第20話 ちさと、初めてのテスト

 『いただきます!』


 お勉強会初日、司の家はとても賑やかだった。


「まぁ~ちさちゃんにお友達ができたのね~」

「咲良、泊まるのはキャンピングカーにするから、布団の用意とかは大丈夫だからな」


「はい、お義父とうさん。でも、手は出さないでくださいね。」

「いやいや、俺が犯罪する事前提かよ。やらねぇって」


「やっぱロリコンじゃねぇか…」

「いや、ちげぇって、まぁ…全否定はしないが…襲わないって。常識の範囲内だろ」


 司は咲良の冷やかしに、終始ツッコミまくりだった。そんな司を見つつ、ちさとはまみに、ずっと疑問だった事を聞いてみる事にした。


「ところで、まみさん…。ロリコンって…何?」

「ああ。まぁ簡単に言うとだな。って事。」


「いや…その略し方は、かなり語弊があるぞ。」

「そうなんですか!?パパ!」


 驚いて司の方を見るちさと。


「あ~間違っちゃいない…。えっとだな、な男って事だ。」

「司先生…。どんどんおかしな方向に進んでいる気がします。」


 ゆあはあまり会話には入らなかったが、しっかりと聞いている様子だった。


―――そんな賑やかな夕飯は2時間も続いた。


「はぁ…咲良あいつ、ワザとあんな言い回しを…」


 司は湯船に浸かりながら、そう呟いていた。


「私はとても面白かったですよ。」

「はぁ…そっかぁ…って!!」


 司は隣を見ると、そこには既にちさとの姿があった。


「ち…ちさ。おま、いつ入って来た」

「ん?さっき。」


「いやいや、だから今はお友達が来ているんだから、お友達と入る方がいいじゃないかい?」

「ん?普通に『いってきまーす』って言って来たけど?」


 司は疲れてボーっとするあまり、ちさとが入ってきている事に気付いていなかった。そのためか、体を洗うちさとの背中が急に視界に入っていた。


「お友達は…何と言ってた?だって、思春期の女子は、父親とお風呂に入らないだろ?」

「ん~『いってらっしゃい』って。それに、の事は二人に話してるし、本当の親子じゃないんだし、問題無いんじゃない?」


 司はできるだけちさとの方を見ないように、視線を外しながら会話を進めるが、何か違和感を感じた。


「ん?みーちゃん…?。」

「ん?どうしたの?みーちゃん」


「ちさ…じゃ…ない?…まさか…優希?」

「あっちゃ-、つい癖でみーちゃんって呼んじゃった。テヘッ」


 ちさと(?)は、ペロリと舌を出した。


(おいおい…それじゃあ今は、ちさとの中に優希がって事か?イタコじゃないんだから…)


 司は驚いて、思わずちさとの方を向いてしまう。するとちさと(?)は、以前同様に司の前に座るように湯船に入って来る。


「ん~ちさとちゃんね。勉強のしすぎで眠そうだったし、ちょっとだけお借りしたの。なんか懐かしいね。こうしてお風呂に入るの。何年ぶりだろう」

「そう…だな。ちさに一応聞いてはいたよ。優希、お前がよくちさの話し相手や勉強の先生をしている事を…ね」


「そうね。あの子が来てから、みーちゃん凄く生き生きしてる」

「そう…見えるか?」


 ちさと(?)は、少し振り向き頷く。


「なぁ…優希…。」

「なぁに?みーちゃん」


 司は勇気を出して、優希にを聞いてみる。


「俺は…ちさが16歳になったら…として迎えるつもりだ。優希、お前はどう思う?」

「ん~…。みーちゃんがそれで幸せなら、私は賛成だよ?」


 司はその言葉に、目から涙が出てくるのを感じていた。


「ありが…とう…優希…。」

「ホント、みーちゃんは泣き虫なんだから。私はいつでもみーちゃんの事。見ているんだよ。」


「ああ…分かってる…分かってる…」

【パ…パ…?】

(ん?…誰だ?)


 司は頭の中に、誰かの声が聞こえてくるのを感じた。


【パ…パ…?】


 その声は徐々に大きく聞こえてくる。そして次の瞬間…。


「はっ!!」

「パパ!?いつまでお風呂入ってるの?」


 そこはお風呂で間違いなかったが、湯船にいたはずのちさとは、服を着て湯船の横で司の肩を揺らしていた。


「あれ?ちさ?」

「あれ?じゃないでしょ。私達が予習してる間に、お風呂入って来るって言ってたでしょ?」


 司は思い出した。食事後、ちさと達は仏間で勉強会の続きを行っていて、時間が余った司は先にお風呂へ入っていたのだ。


「すまない。今、出るから…みんなにもお風呂に入るように伝えてくれないか?」

(夢…だったのか…、なんだかリアルな夢だったな)

「うん。早くしてね。」

(ん?変なパパ…。ニヤニヤしてるぅ)


 そう言って、ちさとはお風呂から出て行った。


「ふぅ…良い夢だった。いや…もし本当だったとしても、アイツは夢の通りに言っただろうな。」


 司は脱衣所で体を拭きながらそう呟いていた。


【ふふふ。良い夢。見られて良かったね。みーちゃん】


 司には見えなかったが、そこには優希の姿もあった。司の夢は優希が作り出したものなのか、それとも司が優希を想うが故なのか、それは誰にもわからない。しかし、司の中で一つの答えが見つかっていた。


―――そして翌日。


 三人は朝からテスト勉強に没頭していた。


「凄いわね。ちさちゃん。たった一日でここまで書けるようになるなんて…」

「あ…ありがとうございます。ゆあさんのおかげです。」


 ちさとはゆあの指導の元、着々と実力を伸ばしつつあった。


「ゆあは昔から、人に何かを教えるのが上手だったからな。あたしは、小学校の頃から一緒のクラスだったこともあって、よく勉強を教えてもらってたんだ」

「そそ、それでよくテスト前になると『ゆあ先生』って呼んでくるようになったのよね」


「おかげで、テストの成績も悪くないし、助かってるわ~」

「毎回こうだと、もう慣れっこよ。」


(最初は喧嘩みたいになってたけど、二人とも仲が良いんだなぁ)


ちさとは初めて出来た友人が、とても羨ましかった。


「あ…ちさちゃん。ここ…間違ってる…。まみさんも!と言うかここは前も間違えたところでしょ?ここは家に帰っても復習してくださいね」


「は…はい。ゆあさん…。」

「ここ、マジで苦手なんだけどなぁ…」

【さすが現役学生…。私も全然分からなかった…。】


 これには優希も納得の指導であった。


1泊2日の勉強会が終わると、翌日の日曜日は予習をするちさと。そんな真面目に取り組むちさとを、司はこっそりと応援していた。


「ほい麦茶。」

「パパ…ありがとう。ンぐ…ンぐ…ンぐ…はぁああ」


 出された飲み物を、一気に飲み干すちさと。


「どうだ?調子の方は。」


 コップを片付けながら、司はちさとに問いかける。


「うん。ばっちり…とはまだ言えないけど、優希さんも手伝ってくれているから。」


 ちさとはノートに予習内容を書きながら返事をしている。


「そっか…もし、成績良かったら、何かプレゼントしてあげようか?」

「え!?」


 司の言葉に、何故か凄い速さで反応するちさと。


「そそそそ。そんな、悪いです。」

「いいんだ。何だって言ってくれ。」


 司は自分用の麦茶を飲みながら、ちさとの顔を見ている。


「じゃ…じゃあ…、ちさとの…」

「ん?」


「ちさとの、になってください!」

「がはっ!げほっ!」


「だ…大丈夫ですか!?パパ」

「だ…大丈夫…だ。」


 最近は、不意打ち発言が無かったためか、油断した司は思いっきりむせてしまった。


「ち…違うぞ。ちさと。で…だ。で。」

「だ…だって…。昨日の夜…優希さんがそんな事を…。」


「いや…分からん事はない…。俺も…その、一昨日に妙な夢を見たばかりだし、その…優希の声が聞こえているなら、尚更女子トークが弾んでそうなったんだろうけど」

「うん…。」


「その…今聞く感じだと…ちさ…。昔受けたって言う肉体的暴力の中に、性的暴力は無かったって事か?」

「せいてき…暴力?」


「つまり…その、エッチな事をさせられたりはしなかったのか?って事」

「えっと…おっぱいを…揉まれた事はいっぱいあるけど…。」


「それは…あるのね。」

「うん…。でも、それ以上は…お母さんがいつも割って入って…助けてくれていたから…」


 司はそれを聞いて、少しだけ安心する事ができた。


(そうか…母親でも、娘の貞操だけは守ってたって事か…)

「そうか…。でも…年頃の女の子が言う台詞じゃあないなぁ」

「ダメ…ですか?」


 ちさとの上目遣いに、急にドキッとさせられる司。


「いや…ダメじゃ…ないけど…。何って言うか、世間体せけんていってやつだ。きちんと周りが認める仲じゃないと…な。計画性の無い男って見られるから…な」

【ホント…みーちゃん真面目ねぇ。まぁ私もそんなみーちゃんだから惚れたんだけど。】

「はい…まったくです」


「ん?なんだい?優希がまた茶々入れたのか?」

「何でもないです。女の子同士の話ですから」


 と、ちさとは満面の笑顔で司に答えた。


―――そしてテスト当日。


「では…始めてください」


 沈黙の教室で、答案用紙をペンが走る音だけが聞こえる。


(いける…。ゆあさんの読み通りの問題ある…。)


 ちさとは必死に問題へ喰らいつく。頭の中隅々まで記憶を辿り、知恵を絞り、右脳を働かせる。ちさとの中学生活最初のテストであり、今の自分を計るには十分の問題がそこにあった。


(パパにがっかりしてほしくない…むしろ、『よくやった』と褒めてもらいたい。)


 そこに優希の姿は無かった。それはちさとの希望だった。


―――当日の朝(数時間前)。


【私を連れて行かない!?】

「うん。優希さんに教えてもらうとか…それはズルいと思うんです。」


【まぁ…ねぇ…。でも、初めてなんだし良いんじゃない?私の言葉は聞こえて無いんだし。】

「私は!!」


 ちさとは仏壇に手を合わせて、目を閉じる。


「私は…私の実力が知りたいの。一人でやらなくちゃいけないの」

【いや…そんなに硬くならなくても良いと思うわよ。ちさとちゃん。】


「みんな…みんな私以上に長い時間を勉強に使っているんです。本当につい数日前まで文字も書けなかった人が、いきなり凄い点数を出せるわけがないのは分かってます。けど…。」


「けど…。それでも、私はやり遂げたいんです。」


【分かった…。応援してるわ。どんな結果だろうと、今の気持ちが本当なら、ちさとちゃんは前へ進んでいけるわ】

「ありがとう…優希さん。行ってきます」


―――時計の針はどんどん過ぎていく。


「そこまで!答案用紙を後ろの人から前に渡して回収してください。」


 答案用紙を回収し終えると、担当教師は退室していく。


「どうだった?」


 ゆあが真っ先にちさとへ話しかける。


「うん。ゆあさんの言った通りの問題が出てきた。まだ自信は…無いんだけど、頑張ったと思う。」

「問題に少しだけ手が加えられていたからねぇ。あとはどれだけ理解できているか…だと思うから、しっかり自信もっていこうね!」


 こうして、怒涛の2日間は過ぎていった。


「おっつかれ~」

「おつかれさまです」


 テストを終えた日の放課後、三人は再びちさとの自宅へ来ていた。


「いんやー。今回のテストは自分で言うのもあれだけど、結構自信あるんだ」

「あら、まみさんにしては珍しい発言ね」


「まぁ…数学は…ちさに負けると思うけどさー。なんでもっと早く、あのノート見せてくれなかったんだよ」

「あれは自分用であって、今回は特別にちさちゃんに見せたのよ。まみさんに見せるつもりじゃなかったんだけど?」


 ゆあは両手を腰に当てながらまみに迫る。


「わ…私は、とても助かりました。ゆあさんありがとうございます。」

「いいのいいの。ちさちゃんは勉強自体が初めてなんだし、それにたった1年で高校受験とか大変そうだしね。それとも高校は行かないつもり?まぁ誕生日くれば…その…司先生と…け…結婚…しちゃう…とか…」


「けけけ…結婚!?」


 ゆあの『結婚』と言うハッシュタグに、何故かまゆの方が食いついた。


「ま…まぁ…パパは…どう思っているのか…正直私にも…分からないの。けどね、『女子校生Kにはなれ』って言われているし、高校には入ろうと思っているんです」


 と、ちさとは両手を胸に当てながら言う。


「そかー。じゃあ…この1年は勉強漬けになるわね。」

「うん。」


 すると、まみがスッと立ち上がって、握り拳を胸に当てて宣言する。


「あたしはもう高校は決めてるんだ。私立だけどな」

「そうなの!?」


「ああ、テニスの強豪校、H私立西高校さ。」

「そういえば、まみは中学校のテニス大会で全国に行った事があるものね」


「そうなんですか?って…私、あまりテニス知らないんだけど…」

「今度見せてやるよ。ってか、ちさはどこ行く予定なのさ?」


「私は…。近くの高校がいいなぁって思ってるの。」

「近くだと…、南高校か北高校ね。」


 ゆあは地元と言う事もあって、すぐに高校名が口から出てくる。。


「北高校…南高校…。」


 ちさとの心の中で、一つの進路が繋がった瞬間だった。

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