだった。


「パパ。良いんじゃないですか?コーヒーでも飲んでお話してあげてください。」

「わ…分かった…。」


 司はそう言うと、コーヒーを口に運びいれた。


「はぁ…美味い…。」


 司はため息と共に落ち着きを取り戻した。


「んとな…。1年前の事だ…。」


―――1年前。


 それはちさとが、高校受験日の前夜を迎えているところだった。


「パパ…。私…怖いの。」

「ん?なんだ。緊張しているのか?」


 ちさとは軽く頷く。


「塾の先生も『あとは自分との勝負だ』って言ってくれたけど、一番の心配は…。練習はしましたが…まだまだです。」


 ちさとはいつになく自信無さげな表情をしている。


「ちさ…。俺に今してやれることは無いか?」

「…。パパ…。」


 ちさとが司の胸に飛び込んでくる。


「試験が終わったら…その…私とエッチしてください!」

「ちょ…ちさ…!?。」


「いいでしょ?私、パパの…司さんの…婚約者なんですから…。一度くらい…私を女性として見てくれたって良いじゃないですか。」


 ちさとの目は、今までの無知で天然な発言の時とは違っていた。学業で知識を身につけ、友人とのコミュニケーションで培った心が、たった1年足らずで彼女を女性として成長させていた。

 司は何度もちさとのを断ってきたが、それはもちろん彼女が未成年であると言う事で、自身の保身のために行ってきたものだった。


「…分かった。その約束…覚えておくよ」


 その言葉にちさとは涙を堪えきれず、これまでも幾度となく泣いてきた司の胸で、静かに泣いた。


―――現在。


「で…結局どうなったの?」


 まみは話の途中でちさとから出された飲み物を飲みながら司に聞いた。


「ちさと…君達は、同じ試験場にいて何も感じなかったのか?」


 二人はそう言われて、1年前の事を思い出してみる。


「あ~ん~そういえば、何か吹っ切れたというか…」

「そうね…。凄く…自信に満ちた表情をしてた気がするわね」


 司は再度コーヒーを飲む。


「その通り。ちさとが試験会場から戻ってくると、それは清々しい顔をしていたよ。でだ…本題の事だが…」


 そう言う司もちさとも、少し顔を赤らめていた。


「実は本番直前になって、ちさとが生理になっちゃってね…。まぁ…何と言うか…アルファベットで言えば、C直前でエンドってヤツ?そこからは高校生活が始まってしまったんで、無計画だと危ないからヤれてなかったんだよねぇ…。スマン!」

「思わせぶりでスイマセン…。」


 司もちさとも深々と頭を下げた。


「んだよ。それじゃあちさはまだ、経験無しってやつか」

「なんか…がっかりと言うか…顔はイケメンだけど…残念ね。」


「なんだよ。いいじゃねぇか。その…なんだ。デキ婚じゃ無いから怖くないぞ。」


 緊迫した話から一転して車内に笑いが溢れる。司はその笑顔を見て思う。


(いいじゃねぇか。そんな結婚生活があったってさ。)


 日が沈み、今晩の夕飯メニューはバーベキューの予定だったが、それまで晴れていた空が急に曇り、雨が降り出してしまう。

 それでも4人はキャンピングカーの車内で食卓を囲み、笑顔で料理に喰らいつく。そんな当たり前の風景を見ているちさとの目には、既に未来の目標が出来ていた。


その目標は…『―――――――――――。』


おわり。

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