1 日陰をひなたに ③商店街の敵対感情

「へぇ~こんな・・・所に……あっ」

 自転車から降りた葵亜は口を滑らせた事に気付き、とっに口を覆った。

「でも、確かに地味な所ですよねぇ。今は・・もう……人通りも車通りも少ないですしぃ……」

 ひなた通り商店街は、想像していたよりも“ザ・商店街”と云った風情で其処に在った。幅5メートル程の縦貫道路メインストリートの両脇はやや年季の入った建物で固められている。そして、肝心の店舗だが――。

「……あの、言い難いんだけど、今遣ってる店って……」

 逗雅はなるべく失礼の無い様に注意しつつ訊いた。曜子が苦笑気味に答える。

「あぁ……遣ってるお店の方が少ないですねぇ、今は……」

 入口からアーケードの中をのぞいただけで分かる。シャッターが下りている箇所の方が多い。入口に掲げられた「ひなた通り商店街」の看板も、なずみかけている西日の所為せいだけではなく、何処かもの哀しそうに見える。

 先程までと変わらず、自転車を押して葵亜と曜子が並んで歩き、其の後ろを逗雅がいていく形で、全蓋ぜんがい式ポリカーボネイト屋根を備え、総アーケード化されたひなた通り商店街の内部をく。曜子と話している葵亜と異なり、手持ち無沙汰ぶさた故に初めて訪れる地を見回して歩く逗雅の方が、かすかな其の雰囲気・・・・・如実クリアに感じ取ったのは言う迄も無かった。

「あ、此処ですぅ」

 不意に曜子が声を上げ、歩みを止めた。葵亜と逗雅は曜子がする様に、右側の店舗を眺める。群青色にも深緑にも見える色をした布製ターポリンの看板には素っ気無い書体フォントで「CAFE BLATT」とある。

「……味が有るね」

おもむき深いな……」

 取り立てて特徴が見当たらない時に、う云った単語は融通が利く。日本語の奥床おくゆかしさに感謝しつつ葵亜と逗雅は感想を発した。

「有り難う御座いますぅ~! 嬉しいですぅ、他のお店の人達にもお客さんにも『地味だ』『地味だ』って褒められる事、滅多に無いので……」

 屈託無く笑む曜子の姿に、葵亜と逗雅は胸に待ち針が刺さる様な良心のしゃくを覚え、揃って視線を逸らした。其の訳は、言わずもがなである。

「では、遠慮無く一服していって下さい! 今の時間帯なら……」

 一旦発言を区切り、曜子はスモークフィルムが張られた様な窓ガラスに顔を近付けて店内を確認した。

「……うん、大丈夫。お客さん居ませんからぁ」

 極めてあっけらかんと言う曜子に、逗雅は思わず店の経営状況を案じてしまった。

「……えと、じゃあズア……曜子もそう言って呉れてるし……」

 流石の葵亜も引きった笑いを浮かべている。恐らく逗雅と同様の懸念をしているのだろう。だが、此処へ来て此のまま帰る訳には行くまい。

「……じゃあ、一寸ちょっとお邪魔してこうか……」


 店内は、典型的な街の個人経営の喫茶店と云った風情で、要するに取り立てて特徴が無い。或る意味では外見を裏切らない、至って凡庸ぼんような内観だ。

「やぁ、いらっしゃい。曜子が学校の友達を呼ぶなんて珍しいな?」

 曜子の父親と思われる店主マスターが出迎え、3つ有るボックス席の1つに案内する。少々年季の入った深紅ワインレッドの革張りソファに腰を下ろすと、想定よりも座面が沈み込み、逗雅は軽く驚いた。

「うわっ、思ったより柔らかいね!!」

 座面の沈み込みが気に入ったのか、葵亜は両腕をソファの座面に突き、身体を上下させて反発バウンド具合を楽しんでいる。KUREクレ CRC 5-56や小型のモンキーレンチ等が入った合成皮革の腰袋も、上手い事尻の下敷きにならず、葵亜の身体と一緒に上下する。

「おいめろよ。幼児ガキじゃないんだから」

「……御免。済みません、何か面白くて……」

「ははは! いやいや、良いんだよ。幾らおんぼろだからってお嬢ちゃんが飛び跳ねた位じゃ壊れないさ」

  マスターは薄茶色の硝子ガラス製コップを2つ持って来て、ほほながらテーブルに置いた。

「どうぞ、ゆっくりしてってな。……あぁ、何でも好きな飲み物1杯選んでよ。お代は要らねぇからさ」

「「いやっ、それは……」」

 葵亜と逗雅は反射的に固辞の言葉を口にし、ハモってしまった事に軽く赤面した。

「2人共、仲良いねぇ。良いんだよぉ、店主がああ言ってるんだからぁ」

 曜子は慣れた手付きで逗雅と葵亜の前におしぼりを置きつつ言う。

「ほらぁ、普通の家でも来客には何かしら飲み物出すでしょぉ? あんなノリだからぁ」

「そうそう、そんなノリよ! 其の年齢トシで遠慮なんか覚えるモンじゃないぜ?」

 提供サーブする側に其処迄言われると、固辞する気も薄れてくる。結局、根負けする形で、逗雅の前にはグレープフルーツジュースが、葵亜の前にはメロンミルクが注がれたグラスが遣って来た。葵亜の隣に座った曜子はサイダーと思しき炭酸系の飲料の注がれたグラスを手にしている。

「炭酸好きなの? 何か一寸意外かも」

 葵亜が何の気無しに訊く。

「あぁ、別に此れと云って好きな訳じゃ……。コーヒーとか紅茶って手間が掛かるんですぅ、ドリップしたりとかぁ……。炭酸飲料こういうのは『有り物』なので、グラスに注ぐだけで済むんですぅ」

 曜子が気持ち声量を絞って答えた。裏事情を漏洩リークしている様な気持ちに為ったのだろう。

 逗雅は合点がいった。成る程確かに、言われてみれば其の通りだ。店側の人間である曜子が、自身で飲むものに対して殊更ことさら手間を掛ける筈も無い。

 曜子に勧められ、葵亜と逗雅がストローに口を付けた頃、年配の男性が入店し、マスターは応対しつつ其方と雑談を始めた。逗雅はソファに遠慮がちに腰掛けていたが、ゆっくりと背もたれに身体を預けてみた。

「ふぅ……」

 初めは沈み込み過ぎる、と感じられたソファだが、年季の入った革の感じとあいって、時が経つ毎に座り心地が良くなっていく。「馴染む」と云う表現がしっくりくる感じだ。明る過ぎない照明、薄く流れる落ち着いたバックグラウンドミュージック、経年が味をかもす内装……全てが心地良い。世辞など抜きに、訪れた喫茶店の数は云う程無いものの、間違い無く此処が此れ迄の人生に於いて最も居心地の良い店である事は疑い様も無かった。

「……ところで曜子、例の悩みなんだけど、わたし達・・・・に出来る事って、有ったりする……?」

 不意に小声で葵亜が話を切り出す。逗雅はすっかり本題を失念していた事を自覚した。と同時に、さり気無く自分も当事者にさせられた事にも気付いた。……まぁ、何時いつもの事だ。長年行動を共にするお目付け役・・・・・に取って、葵亜が物事に逗雅を巻き込む事は、特段珍しい事ではない。

「あぁ……うーん……そうだなぁ……」

 むむむ、と眉間に薄く皺を寄せて思案した曜子だったが、数秒して平常時いつもの眉尻が下がった所謂いわゆる“困り眉”をした笑みを浮かべ、

「……大丈夫ですぅ。今朝みたいに皆で相談会したり、今みたく一緒にお喋りして呉れたりするだけで、気が紛れますからぁ」

 心からそう思っている感じで言った。葵亜は納得行かなそうな顔付きだ。

「……だから言っただろ? 他人ひとの人間関係に首突っ込んだって、俺達が手ぇ出せる事なんて殆ど無いんだって」

 逗雅はBGMに埋もれるか否かの瀬戸際の声量を模索しつつ葵亜に言い聞かせた。葵亜はなおも釈然としない表情でストローをくわえ、白みがかった黄緑色の液体を口腔こうくう内に送り込む。

「…………まぁでも確かに、四葉見附が『登下校しづらい』って言うのは分かるよな……」

 葵亜が黙り込んでしまったので、間を埋める為に逗雅は何の気無しに呟いた。

「そう! 其れ!! ……何か、チクチク刺さる様な……敵意? を感じたんだけど……」

 葵亜はバッと唇からストローを離し、逗雅の発言に喰い付いた。唐突に前のめりに為った葵亜に曜子はビクッとしていたが、葵亜の予兆が気取けどれない言動アクションはいつもの事なので、逗雅は全く動じなかった。

「だから其れだろ? 敵意が含まれてる様な視線だよ。俺も感じた。……多分西総高せいそうこうの制服を着てるだけで即『敵認定』なんだと思う」

 “西総高”とは、県立西南総合高等学校の略称であり、通称である。

「どうなの? 其れって。わたし達がお店に入る事だってあるかも知れないのに。客にあんな目向けてちゃ駄目でしょ」

 葵亜は他のお客が居る手前、声は控えめだが込める感情はじんも減衰しない、と云う器用なしゃべり方をしている。

「あ……た、多分……商店街の皆さんは私に対して……そのぉ、視線を向けていたんだろうと、思いますぅ……。皆さん、商売に対しては真面目な方なのでぇ……」

「いや其れは其れでタチ悪いだろ」

 他の商店関係者を擁護フォローすべく発せられたと思われる曜子の言葉に、逗雅は脊髄反射的につぶやいた。

「……あ、御免。つい思わず……」

 葵亜に対してはたんの無い口振りだが、他の女子達には当たり障りの無い口の利き方で通していた逗雅は、独り勝手に気不味きまずさを覚え、グラスに手を伸ばし、ストローを銜えた。グレープフルーツジュースは生搾なましぼりではない様で、果実感や繊維感は無かったが、其れは却って逗雅の好みであった。

「いえぇ、お気になさらずぅ。…………と云うか、私にも秋名さんにする様な口調でお話しして下さって構いませんよ? 何と云うか……吾嬬さん、秋名さん以外の女子わたしたちに対する接し方に苦慮されている様に見えるので……」

 しんを捉えられ、グレープフルーツジュースの吸引が止まった。逗雅は暫し固まる。

 正直言って、曜子が此れ程の観察眼と云うか推察力を有しているとは思ってもみなかったのだ。

「あははは、そうなの! いやぁ、良く言って呉れた曜子! ズアったら思春期こじらせちゃって、わたし以外の女の子と自然に会話出来ないみたいなんだよねぇ」

 うるせぇよ! と躍起に為るのは得策じゃない、と直感的に判断し、逗雅は

「おい、言い方。礼節欠いてんぞ」

 と返すに留めておく事にした。

「ね? 否定はしないでしょ。図星なんだよ」

 葵亜の返答リターンで逗雅は、自分の発言を猛省した。強引にでも打ち消す言葉を選ぶべきだったか。どのみち「うるせぇよ」でも否定は出来ていないのだが。

「あ……あのぉ、でも『親しき中にも礼儀あり』って言うしぃ……」

 此の世で最も苦い虫の味が舌上に広がった様な逗雅の表情を見て、曜子は急遽、逗雅のえんに回った。

「んにゃぁ、ズアこいつに対して呉れて遣る様な礼儀は持ち合わせて無いなぁ、わたしは!」

「あぁあ、駄目だよぉ挑発的そんな事言ったらぁ……!」

「平気へーき、だってさっきからわたしは事実しか言ってないもん! あははは!」

 此の辺りで逗雅は2人の会話を脳内で言語として理解する作業を止めた。斯う為ったらもう、葵亜コイツしばらく手が付けられない。

 逗雅はカウンター席に座る老人とひそひそ話をするマスターの方へ眼を向ける。若干距離が離れているのと、効果的な音量で流れているBGMの所為で話の内容迄は聞き取れなかったが、雰囲気から察するに暗い話題なのは疑い様も無かった。逗雅ののうには、深刻そうに話し合う彼等の姿がやけ・・に残るのだった。


 其の後も話は脱線し続け、結果としてただの雑談駄弁ダベり会と化した曜子のお悩み相談会は、葵亜のお目付け役を仰せ付かっている逗雅の介入に因り、小一時間程経過した辺りで打ち止めと相成った。葵亜と逗雅が店を後にしてからも、マスターは焦げ茶色ダークブラウンのジャケットをまとった上品そうなろうと話し込んでいた。



 うに陽は暮れ、西の方の空が辛うじて青色をたたえている。葵亜が帰宅すると、居間リビングのクリーム色のソファには父が座っていた。

「あ、お父さん!」

「おう、お帰り」

 思った以上に明るい声が出た。高校生時分にもって、未だに父親が其処に居るだけでじわじわと嬉しさが込み上げて来る自らを戒めつつ、葵亜は尋ねた。

「珍しいね、休み?」

 葵亜の声の調子トーンが上がってしまったのも無理は無い。葵亜の父・治正はるまさは地元新聞社で有能な記者として活躍しており、土日となく夜遅く迄在社している為、家に居ない事が多いのだ。物心付いた頃からそんな環境だったので、正直言って葵亜の成長に比して父親との触れ合いは圧倒的に不足している。

 すなわち、治正が夕食時に在宅である事はまれであり、父と過ごす時間が足らない葵亜が思わず嬉しくなってしまうのは、至極当然な心の動きと云えよう。

「あぁ。ま、たまにはな。近頃は働き方改革とやらで帰らせられるんだよ。まぁ会社としては残業代を出さなくて済む、と云う財務的な利点メリットも有るんだろうが」

「あ……ありがとお父さん、唐突に生々しい労働の話をして下さって……」

 葵亜は口の端を引き攣らせ乍ら言った。そして灯りの点いていない台所キッチンに眼を向けつつ腰袋を外し、

「今日はお母さん夜勤だったよね」

 と治正に話を振る。葵亜の母・多佳子たかこは優秀な看護師として市内の総合病院に勤務しており、屡々しばしば夜勤シフトに入る為、家を空ける事が有る。

「あぁ、そうだな」

「んじゃあ夕飯何か適当に作っちゃうね」

「あぁ、頼むわ。別に簡単な料理モンで良いからな」

「うん。じゃ、取り敢えず着替えて来るね」

「おう、悪いな」

 葵亜は2階の自室で制服から部屋着に着替えると、早速台所へ舞い戻り、冷蔵庫を確認する。幾つかの野菜と豚肉のスライスを選び取り、野菜を水洗いして、手際良く切っていく。米飯が炊いてあるのは炊飯器を一瞥いちべつして分かっていたので、手軽に野菜炒めでも作ろうと考えたのだ。食材を適当に切り終え、フライパンを取り出し、ガスコンで中火に掛けつつサラダ油を目分量注ぎ、フライパン内に万遍まんべん無く延ばす。ず萌やしを炒め、一旦皿に上げると、次にピーマンやキャベツに火を入れる。此れも別の皿に上げておき、更に人参を炒めると、ピーマン等を上げた皿に置いておく。最後に豚肉を投入して塩を振り、火が通った所で皿に上げておいた野菜達を再投入する。混ぜ合わせる様にさっと炒めつつ胡椒コショウを振り入れ、最後に少しだけ醤油を回し入れ、火が通り過ぎない内に皿に盛り付ける。此の皿は先程炒めた野菜を一時退避させていたもので、矢鱈とバット等を使い悪戯いたずらに洗い物を増やすのを防いでいる。

随分ずいぶん手際良くなったなぁ」

 遠巻きに様子をうかがっていた治正が正直な感想を述べると、葵亜はくすぐったそうに照れ笑いを浮かべた。

「まぁ、此の位は良く作ってるし」

「そうか……そうだよなぁ」

 治正の口調に憂いを気取った葵亜は、白米をよそい乍らからりと笑う。

「別にわたしは大丈夫だよ、自炊の勉強に為るから、料理するのは手間とも思ってないもん。……お父さんとお母さんの職業しごとにはわたしも誇りを持ってるし、2人共家を空けてたってズアもズアのご両親も居るから寂しくないし!」

 まぁ汁物は即席インスタントの味噌汁で良いか、とわんを用意する愛娘を眺める内に視界がぼやけてしまい、治正はそっと顔を逸らし、上を向いた。


「あ、そうだ。お父さんさ、『ひなた通り商店街』って知ってる?」

 葵亜は何の気無しに治正に尋ねる。皿洗いを終え、一段落付いた頃だ。

「ん、あぁ……西南市のな。県立西南総合高校おまえのがっこうが出来る時に一悶ひともんちゃく有ったからなぁ。良く取材したモンだよ」

 葵亜の瞳がギラリと輝き、体勢諸共もろとも前のめりに為って訊く。

「ねぇ、其れ、詳しく教えて?」

 治正は急に知識欲旺盛おうせいになった一人娘に対し、さながら目前の餌に有り付かんとする飼い犬を制する様に掌を向ける。

「……其れは、何を知りたいんだ? 商店街の概要なのか、フォモール・ペタ建設に当たっての反対運動ゴタゴタに関して聞きたいのか、或いは其れ以外か?」

「全部教えて!! 『ひなた通り商店街』に就いてお父さんが知り得る情報全部!!」

 父親の掌に噛み付かんばかりの勢いだが至って真剣な眼差しの葵亜に、治正はしんに答える事にした。

「……じゃあ先ずは、西南市と東西南市の関係性から話を始めようか……」



 治正の話は、葵亜が東西南市民として暮らす内に見聞きした情報の断片と、曜子から聞いた“ひなた通り商店街のフォモール・ペタ建設反対運動及び其の後の商店街の雰囲気”を補強する様な内容で、ほど耳新しい事柄は無かった。

 だが其の中で初耳だったのが、フォモール・ペタ開業後、商店街が対抗策として敢行した総アーケード化が今一つ功を奏していない事から、其の名に冠する“日向ひなた”を自らさえぎってしまった皮肉アイロニーとして「日陰通り商店街」と陰乍ら揶揄やゆされている、と云う事だった。此のべっしょうは、ひなた通り商店街の年々減少しつつある店舗数や売上げ、総アーケード化の費用コストばかりがかさんでしまい、当て込んでいた成果リザルトが出ていない現状をも当てこすっているのだ、と。

「……何で、其処迄言われなきゃいけないの……」

 自室へと向かう階段を上りつつ、葵亜は眉間に皺を寄せ乍ら呟いた。



 明くる朝、葵亜と逗雅は完全に同時に玄関から出て来た。分譲住宅の隣同士で、まるで間違い探しの映像問題クイズの様に、玄関の向かって右側に位置する駐車場から自転車を引っ張り出し、手前の私道に出て来る。

「おはよ」

「うぃっす」

 幾遍いくべんも繰り返した挨拶を今日も交わすと、何方どちらとも無くペダルをぎ出す。

「今日は寝坊しなかったじゃん」

「あぁ、母さんが寝過ごさなかったからな」

「駄目じゃん。『それじゃダメじゃん春風亭昇太です』じゃん」

「其れ、結構言うけど……どうかと思うぞ?」

「うっさい! ……起こして貰ってるんじゃ寝過ごしてるのと変わんないじゃんか、って事!」

「いや、そりゃ解ってるけど……まぁ、そうだな。以後気を付けるわ」

「此れっぽっちもしんぴょう性の無い返事を有り難うね。……全く、国会議員の答弁ばりに信用出来ないわ」

「唐突な政治批判!」

「粗品風ツッコミどうもセンキュー。丁度欲してたの、其れ」

 車通りの少ない道なので、車両が来ない時は並走し、来てしまったら逗雅が後ろに下がって進んでゆく。

「……何か有ったか?」

「ん? ……バレた?」

「何となく、な」

「いやぁ、『ひなた通り商店街』に就いてお父さんに聞いたからさ」

「あぁ……。で?」

「うーん……。ま、方法は分かんないけど、取り敢えず曜子を救済する道筋は思い付いた、かな?」

「そうか……」

 そんな上手い方法が果たして有るのだろうか、と逗雅は懐疑的だったが、其処からは勿体もったい振っているのか、葵亜は語ろうとしなかった為、えて詮索せんさくする事はしなかった。


 1年実業科3組の教室に姿を見せた葵亜と逗雅の許に、曜子が駆け寄って来る。

「昨日は有り難う御座いましたぁ。昨日お2人が帰られてから気付いたんですけどぉ、お2人共東西南市でしたよね? 遠い所迄来させちゃったなぁ、と思って申し訳無くてぇ……」

「全然平気だから、気にしないで。そんな事より曜子、ウチのお父さんから聞いたわ。ひなた通り商店街の事、色々とね」

「あぁ、葵亜コイツ親父おやじさん、新聞記者遣ってるんだよ」

「え、あ、そうなんですかぁ……」

 意気込んで喋り出す葵亜に対してよりも、此方が疑問に思うのと同時にオンタイムで解説を入れて来た逗雅の方に驚きつつ、曜子は相槌あいづちを打つ。

「私が思うに、ね?」

 葵亜は持論を述べるに当たり一応の前置きをしてから、まくし立て始める。

そもそも勝ち目の無い反対運動に担ぎ出されてしまったのがひなた通り商店街に取って失敗だったのよ。曜子を白い目で見たりとか西総高ウチを敵視するのはお門違いよ。そうじゃない?! でね、わたし、一晩考えました! フォモール・ペタに客を奪われたってんなら奪い返して遣れば良いでしょ?! 活性化よ!! 商店街が活性化して、皆忙しくなれば、いじけてる暇なんて無くなるんだから! そしたら曜子も嫌な思いしなくて済むし、商店街は儲かるしでウィンウィンじゃない!? いては西総高わたしたちが活性化に貢献したって云う事で商店街の人達のフォモール・ペタへの敵対感情みたいなものも融和出来るかも知れないし!」

 逗雅は慎莫しんまくに負えぬ、とばかりに肩をすくめ、曜子は口をぽかんと開け、呆気あっけに取られている。だが葵亜は構わず駄目押しを口にする。

「『日陰通り商店街』なんて悪口、吹っ飛ばすのよ! 『リキャプチャー・ザ・サン』よ!! 日向ひなたを取り戻して遣るの!!」



NEXT……1 日陰かげをひなたに ④わたし達は何をすべきかワッ・シュヴィ・ドゥ

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