1 日陰をひなたに ③商店街の敵対感情
「へぇ~
自転車から降りた葵亜は口を滑らせた事に気付き、
「でも、確かに地味な所ですよねぇ。
ひなた通り商店街は、想像していたよりも“ザ・商店街”と云った風情で其処に在った。幅5メートル程の
「……あの、言い難いんだけど、今遣ってる店って……」
逗雅はなるべく失礼の無い様に注意しつつ訊いた。曜子が苦笑気味に答える。
「あぁ……遣ってるお店の方が少ないですねぇ、今は……」
入口からアーケードの中を
先程
「あ、此処ですぅ」
不意に曜子が声を上げ、歩みを止めた。葵亜と逗雅は曜子がする様に、右側の店舗を眺める。群青色にも深緑にも見える色をした
「……味が有るね」
「
取り立てて特徴が見当たらない時に、
「有り難う御座いますぅ~! 嬉しいですぅ、他のお店の人達にもお客さんにも『地味だ』『地味だ』って褒められる事、滅多に無いので……」
屈託無く笑む曜子の姿に、葵亜と逗雅は胸に待ち針が刺さる様な良心の
「では、遠慮無く一服していって下さい! 今の時間帯なら……」
一旦発言を区切り、曜子はスモークフィルムが張られた様な窓ガラスに顔を近付けて店内を確認した。
「……うん、大丈夫。お客さん居ませんからぁ」
極めてあっけらかんと言う曜子に、逗雅は思わず店の経営状況を案じてしまった。
「……えと、じゃあズア……曜子もそう言って呉れてるし……」
流石の葵亜も引き
「……じゃあ、
店内は、典型的な街の個人経営の喫茶店と云った風情で、要するに取り立てて特徴が無い。或る意味では外見を裏切らない、至って
「やぁ、いらっしゃい。曜子が学校の友達を呼ぶなんて珍しいな?」
曜子の父親と思われる
「うわっ、思ったより柔らかいね!!」
座面の沈み込みが気に入ったのか、葵亜は両腕をソファの座面に突き、身体を上下させて
「おい
「……御免。済みません、何か面白くて……」
「ははは! いやいや、良いんだよ。幾らおんぼろだからってお嬢ちゃんが飛び跳ねた位じゃ壊れないさ」
マスターは薄茶色の
「どうぞ、ゆっくりしてってな。……あぁ、何でも好きな飲み物1杯選んでよ。お代は要らねぇからさ」
「「いやっ、それは……」」
葵亜と逗雅は反射的に固辞の言葉を口にし、
「2人共、仲良いねぇ。良いんだよぉ、店主がああ言ってるんだからぁ」
曜子は慣れた手付きで逗雅と葵亜の前におしぼりを置きつつ言う。
「ほらぁ、普通の家でも来客には何かしら飲み物出すでしょぉ? あんなノリだからぁ」
「そうそう、そんなノリよ! 其の
「炭酸好きなの? 何か一寸意外かも」
葵亜が何の気無しに訊く。
「あぁ、別に此れと云って好きな訳じゃ……。コーヒーとか紅茶って手間が掛かるんですぅ、ドリップしたりとかぁ……。
曜子が気持ち声量を絞って答えた。裏事情を
逗雅は合点がいった。成る程確かに、言われてみれば其の通りだ。店側の人間である曜子が、自身で飲むものに対して
曜子に勧められ、葵亜と逗雅がストローに口を付けた頃、年配の男性が入店し、マスターは応対しつつ其方と雑談を始めた。逗雅はソファに遠慮がちに腰掛けていたが、ゆっくりと背
「ふぅ……」
初めは沈み込み過ぎる、と感じられたソファだが、年季の入った革の感じと
「……ところで曜子、例の悩みなんだけど、
不意に小声で葵亜が話を切り出す。逗雅はすっかり本題を失念していた事を自覚した。と同時に、さり気無く自分も当事者にさせられた事にも気付いた。……まぁ、
「あぁ……うーん……そうだなぁ……」
むむむ、と眉間に薄く皺を寄せて思案した曜子だったが、数秒して
「……大丈夫ですぅ。今朝みたいに皆で相談会したり、今みたく一緒にお喋りして呉れたりするだけで、気が紛れますからぁ」
心からそう思っている感じで言った。葵亜は納得行かなそうな顔付きだ。
「……だから言っただろ?
逗雅はBGMに埋もれるか否かの瀬戸際の声量を模索しつつ葵亜に言い聞かせた。葵亜は
「…………まぁでも確かに、四葉見附が『登下校し
葵亜が黙り込んでしまったので、間を埋める為に逗雅は何の気無しに呟いた。
「そう! 其れ!! ……何か、チクチク刺さる様な……敵意? を感じたんだけど……」
葵亜はバッと唇からストローを離し、逗雅の発言に喰い付いた。唐突に前のめりに為った葵亜に曜子はビクッとしていたが、葵亜の予兆が
「だから其れだろ? 敵意が含まれてる様な視線だよ。俺も感じた。……多分
“西総高”とは、県立西南総合高等学校の略称であり、通称である。
「どうなの? 其れって。わたし達がお店に入る事だってあるかも知れないのに。客にあんな目向けてちゃ駄目でしょ」
葵亜は他のお客が居る手前、声は控えめだが込める感情は
「あ……た、多分……商店街の皆さんは私に対して……そのぉ、視線を向けていたんだろうと、思いますぅ……。皆さん、商売に対しては真面目な方なのでぇ……」
「いや其れは其れで
他の商店関係者を
「……あ、御免。つい思わず……」
葵亜に対しては
「いえぇ、お気になさらずぅ。…………と云うか、私にも秋名さんにする様な口調でお話しして下さって構いませんよ? 何と云うか……吾嬬さん、
正直言って、曜子が此れ程の観察眼と云うか推察力を有しているとは思ってもみなかったのだ。
「あははは、そうなの! いやぁ、良く言って呉れた曜子! ズアったら思春期
うるせぇよ! と躍起に為るのは得策じゃない、と直感的に判断し、逗雅は
「おい、言い方。礼節欠いてんぞ」
と返すに留めておく事にした。
「ね? 否定はしないでしょ。図星なんだよ」
葵亜の
「あ……あのぉ、でも『親しき中にも礼儀あり』って言うしぃ……」
此の世で最も苦い虫の味が舌上に広がった様な逗雅の表情を見て、曜子は急遽、逗雅の
「んにゃぁ、
「あぁあ、駄目だよぉ
「平気へーき、だってさっきからわたしは事実しか言ってないもん! あははは!」
此の辺りで逗雅は2人の会話を脳内で言語として理解する作業を止めた。斯う為ったらもう、
逗雅はカウンター席に座る老人とひそひそ話をするマスターの方へ眼を向ける。若干距離が離れているのと、効果的な音量で流れているBGMの所為で話の内容迄は聞き取れなかったが、雰囲気から察するに暗い話題なのは疑い様も無かった。逗雅の
其の後も話は脱線し続け、結果として
「あ、お父さん!」
「おう、お帰り」
思った以上に明るい声が出た。高校生時分にも
「珍しいね、休み?」
葵亜の声の
「あぁ。ま、
「あ……ありがとお父さん、唐突に生々しい労働の話をして下さって……」
葵亜は口の端を引き攣らせ乍ら言った。そして灯りの点いていない
「今日はお母さん夜勤だったよね」
と治正に話を振る。葵亜の母・
「あぁ、そうだな」
「んじゃあ夕飯何か適当に作っちゃうね」
「あぁ、頼むわ。別に簡単な
「うん。じゃ、取り敢えず着替えて来るね」
「おう、悪いな」
葵亜は2階の自室で制服から部屋着に着替えると、早速台所へ舞い戻り、冷蔵庫を確認する。幾つかの野菜と豚肉のスライスを選び取り、野菜を水洗いして、手際良く切っていく。米飯が炊いてあるのは炊飯器を
「
遠巻きに様子を
「まぁ、此の位は良く作ってるし」
「そうか……そうだよなぁ」
治正の口調に憂いを気取った葵亜は、白米を
「別にわたしは大丈夫だよ、自炊の勉強に為るから、料理するのは手間とも思ってないもん。……お父さんとお母さんの
まぁ汁物は
「あ、そうだ。お父さんさ、『ひなた通り商店街』って知ってる?」
葵亜は何の気無しに治正に尋ねる。皿洗いを終え、一段落付いた頃だ。
「ん、あぁ……西南市のな。
葵亜の瞳がギラリと輝き、体勢
「ねぇ、其れ、詳しく教えて?」
治正は急に知識欲
「……其れは、何を知りたいんだ? 商店街の概要なのか、フォモール・ペタ建設に当たっての
「全部教えて!! 『ひなた通り商店街』に就いてお父さんが知り得る情報全部!!」
父親の掌に噛み付かんばかりの勢いだが至って真剣な眼差しの葵亜に、治正は
「……じゃあ先ずは、西南市と東西南市の関係性から話を始めようか……」
治正の話は、葵亜が東西南市民として暮らす内に見聞きした情報の断片と、曜子から聞いた“ひなた通り商店街のフォモール・ペタ建設反対運動及び其の後の商店街の雰囲気”を補強する様な内容で、
だが其の中で初耳だったのが、フォモール・ペタ開業後、商店街が対抗策として敢行した総アーケード化が今一つ功を奏していない事から、其の名に冠する“
「……何で、其処迄言われなきゃいけないの……」
自室へと向かう階段を上りつつ、葵亜は眉間に皺を寄せ乍ら呟いた。
明くる朝、葵亜と逗雅は完全に同時に玄関から出て来た。分譲住宅の隣同士で、まるで間違い探しの映像
「おはよ」
「うぃっす」
「今日は寝坊しなかったじゃん」
「あぁ、母さんが寝過ごさなかったからな」
「駄目じゃん。『それじゃダメじゃん春風亭昇太です』じゃん」
「其れ、結構言うけど……どうかと思うぞ?」
「うっさい! ……起こして貰ってるんじゃ寝過ごしてるのと変わんないじゃんか、って事!」
「いや、そりゃ解ってるけど……まぁ、そうだな。以後気を付けるわ」
「此れっぽっちも
「唐突な政治批判!」
「粗品風ツッコミどうもセンキュー。丁度欲してたの、其れ」
車通りの少ない道なので、車両が来ない時は並走し、来てしまったら逗雅が後ろに下がって進んでゆく。
「……何か有ったか?」
「ん? ……バレた?」
「何となく、な」
「いやぁ、『ひなた通り商店街』に就いてお父さんに聞いたからさ」
「あぁ……。で?」
「うーん……。ま、方法は分かんないけど、取り敢えず曜子を救済する道筋は思い付いた、かな?」
「そうか……」
そんな上手い方法が果たして有るのだろうか、と逗雅は懐疑的だったが、其処からは
1年実業科3組の教室に姿を見せた葵亜と逗雅の許に、曜子が駆け寄って来る。
「昨日は有り難う御座いましたぁ。昨日お2人が帰られてから気付いたんですけどぉ、お2人共東西南市でしたよね? 遠い所迄来させちゃったなぁ、と思って申し訳無くてぇ……」
「全然平気だから、気にしないで。そんな事より曜子、ウチのお父さんから聞いたわ。ひなた通り商店街の事、色々とね」
「あぁ、
「え、あ、そうなんですかぁ……」
意気込んで喋り出す葵亜に対してよりも、此方が疑問に思う
「私が思うに、ね?」
葵亜は持論を述べるに当たり一応の前置きをしてから、
「
逗雅は
「『日陰通り商店街』なんて悪口、吹っ飛ばすのよ! 『リキャプチャー・ザ・サン』よ!!
NEXT……1
キアズマハイビーム! @theBlueField
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