第21話 ちさと、初めてのテスト その後
テストが終わり数日後、その結果が出る日がやってきた。最初の授業は数学。ちさとの得意とする科目だった。
「はいはい。テストを返すわよ~。」
教師が一人ずつに答案用紙を返却していく。
「今回のテストでは満点が二人います。一人目はもう常連ね。佐々木さん。」
「はい。」
「ホント、
「先生の教え方が上手だからです。」
ゆあが満点なのはいつもの事らしく、教室からは「またか」「勝てない」などと言った声が上がっている。
「はいはい静かに、次は二人目。これ意外な事よ。星野さん。」
急に教室内が静まり返る。
「星野さん?」
「は…はい!!」
ちさとは、自分が呼ばれている事に一瞬戸惑い、ガタガタとイスを鳴らして立ち上がった。
「星野さん凄いわね。数字の書き方とか、まだ文字に慣れてないって感じがするけど、公式はしっかり書けてますし、文句無しよ」
「はい。ありがとう…ございます」
数学講師の三田先生は、かけているメガネの横を指で押し上げながら、ちさとに笑顔を見せた。
「凄いじゃないちさちゃん。」
ゆあが声をかける。
「ありがとう。皆のお陰だよ。」
ちさとはそう言って笑顔を見せた。しかしその後の授業で返された他の科目は、赤点をギリギリクリアする程度の点数が続いたのだった。
「大丈夫よ。初めてのテストで満点もあったのだから、十分だと思いますよ」
ゆあはそう言って励ましたが、ちさと自身は初めてのテスト結果を前に、少し落ち込んでしまった。
―――その日の夜…。
「…。」
「ん~。俺は初めてにしては良い点数だと思っているぞ?」
全教科のテストが返って来たタイミングで、ちさとは司に結果を報告していた。
「けど…。」
「ん?どうしたちさ。」
「ダメ…なの。これじゃあダメ…なの…」
「…ちさ…。君はまだ成長途中なんだ。知識だってまだ浅い。でもな…そんなちさが1教科も赤点じゃない事がどれだけ凄い事か。それを褒めないでどうする。」
「パパ…でも…。でも…。んんん…」
少し涙目になってきていたちさとに、司は優しくキスをする。
「よく…頑張ったな。ちさ」
「う…うん!えへへ」
司のご褒美キスが、ちさとの顔を笑顔に変えていく。
【ホント…ちさちゃんは素直じゃないんだから。】
そんな仲の良い光景を、すぐ近くで優希が見守っていた。
(ちさと結婚するにはあと2年…。俺は、ちさの心を繋ぎ留めておくことができるのだろうか。)
司はそう思っていた。何故なら乙女心は変わりやすい。一途に想い続ける男性と違って、女性は心変わりしても、一度心が離れた相手を気にする事はない。
自分を愛してくれた優希は、死後も自分を見守ってくれている。そんな人間に人生で何度も遭遇できると、司は考えていなかった。
「ちさ…。」
「なあに?パパ…。」
「いや…なんでもない…。」
「ん?」
(まだ…言えない…。)
司は心に残るモヤモヤな気持ちを、グッと押し殺した。
―――初めてのテストからしばらくは、平和な日常が続いた。
ちさとの成績は日々成長していた。毎週通う塾で行われる模擬テストでは、平均点が50点を超える事も多くなっていた。
「そうか、ようやく先生のゴーサインが出たわけだな」
「うん。高校受験の最低ラインはクリアできたから、これで本格的なカリキュラムに進む事ができるよって!」
ちさとが塾へ入会する際は、塾の講師が難色を示していた。その原因はちさと自身、文字を書く事がやっとの学力であり、たった1年足らずで高校受験の合格ラインまで学力を伸ばさなければならない事への不安からだった。
しかし、司はちさとの隠れた才能の一端を既に見出し、2学期初めまでに平均点50点以上を目標と定める無謀とも言える条件を付ける事で、許諾を得たのだった。
「ねぇねぇ。パパ~。いつものご褒美ちょうだい。んん~~。」
そう言うと二人は口づけを交わす。正に『飴と鞭』である。
「ねぇ…パパ…」
「ん?どうした?ちさ。」
「んと…ね。私と…一緒に写真を撮って欲しい…な」
「んああ。それくらい全然大丈夫だ。確かに、二人で写真なんて撮った事が無かったな」
「ありがとう!」
「じゃあ。とっておきの一眼レフデジカメ…。まぁ言うならば高級なカメラを使うか。実のところ…買ってしばらく使って無かったんだよ」
「あはは。なにそれ。買った意味無いじゃない」
「まったくだ。」
司は自宅から頑丈なアタッシェケースに収納されたカメラを持ってきた。それは、通常レンズや広角レンズに望遠レンズまで、一通りのオプションが付いていた。
「ほええ。凄い大きなカメラ…。」
「だろ?動画も撮れるし、スマホのカメラとはまた違う綺麗な写真が撮れる一品だ。天下のキ〇ノン製って言っても分からないか。」
司は丁寧にカメラをセッティングする。
「いいぞ。あとはリモコンで遠隔撮影ができる。」
セッティングを終えた司が、撮影ポイントに座るちさとのすぐ横に座った。
「なんか…改めて二人で写真ってなると…ちょっと緊張しちゃう。」
「いつも通りでいい。ちさはここに来てから今までの間に、とても素敵な笑顔を作れるようになった。その笑顔をそのままカメラのレンズ…あの丸いところに向ければいいんだ」
「は…はい。」
「いくぞ…。」
司がリモコンのボタンを押すと、カメラから音が聞こえる。
ピッ…ピッ…ピッ…カシャ!!
「どれどれ…?」
司が写真の出来栄えを確認する。ちさとも一緒にカメラの小さな画面に写る自分を見ていた。
「凄いじゃないか。一回目にしては良く笑顔が出ている。」
「はい。…その…写真もすぐ…出せますか?」
「ああ。プリンターがあるからすぐに出せるぞ。待ってろ。」
司がカメラのボタンを操作する。
「今、取ってくるよ」
司は再び自宅へ入って行く。戻ってくると、その手に一枚の写真を持っていた。
「はい、どうぞ」
「パパ。ありがとう。」
「その写真をどうするんだ?」
「…その…。」
ちさとが少し言いづらそうにしているのが、司から見てもはっきりとわかる。
「…パパ…ん~ん。司さん!この…私の本当のパパの写真を…燃やしてください」
「ええ~!?」
ちさとはそう言って、持っていた唯一無二の実父が映る写真を、司に差し出した。
「いや…それは、君が大切に…それも実の母から守り抜いた写真だろう?」
「はい…。でも、私もうキララじゃないんです。ちさとなんです。例え…司さんとは血の繋がりが無くても、ちさとにとってのパパは…、司さんなんです。」
「ちさ…」
「お願いします!私…もう過去を振り返らないって。未来を向いていくんだって決めたんです。だから、どんな辛い道だって、頑張っていられるんです」
「後悔しないって事だな…。」
司の再確認に、ちさとは大きく頷いた。その瞳はまっすぐに司を見つめ、輝いていた。嘘偽りのないその瞳に、司は決心を固めた。
「わかった。車内だと火災警報が反応してしまうから…外でやろう。」
「はい…」
二人はキャンピングカーの外へ出る。
「本来、県内での野焼きとか…ゴミを勝手に燃やすとかは条例で禁止されてるんだが…まぁ写真くらいすぐ燃えるか…それとも、どこかの神社でお炊き上げして供養してもらうこともできるが…?」
司はちさとに問いかけてみるも、ちさとは口を閉ざしたまま、何も語ろうとはしなかった。
「そうか…なら…ここでやろう」
司はライターを取り出すと、写真に火を灯す。見る見るうちに燃え上がる写真。コンクリートが敷かれた司の自宅前で、ちさとの思い出が灰になっていく。
司がちさとの顔を見ると、ちさとは溢れる涙を拭こうともせず、ただジッと燃え尽きる写真を見つめていた。
(そうか…君の決意はそこまで固いと言う事か…)
司はちさとの事を無言で抱き寄せる。ちさともまた、司の胸の中で静かに泣いていた。やがて真っ黒な灰になった写真は、急に吹いた風によって天高く舞い上がる。まるでちさとの本当の父親が、何かの呪縛から解き放たれたかのようだった。
ちさとが落ち着きを取り戻した頃、二人は再びキャンピングカーへと戻って来た。
「なぁ…ちさと。」
「…なあに?パパ」
「その…。以前に聞いたご褒美の事…なんだけど…。」
「あ…。」
テスト勉強の時に交わした約束だったが、ちさとの爆弾発言があって何も決まっていなかった。
「う…うん。私、いっぱい貰ってるから…いいの。そんな…」
「いや…些細な物かもしれないけど…。物…と言うか、聞いて欲しい。」
「は…はい!」
ちさとは急に立ち上がり、緊張している様子だった。
「あと…2年。あと2年後の…ちさの誕生日になったら…。俺と…」
もうここまで出かかっている言葉に、ちさとは既にその先が分かってしまい、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「俺と…結婚…して、本当の…家族になってくれ。」
キャンピングカーの車内に急に静かになる。司自身も自分の発言が恥ずかしくなり、顔を真っ赤にさせている。そして、目の前にいるちさとの顔もまた、赤くなっていくのを司ははっきりと視認していた。
―――たった1分の静寂が二人にはとても長く感じた。
「はい…。その…。こんな私ですが…よろしく…お願いします」
ちさとの瞳に再び涙が溢れてくる。それは勿論嬉しさで溢れてくるものだった。
【良かったね。ちさちゃん。】
優希が隣から祝福する。ちさとはその声を聞いて首を縦に2回振った。2年後にやってくるちさとの誕生日。事実上それは1年と半年もある。それが二人にとって短いのか長いのか。それはこれからの二人がどのように生活をするのかによるだろう。
―――その夜は、二人とも寝付けなかった。
(いやっべぇ…勢い余って告白してしまったが…。あれで良かったんだろうか…。あれからちさ…全然こっち向いてくれないし…いや、恥ずかしいんだって事なんだろうけどさ…)
司は背中合わせにいるちさとが気になってしまい、心臓のドキドキがなかなか収まらなかった。それはちさとも同じだった。
(どどどど、どうしよう。パパ…じゃなくて…彼氏!?になっちゃった?、あ~もう、とにかくなんか凄い意識しちゃって眠れないよぉ)
司は何とか気持ちを落ち着かせるために、執筆中の小説のストーリーを考えていた。ちさとも気持ちを落ち着かせるために、習ったばかりの理科実験の内容をずっと頭の中で整理していた。
―――翌朝。
(結局、いつ寝たのか分からないくらい起きていた気がする…。)
ちさとは自分でも信じられないくらいの早朝に目が覚めていた。隣の司は確実に寝息を立てていた。
「パパ…好きだよ。大好き。ん~」
ちさとは小声でそう言うと、司の唇にキスをする。完全に睡眠状態となっていた司は、その自覚は全く無かったが、夢の中で似たような境遇のシーンを目の当たりにしていたようです。
―――更に数分後、司も目を覚ました。
「お…おはよう。ちさ」
「パ…パパ…、お…おはよう…ございます。」
朝の挨拶ですらぎこちなくなっていた二人。
「ふぅ~ん。お義父さんもちさとちゃんも、今日はな~~んかよそよそしいね。何かあった?」
確実に何かを疑っているような目で二人を見る咲良がそこにいた。
「な…何でもないぞ。咲良。」
「さては~?ついにお二人の間に新展開ですかぁぁっいったぁぁぁぁい」
咲良の発言途中で、司の平手が咲良の後頭部を直撃する。
「何するんですかお義父さん。さては図星なんですか?」
「っっっ…まったく、趣味が同じだと何となくな展開が読めてしまうのが辛いところだ…。当たりだよ。」
寝ぐせが付いたままの髪をかきむしりながら司は言う。そしてチラリと咲良の顔を見ると、その目は完全に何かを妄想したような状態となっている。
「ちさとちゃん。やっぱりママって呼んだ方が良いのかな~?。それとも~今まで通りちさとちゃんって呼んだ方が良い?」
「あ…ははは。咲良お姉ちゃんは、い…今まで通り、咲良お姉ちゃんで良いと思います。年上だし…」
「咲良…。あんまりちさを茶化すな…。まだ2年先だ。それ以上待たせると、成人18歳の制度の関係で、女性の結婚年齢が18歳に伸びるの知らなかったのか?。」
「そ…そうなんですか!?パパ!」
2022年4月から成人年齢が20歳から18歳に引き下げられる事を受けて、現行の結婚年齢を男女問わず18歳となる。2019年時点で14歳のちさとは、2021年に結婚すれば、まだ16歳で結婚が可能であり、17歳でもギリギリ可能ではあるが、これを逃すと更に1年延びる事になるのだ。
「へーー。知らなかった。だからちさとちゃんにこんな歳からプロポーズしたんだ。」
「ま…まぁ…な。ちさもあまり長く待つのは…嫌…だろ?」
そう言うと、ちさとはモジモジしながら顔を赤らめた。
「私…早く…パパと家族になりたいなって思ってたから…。そこまで考えてるなんて知らなかった。凄く…嬉しいんです」
すると咲良は、ニヤけた顔で司に近づく。
「それで~お義父さん。お子さんは何人がよろしいですかな?あいったぁ」
直後に司の鉄拳が飛んで来る。
「まだ早いっての。ったく…。」
それを聞いていたちさとは言葉には出さなかったが、咲良が抱っこしている娘を見て未来の自分を重ねてみるのだった。
(私も…いつかママになる時がくるのかな…。)
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