1 日陰をひなたに ②生き苦しい少女達

「……しかし、まさか本当に、此処ここへ通う日が来るとはなぁ……」

 幼かったあの日、畏怖いふさえ覚えた隣町のコンクリートの要塞。毎朝自転車で通う様になってから既に2ヵ月ほど経つが、ずま逗雅ズアは未だ慣れず、時折正門前で自転車を停め、要塞を見上げては立ち尽くす。数人の生徒達に追い抜かれ、ようやく始業時刻までの時間的余裕がほど無い事を思い出し、駐輪場へとペダルを漕ぎだす。


 真っ直ぐ教室を目指せば辛うじて、走らずとも間に合う時間である事を脳内で軽く勘定して、逗雅は速足で校舎内を進む。

 逗雅の通う県立西南せいなん総合高等学校は、全国初のショッピングモール併設型の学校である。勿論もちろん、買い物客等がおいそれと立ち入る事は出来ない様に造られており、校舎内に居る分には、一般的な公立高校と雰囲気は何ら変わらない。

 1年実業科3組の教室ホームルームに着き、比較的新しめの引き戸を開ける。「ぅいーす」とだるげに挨拶を口にすると、良く話す数名が挨拶を返してれた。窓際に目を遣ると、自席の周辺の席を女子生徒達が占拠している。席を奪われている男子生徒も多い様だが、皆気を遣って遠巻きにしており、其処そこだけさながら女子高と化している。

「……つどい?」

 今までも無かった訳では無いが、不定期に催される女子一同による謎の集会は、男子生徒を寄せ付けない不可思議な空気オーラまとっている。

「お、何よズマ?! 今日はご同伴じゃなく?!」

 教室後方で他の男子生徒同様突っ立って採るべき振る舞いを案じていた逗雅の肩に腕を回して来たのは、級友クラスメイトはら馬駆バクだ。意地悪くニヤついた、人を苛立たせる事に特化した表情を浮かべる馬駆に、逗雅は溜め息をく。

「……何だよ『同伴』って……。アイツ・・・とは幼馴染くされえんなだけだっつってんだろ?」

 毎度の事なので突っ込むのも億劫おっくうなのだが、一応ちゃんと対応しておく。

「またまたぁ~! 毎朝お揃いで登校して来て一緒に帰ってく、と云う此れだけの客観的証拠を前にしてだそんな戯言ざれごとのたまうかチミはぁ!!」

「『客観的証拠』も何も、張本人オレが『違う』って言ってんだぞ?」

「いやでも其れじゃ可笑おかしいだろぉ?! あんだけ可愛めんこい嬢ちゃんを四六時中隣にはべらせといて、だ! どうして男女のそういう仲にらんのだ?! チミはおとこか?! ハアゥン?!!」

「はいはい、もう止めとけー。朝イチからそう云うのはアカンだろ」

 塩梅あんばい良く仲裁に入って呉れたのは、此方こちらも級友のだいダイである。

アズマズ・・・・にも事情っつーか、第三者オレらが分かんねぇ様な『理由ワケ』が有るんだろ。オーワダ・・・・みたいな色好みばっかじゃねぇ、って事だよ、世の中」

「まぁ、確かに……じゃねぇわ!! 誰が好色一代男だ!? あと俺は馬駆にもじだ! いちもじじゃねぇ!! ハアゥン?!!」

「別に『世之介』と迄は言ってねぇよ。そんで後半の分かりにくいツッコミは合ってんのか其れ……。あと全力でシャクレるな」

 俺も謎のあだで呼ばれてるんだが……と二人の遣り取りに参戦しようか、とも思ったが、収拾が付かなくなりそうなので、止めておいた。丁々ちょうちょうはっの遣り取りを続ける馬駆と大護をしりに、逗雅は“同伴”と揶揄やゆされた腐れ縁の幼馴染に眼を向ける。

 あき葵亜キアは集いの中心に陣取り、けんしわを寄せ渋い顔付きをしている。他の女子生徒達も同様で、学級内の女子が全員たむろして一様に溜め息を吐いている、と云うただでさえ異様な光景をより一層渾沌こんとんとしたものにしている。どう声を掛けて良いものか逗雅が苦慮していると、葵亜は其の存在に気付き、険しい表情のまま

「ズア、おはよ」

 と挨拶を発してきた。葵亜むこうが切っ掛けを作って呉れた事で逗雅は取っ掛かりが出来、幾分胸をで下ろしながら口を開く。

「おぃっす。どうした? 朝っぱらからみんなして深刻な顔して……」

「んー? ……うーん、いやぁ……誰しも生きていれば各々おのおのツラい事背負ってるよね、って云うね……」

「お……? 何でまたそんな達観した老人みたいな事を……」

「……まぁ、皆色々有るよね、って事よ……」

 葵亜が詳細に言及する前にチャイムが鳴り、同時に担任教師が入室して来た為、半強制的に集いは散開、葵亜との会話も有耶無耶うやむやに為ってしまった。


 切っ掛けは、同級クラスの女子生徒、四葉よつばつけヨウが教室へ入る際、異様な程によどんだ空気をかもしていた事だと云う。

「余りにも曜子がどんよりしてるから、声を掛けざるを得なかったのよ。女子全員、何か自然と集まっちゃって。其れ位、何か切迫してる感じが有ったんだよね」

 自然発生的に始まった集いで、曜子は背負いきれない程の懊悩おうのう吐露とろする。

「曜子ってさ、実家がひなた通り商店街で喫茶店遣ってるのよ。ほら、『ひなた通り商店街』ってあの……超巨大複合商業施設ココが造られる時に結構な反対運動した、西南市の……。そうそう。でね、やっぱりあれだけの反対運動したじゃない、だから商店街的にはやっぱり此処は目の敵みたいでね、未だに敵対視してるお店が多いんだって。で、西南総合ウチの高校も恨みの対象みたいなのよ。……うん、ズアは察しが良いから分かったかもだけど、『どうして四葉見附の所の嬢ちゃんはあんな学校に通ってるんだ?』って云う雰囲気が……飽く迄も雰囲気で直接苦言を言われた訳じゃないらしいんだけどね? それで朝、商店街の中の家から出て学校ココに来て、学校終わって家に帰るのがシンドくなっちゃった、って……」

 曜子の悩みは、同級の女子高生がどうにか出来る類のものではなかったが、それでも独り抱え込んでいた心情を吐き出す事が出来て、幾分いくぶん曜子の心は救われたらしい。

「曜子がね、『解決策が見付からなくても、話を聞いて呉れただけで気持ちが楽に為った』って言うからね、何だか其の後悩み打ち明け大会みたいに為っちゃって……」

 結果、あの通夜つやみたいな女子集会の図と為ったらしい。そして、葵亜は個々人が異なった重さの悩みを一つ二つは抱えている事に改めて思い至り、達観した老人の様な発言コメントを残したのだった。

「でね、わたしなんてそんな、皆みたいに大した悩みなんて無いのよ。だから、悩みの無いわたしが、出来るだけ皆の悩みを解決出来れば……って言うと一寸ちょっと大袈裟だけど、少しでも悩みを軽く出来たら良いな、と思って」

「……でも其れはさ、場合にってはただのお節介せっかいに為るかも知れないぜ? 他人が顔突っ込む事で必ずしも物事良い方に向かうとは限らないからな」

 逗雅は今朝、母親を筆頭に家族全員が寝坊した為、用意されていなかった弁当の代わりに引っ掴んで来た市販の惣菜そうざいパンをかじながら、忠告した。

「分かってるよそんな事。でも、わたしは皆の悩みを聞いちゃった以上、何もしないで無視スルーする様な真似は出来ない。お邪魔に為らない程度に、ちょいちょい首突っ込んで、出来る限り悩みの解消に貢献したいの」

 幼い頃に越して来た分譲地の隣同士で、小中高と一緒に過ごし、今朝の様な異常事態イレギュラーが起きなければ毎朝揃って登校する、腐れ縁の幼馴染の発想を、逗雅は熟知していた。

「……ま、お前ならそう言うと思ったよ」


 放課後、逗雅は葵亜と共に曜子の実家の在るひなた通り商店街に向かっていた。逗雅達の通う高校から商店街は比較的近いのだが、隣町である東西南市に居住する彼等に取っては、自宅とは逆方向へと進行する事に為る。

 交通を妨げない様に留意しつつ、葵亜は時折曜子と併進して話し乍ら自転車を走らせる。そんな二人から気持ち距離を置き追走する逗雅は、帰路の概算を弾き出しつつ、ほんの少しだけうんざりし始めていた。

「此れは……一寸した冒険アドベンチャーだな……」

 距離もそうだが、東西南市に住んでいると、西南総合高校をようする超巨大複合商業施設フォモール・ペタから向こうへ足を延ばす事はそうそう無い。中々足を踏み入れる事の無い地を走っている、其の名の通り冒険の様なものだ。見渡す景色は当然、地元と大差無い街並みだが、商店の看板や電柱に掲げられた地区名等の細部は全く馴染みの無いもので、冒険心をくすぐる。

 だが、逗雅ののうでは、そんな些細な冒険心よりも、帰路の道順ルートや帰宅時間を憂慮する面倒臭さの方が圧倒的に優勢だった。

 何せ逗雅は葵亜の両親から、仕事で家を空けがちな自分達に代わって葵亜の目付け役を仰せ付かっているのだ。其の役職に基づいて考えると、こんなプチ冒険アドベンチャー危険性リスク以外の何物でもない。此れ以上遠い様なら曜子宅への訪問も取り止めて引き返す選択をした方が良いかも知れない。そんな事を逗雅が思案し始めた頃だった。

「お疲れ様ですぅ、着きましたぁ」

 不意に曜子がそう声を上げた。ちなみに曜子はクラス内の全員に敬語つかっちゃう系の女子生徒である。葵亜と逗雅は其れを受け、アーケードの看板に眼を向けた。3人は自転車のブレーキを掛け、片足を着く。

「此処が、私の家が在る『ひなた通り商店街』ですぅ」


 

NEXT……1 日陰かげをひなたに ③商店街の敵対感情アンチパシー

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