召喚されるのを待ってられず自力で異世界転移しちゃいました

ふっくん◆CItYBDS.l2

第1話


僕が、自分の部屋に引きこもって早1年。

本来であれば、高校三年生になっている年齢なのだが……まあなっていないわけだ。


部屋に引きこもっている理由は、まあ、いろいろあるのだけれど。

そうだな、例をあげるとすれば、学校の勉強は社会で全く役に立たないからだとか。

年相応な幼稚な子供たちと談笑にふけることに意義を見いだせないからだとか。

そんな中でも、ちょっとだけ見込みがある女の子に声を掛けたら、いきったクソガキに殴られたからだとか。

皆より知性が一つ抜きんでた僕をやっかむサルたちが、僕に暴力的に接するからだとか。


……まあ、特に気に掛けるほどでもない諸々の事情からだ。



勘違いしないで欲しいのだけれど、僕は学校から逃げ出したわけではないし、世界から隔離されているわけではないぜ。正確に述べるのなら、僕は僕自身の意志で、世界を僕から隔離しているんだ。


それに、学校に通わず部屋に籠っているからと言って、世界と僕との接点は完全に途切れたわけではないんだぜ。


世界には、僕と同様に高尚な知識と燦燦と輝く才能に溢れた見込みのあるやつらが、ほんのわずかではあるが一定数存在しているんだ。僕は、そういう選ばれた知識層とのみネットを介して繋がっているっていうわけさ。



さて、そんな僕が、世界の有能達が発する情報を集め、自己研鑽に努めていた、そんなある日のことだ。


僕は、文化的知識人たちが自らに内在するイメジを体外に昇華させている研究会に足を運んでいたんだ。(まあこれは比喩的表現で、実際には、とあるサイトを覗いただけなのだが)


そこで僕は、多くの人々が、共通して憧れる異世界というものを知った。

それは、中世欧州をベースとするものの、人間の膂力を上回る魔物や、科学を超越する魔法といった僕たちの世界では存在しないものが、ごく自然に受け入れられている世界だった。


世にいう『異世界』ってやつさ。


そして、その世界は事あるごとに口を開き。

僕たちの世界から、優秀な人材を強引に連れて行ってしまう。

その行いは、人によっては某国がやっている拉致と何ら変わりなく思えるかもしれない。

しかし、拉致される人物は得てして僕らの世界では正当な評価を受けられていない者たちばかりだ。


もちろん、拉致された本人も新たな世界を受け入れ。

そこで、自身の有能を示していくのだから誰に文句が言えようか。

少なくとも部外者である、君には、その資格はないはずさ。


端的に言おう、僕は異世界に憧れた。


こんな世界とは決別してしまおうと。僕は、僕が持ちうるすべての力は、異世界の救世にこそ使われるべきだと気づいてしまったのだ。


僕は、どの主人公よりも有能で、知性に溢れ、ルックスも自分で言うのもなんだが悪くはない。そんな僕以上に、異世界の主人公たる人物は、それこそ想像の世界にしかいないんじゃないかな。


本当に異世界に行けると信じているのか?

異世界なんて本当にないのに?

もしかして、空想と現実が区別できていないんじゃないか?

僕に対して、そんな疑問を抱いた君たち。おめでとう、君は学校にいたサルたちと同レベルだ。


僕は在学中に、そんな言葉を散々投げかけられてきたが。

僕に言わせれば、そんな低劣で愚鈍な質問に答える必要などない。



まあ、それでも僕がどれだけ優秀であり、世界の理を理解しているか。

その一端を示すこともやぶさかではない。

サルにも理解できるように、異世界が本当にあるという立証をしてさし上げようじゃないか。



そうだな……いま、君が手にしている物は何だ。

そう、それはPCもしくは、それに類する何かだろう?

そういった科学文明を我々が謳歌できているのは、何故か考えたことはあるかい?


答えは簡単さ。

それは、多くの人々が発達した科学文明を夢に抱いたからだ。


こんな魔法の箱が欲しいな、夢想家がそう願う。

夢想家の夢を知った技術者が、この魔法の箱を作れないかなと思考する。

技術者の青写真を、商売人が目をつけ、時に手を貸す。


皆が皆、同じ方向を向いたからこそ現代科学文明は成立しているというわけだ。


不特定多数の人間が、共通の願望を持った時。

それは莫大なエネルギーを生むんだ。


では、多くの文化的知識人がネット上、もしくは書籍の中で、理想の異世界を思い描いている現状をどう見る。

この膨大なエネルギーはどこに発散されるかを考えてみるんだ。


残念なことに、僕らの世界が科学文明を捨てて異世界に生まれ変わるとは、いくら夢想家の僕でも、無理だということはわかっているさ。


では、行き先を失ったエネルギーは何処へ行くと思う?


そう、どこにも行けないんだ。


エネルギ―は行く先を失ったがために何処かに留め置かれることになるだろう。

そのエネルギーは、どんどん蓄積されていく。世の夢想家たちの願いが、どんどんどんどん溜まっていき、そうして膨れ上がったエネルギーは力場を形成し、膨らみ切った風船が、そうなるように、いつか弾け飛ぶ。


俗に言う、ビッグバンってやつさ。


わかるかい?

観測こそ出来ていないが、僕らの宇宙とは違う時空に既に異世界が存在していることは、容易に想像できるだろう。


僕の理論に基づけば、僕らの理想の異世界は、もう出来上がっていると断定するに値するほど確たるものなのだよ。


さて、異世界の存在を立証したところで僕は行動に移ろうと思う。

そう、僕もこの下品で低俗な世界を飛び出し、異世界に向かおうというわけだ。

だが先人たちに倣って、召喚されるのを待つというのは――受け身な姿勢が、どうにも気に食わない。


僕としては、積極的行動によって待ち時間なしに異世界へと迅速な転移を実現したい。

そういうわけで、僕は異世界へ転移する魔法。『派遣魔法』を習得することにした。


なんだって?そんな魔法はないだって?

全く、これだからサルを相手するのは疲れるんだ。


先ほどの僕の理論を忘れたのかい。

人が念じれば、莫大なエネルギーが発生し、それにによって願いは実現される。

有能足る僕の願いは、人一倍のエネルギーを生むだろうことは明らかだ。


なれば、存在しない魔法をゼロから作り出すことだって可能に決まっているじゃないか。

いいから、黙って見ていろよ。


さて、テンポ良く行こうじゃないか。

僕は、まず物質世界を離れアストラル界から魔力を引き出す術を探った。


具体的には禅を組み、般若心経を唱えたわけだ。

別に唱える呪文は、なんでもよかった。

要は、心安らかに精神を一点に集中することができさえすればいいのだ。


般若心経を選んだのは、死んだおばあちゃんがよく唱えていたのを門前の小僧よろしく暗記してしまっていたからだ。


そうして3日ほどの間、僕は禅を組み、般若心境を唱え続けた。


するとどういうわけか、母親が僕の部屋にかけられた鍵を無理やりこじ開け。

僕を、無理やり病院へ連れて行った。


僕は類まれなる集中力で、事に及んでおり。

食事も碌にとっていなかったため、母に抵抗する術はなかった。


そうして、一晩の入院の後。

精神安定剤の服用を条件に、僕は帰宅を許された。


帰宅してからも、僕は禅を組み続けた。

ただ、一日三食の食事と食後の服用薬だけは確りとることにした。


そうでないと、母は再び部屋の鍵を壊して病院へと僕を引きずっていくことであろう。

まさか、異世界転移の最も強大な壁が母親だとは誰が想像できたであろうか。


ただ、精神安定剤の服用は予想外の効用を僕にもたらしてくれた。


どういう理屈かはわからないが、薬を飲むと気分が落ち着き、思考がスムーズになるのだ。

それに、胸がポカポカと温かくなり不安も解消される。


これは、薬の作用によってアストラル界との接続が容易になっているのだと、僕は理解した。

しかも検証によって、薬の数を増やせば増やすほど効果があがることが判明した。


精神統一の修行をこなしていた、そんなある日のことだ。僕は不意に部屋の中からあるものが無くなっていることに気づいた。

それは、机の上の瓶の中、処方されたはずの精神安定剤がすべて消えてなくなっていたのだ。

あんなにあったはずなのに。1回2錠、1日3回の服用で、あれだけの量がたったの1週間で無くなるはずがなかった。


そうこれは、僕が『派遣魔法』によって薬を異世界に送り出したと考えるほうが自然だろう。

そもそも僕は、まず魔力を引き出す術を身に着けるべく禅を組んでいたはずだったが。

僕の有能性が、一足跳びに『派遣魔法』を発動させるに至っていたというわけだ。


ただ、そこで一つの疑問が生じる。魔法を発動させるには当然のことながら魔力が必要となる。

僕は、無意識のうちに魔力を消費したということだろうか。


いや、そんなはずはない。

有能な僕が、たとえ些細であろうと何かを見逃すなどありうるはずがない。

僕は、確かに魔力を感じ、主体性をもって消費しているはずなのだ。


ならば、答えは一つ。

精神が高まった時、僕は自身の胸がポカポカと温かく感じた。

そこから鑑みるに、魔力とは熱エネルギーそのものであるということだ。


魔力と魔法を同時に手にした僕は、修行を次の段階へと移行する。

すなわち、小粒の薬よりはるかに大きく、かつ複雑な構造をもった人体を異世界に送り出すために。

僕が発動させた派遣魔法を、より深く理解する必要があったのだ。


僕は、手始めに家の庭で捕まえたバッタを異世界に送ることにした。

久しぶりに浴びる日光に、少し眩暈がしたが、僕は自宅の庭で何とかバッタを捕まえた。

だがいくら念じても、バッタを異世界に送り出すことは出来なかった。


これは非常に困難な作業に思えたが、魔力が熱エネルギーであることを理解した僕にとっては、少し頭を捻るだけで、その論理的解決手法を見つけることができた。


つまり、送り出せないのは単純に出力不足であるわけだから。

人工的に起こした炎によって、不足した魔力を補ってやればよいのだ。

この手法によって、僕はバッタの身体を完全に世界から消し去ることに成功した。



僕は、少しずつ魔法をかける対象を大きくしていった。


虫の次は、鳥を。


鳥の次は、猫を。


猫の次は、犬を。


そして最後には、人を。



正直、鳥を異世界に送るときは往生した。

虫の時は、毛ほども感じなかった罪悪感が邪魔をしたのだ。

例え必要とは言え、燃え盛る火の中に生き物を投げ入れるのだから、それは致し方ないことだろう。

だが、別に殺すわけではないと自分に言い聞かし僕は実験を続行した。


ここで一つ、告解をしなくてはならない。

捕まえた小鳥による修行の際、僕は幾羽かの小鳥の命を奪ってしまった。

焚火程度の火力では、十分な魔力が得られなかったためか、彼らが異世界に転移することは無く。

この世界に留まり続けたが故に、火に焼かれてしまったのだ。


その死骸を僕は、涙を流しながら土に埋めた。

そして般若心経を唱えて、彼らに安らかな眠りが訪れるよう祈った。


だが、僕はその失敗に足を止めることはなかった。

より大きな魔力を得るために、僕は学校に設置されていた焼却炉を利用することにした。

かつて、校内から出るを燃やす為に使われていた焼却炉なら、焚火よりも膨大な熱エネルギーを生み出すことができるだろう。



人目を避け、僕は夜の学校に忍び込み実験を行った。

久しぶり見た学校は、僕を少し懐かしい気持ちにさせた。


異世界転移が成功したら、この学校を見ることも無くなる。

その事実が、僕をノスタルジックにさせているのかもしれない。



鳥、猫、犬を使った実験は全て順調に進んだ。

問題は、人体実験に使用する人間の準備だったが。


それも、僕の実験をのぞき見していたサルの一人を捕らえることができたため、解消された。

サルは、涙を流し喚き散らして抵抗した。だが、その叫び声は誰にも届かない。

だって、そのサルは猿ぐつわをしていたのだから。くくく、どうやら僕にはジョークの才能まであったらしい。


そのサルの顔は、かつて勉学に励んでいた僕の肩を執拗に叩いてきたサルにとても良く似ていた。

だがまあ、人間である僕にとってサルの個体差など見分けられるわけがないのだから、ただの気のせいだったのだろう。


だが、初めての人体実験は失敗に終わった。

炉の中には明らかに、形をとどめたサルの遺体が残ってしまっていたのだ。

どういうわけだか、小鳥の時とは違って罪悪感は湧かなかった。むしろ、喜びで肩が震えたほどだ。


さて、僕は追い詰められることとなった。

別に、何かの罪に問われることを心配したわけでは無い。たかが野生の猿を焼いただけだ、せいぜいが動物愛護条例に引っかかるぐらいだろう。


じゃあ、何に追いつめられることになったのか。

それは、実験の継続が困難になってしまったからだ。

だってそうだろう、今回のサルは偶然手に入れたもので、僕に新しいサルを用意する術はないのだから。それに、あのサルが焼かれながら炉の中で暴れたせいで扉が歪んでしまった。これでは、十分な火力が得られないだろう。


これ以上の実験は、不可能だろう。

ならば、そろそろ覚悟を決める頃だ。


石橋は十分に叩いた、これ以上叩いたら壊れてしまう可能性だってある。

問題は確かにある、魔力不足による転移の失敗。

だが力を尽くし、僕に用意できる限り最大の火力を用いることによって。

僕は、自身の異世界転移を実現してみせようではないか。


僕は、夜を待ち人々が眠りにつくのを見計らって、ガソリンスタンドに向かった。

少し店員と揉めたが、近くにあったバールで殴ったら大人しくなったうえに、格安で大量のガソリンを譲ってくれた。


そうして手に入れた魔力の源を、僕は、僕の部屋を起点に町中にまいて歩いた。

何時間もかかったが、労力に見合う成果は得られるであろうと僕は確信していた。


そして、日が昇り始める頃に。


僕は、僕の部屋に火を放つ。

ほんの一瞬で、僕の部屋は真っ赤に染まる。


窓の外に視界を向ける。

日の光とは異なる揺らめいた赤色が、町内をものすごい速さで走っていく。

火が町に広がっていくその様は、まるでドミノ倒しみたいでとても綺麗だ。


僕は、部屋の中心で禅を組み、般若心経を唱える。

部屋に溢れる熱で、喉が焼けるが気にしている暇などない。

失敗すれば、死ぬだけだ。


なに案ずることは無い、僕が失敗なんてするわけないじゃないか。

しばらくすると、あちらこちらから熱に焼かれた人々の悲鳴が聞こえてきた。

おいおい、せっかく皆にもチャンスを与えたんだ、悲鳴を上げている場合じゃないぞ。


魔力を高めろ、異世界を望め。

精神を統一して、エネルギーを体内に貯めるんだ。


さあ、皆で行こうじゃないか。


夢の異世界へ。




目が覚めると、そこは僕の知る世界とは何もかもが異なっていた。

空は、血の色みたいに紅く。

雲は、新月の夜のように黒い。


成功だ、僕は遂に異世界に転移することに成功したのだ。


周りを見渡すが、人の気配は一切ない。

どうやら、あの街で異世界転移を成功させたのは僕一人のようだった。


なるほど。

僕が、向こうの世界で正当に評価されないわけだ。

きっとあの町は、世界有数の低能達が集まる掃きだめだったのだろう

掃き溜めに鶴とは、まさにこのことだ。



突然、地面が揺れた。


そしてそれは、僕の目の前に唐突に現れた。

僕の身長を遥かに超える巨体、人間の形をしているが肌の色は浅黒く。

頭には人間にあるはずもない角が生えている。


間違いない、魔物だ。


飛翔魔法を使って飛んできたのであろう。


なぜ?


そんなのは決まっている、異世界転移者である僕を迎えに。

もしくは、魔物の脅威となる世界の救世主たる僕を排除にやってきたのだ。


臨むところだと身構える僕に、魔物は大きな口を開く。

さあ、どんな言葉が飛び出ることやら。


『お迎えに上がりました勇者様』ならまだしも、『死ね、人間』なんて言うものなら。

一瞬で塵芥にしてやろうじゃないか。


異世界転移者は得てして、最強の力を得る。

当然、僕にも新しい力が備わっていることだろう。

ならば早速、僕の新たな力の試し打ちと行こうじゃないか。



さあ言え!言うんだ!

それが、貴様の最期の言葉となるかどうかは内容次第だぞ。

さあ!早く!早く!早く!


言うんだ! さあ!



魔物は、にこやかにほほ笑みながら呟いた。



「ようこそ、地獄へ」





おわり

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