にゃんこ大戦争

lager

にゃんこ大戦争

「にゃん」

「にゃんにゃん」

「にゃーん」


 ふむふむ。

 どうやら敵は見張りを立てているらしい。

 斥候から戻った仲間の報告を聞き、伍長がみんなに指示を出している。

 僕は……一番槍だ。


 う~ん。

 危ないやつじゃん。

 ちょっと怖いけど、確かに、僕の力を活かすならそのほうがいいし。

 ここは、自分の能力が正しく評価されてることを喜ぶことにしよう。


「にゃーん」

「にゃんにゃん」

 僕の首筋に鼻を擦りつけてきた仲間――こいつも僕と一緒に突入する役だ――と、簡単な段取りをする。

 見張りの位置取りを考えると、左右から挟むより纏まっていった方がいいよね。

 もう何度か一緒の仕事をこなしている分、互いの気心も分かってる。

 無事に帰れたら、また桜木の丘で日向ぼっこでもしようか、相棒。


 尻尾が三つに分かれた隊長が作戦前の訓示を垂れてる。

「にゃごにゃご」

「なおーん」

 いいこと言うなぁ。

 隣で聞いてる仲間がふんすと鼻息を荒くしたのが分かる。

 僕も気合入れなくちゃ。


 月明かりはさやかで、森には木々の枝葉が落とす影が濃い網目模様を作ってる。影のところだけ踏んで歩く遊びをやってみたいけど、今は我慢。

 抜き足。差し足。

 肉球に落ち葉の湿り気を感じながら、僕たちはゆっくりと奴らの風下から近づいていった。

 ここから先は、私語厳禁。

 奴らは鼻だけでなく、耳も利く。


 やがて、古木が立ち枯れて出来た天然の城塞を本丸にした、奴らの陣地が見えてきた。

 見張りの位置と数は、斥候の持ち帰った情報と同じ。


 僕と相棒は目線だけで言葉を交わし、息を合わせて駆け出した。

 目標は三匹の中の一匹。月を見上げてる灰皮だ。

 僕の体の毛皮が波打っていく。

 暖かな力が背中から腰、後ろ足に流れゆき、地を蹴り飛ばした体が隼みたいに加速した。

 

 一瞬で距離を詰めた僕と相棒の姿を敵が捉える前に、その下顎を僕たち二匹の猫ぱんちが撥ね上げた。

 悲鳴を上げる間もなく昏倒した灰皮が倒れる音と同時、ようやく僕らの襲撃に気付いた残りの二匹が甲高く吠える。

 その無防備に曝け出された喉笛へ相棒の爪が迫る。


 寸でのところで躱された。

 距離を取って身構えた奴らが、口から泡を飛ばして罵りの言葉を吐く。

「ばうっ」

「わうっがうっ」

 口が悪いなぁ。

 地味に傷つくからやめてよね。


 僕と相棒は最早視線を交わすこともなく、それぞれの獲物を定め、再び駆け出した。

 こちらを迎え撃とうと振るわれた敵の爪を掻い潜る。

 さらに加速。

 敵の目には、僕の姿が一瞬で消え失せたようにでも見えたかもしれない。


 これが僕と相棒――『走り猫』の力だ。

 足腰を中心に漲る力を駆使して、僕は落ち葉を巻き上げて敵の視界を乱し、敵が怯んだ一瞬の隙をついて、その頭上へと飛び上がった。

 狙いはその先の木の幹。

 空中で姿勢を整え幹を蹴り飛ばし、相棒の攻撃を躱して油断しているもう一匹の敵に、空中から猫きっくをお見舞いする。


「ぎゃふん」

 首筋を強打された敵が、地面を転がってぐったりと横たわった。


 さあ、残るは一匹だ。

 そう思った、僕の目に。

 真横に吹っ飛ばされる相棒の毛皮が映った。


「みゃあっ」

「ばおぅっ」

 咄嗟に身を竦めた僕の前に、筋骨隆々たる黒毛皮の敵が現れた。

 大きい。

 『横綱犬』だ。

 僕の相棒を吹っ飛ばしたのはこいつに違いない。

 でも、なんでこんなやつが見張り番の近くに?


 そんなことを考える間もなく、『横綱犬』が僕に向かって吠えた。

 鋭い牙がぬらりと光る。

 うわぁ。痛そう。

 僕は後ろに飛んで距離を開けると、そのまま斜め前方に駆けだした。

 逃げろ逃げろ。脱兎の如く(猫だけど)。

 

「あおぉぉん」

 僕の背中に嘲笑の声が届く。

 まあ、そう言わないでよ。

 あんたの相手は僕じゃないんだ。

 

 既に遥か後方に聞こえる『横綱犬』の声が、くぐもった悲鳴に変わる。

 僕たちの第二陣が集団猫リンチを加えたに違いない。

 いくらあの巨体でも、6匹から同時に睾丸を狙われたらたまらないだろう。


 けど、いきなり状況が悪いな。

 本当は、もっと奥に踏み込んだ時に取る作戦だったのに。

 これじゃ入り口で仲間たちが足止めされてしまうじゃないか。

 僕はなるべく奴らを混乱させるために、騒ぎに気付いて茂みやら木のうろやらから這い出てきた敵を一匹ずつ狩っていった。


「ばうっ」

「にゃん」

「うぅぅ、わをん」

「うみゃあ」


 僕らと奴らの鳴き声が入り混じって聞こえるが、やっぱり入口付近に集中してる。

 あれ。

 僕、孤立してない?

 ちょっとちょっと、そういうの困るんだけどな。


 僕は一度戦況を確認しようと木の幹を駆け上がり、太く張り出した枝の上から下を覗き見た。

 ううん。あんまり奇襲の意味がなかったな。

 なんでだろう。僕たちの作戦が漏れてたみたい。


 いや。違うな。

 敵の本丸近くに、やたら厳重に警護された一匹の白皮の姿がある。

 両眼の上に赤いが一つずつ。

 あれは、『巫女犬』だ。

 きっと占いで予知されたのだ。


 …………まあ、そういうこともあるよね。


 僕は前足を舐めてくしくしと顔を擦った。

 作戦は失敗したけど、まだ負けたわけじゃない。

 それに、入口付近でわちゃわちゃやってる僕の仲間たちに向けて、『マジック犬』が範囲型の魔法陣を展開してるのが見える。

 あれ、撃たせちゃダメなやつ。


 こっちの『メイジ猫』は今回不参加だからなぁ。

 僕はやれやれと腰を上げ、ここから標的までの最短移動ルートを頭の中で弾きだした。

 その時。

 首筋に感じた悪寒に、僕は殆ど無意識に前へと跳んだ。

 ぎりぎりで別の枝に着地出来た僕の目に、黒い影が映った。

 さっきまで僕が座ってた枝に小柄な体躯の敵が立ち、冷たい目を僕に向けている。


 あれは、『忍者犬』?

 上下移動では僕らに敵わない奴らの中で、唯一僕らに匹敵する機動力を身に着けた個体……らしい。僕も見るのは初めてだ。

 黄土色の眼が、静かに僕を見つめている。

 えええ、ガチな感じ?。

 しょうがないなぁ。


 僕は全身の毛を逆立てた。

「ふぅぅぅうう」

 足場にした木の枝に、爪が食い込む。

 周囲の音が消えていく。


 敵の影が、ゆらりと揺れた。


 次の瞬間、僕たちは月明りが照らす樹上で交差していた。

 互いの爪が頬を掠める。

 速度は互角。

 一瞬で互いの位置が入れ替わり、次の瞬間で、その姿が消え失せる。

 

 僕と『忍者犬』は、太い一本の幹を中心に駆け回り、爪牙を交わした。

 黒い腕が振われては僕の頭上を掠め、僕の猫きっくが奴の脇の下を通り抜ける。

 このままでは埒が明かない。

 僕はわざと速度を落とし、奴との交差のタイミングをずらした。

 リズムを崩された『忍者犬』の隙をつき、それまで足場に使うことのなかった細い枝に飛び乗る。


 僕の体重を受けて、枝がしなる。

 その反動を利用して、僕は跳んだ。

 月光が僕の全身を照らし、奴の頭上に影を作る。

 もらった!


 落下式ダブル猫ぱんち!

 ……を構えた僕の脇腹を、重たい衝撃が襲った。

 ぐええ。

 別の木の幹に叩きつけられた僕の前に、『忍者犬』が颯爽と降り立つ。

 おかしいな。確かにあいつは、僕の下にいたはずなのに。

 朦朧とする視界に、現れた敵の横にもう一匹の黒い影が見えた。

 敵は、二匹いたのだ。


「ばう」

「わふ」

 二匹の『忍者犬』が、短く言葉を交わす。

 僕は懸命に力を振り絞って、足を立たせた。

 二つの黒い影が同時にかき消える。

 

 左右から、微妙な時間差を置いて襲い来る牙。

 僕は覚悟を決めた。

 最初に迫る牙へ向けて、全力の猫ぱんち。

 鼻から噴き出る血を浴びる。


 取り合えず、一匹やっつけて良しとしよう。

 僕はすかさず訪れるであろう二体目の牙がもたらす激痛に目を閉じた。


「ぎゃん」


 しかし、僕の毛皮にそれが突き立てられることはなかった。

 代わりに柔らかく僕の背を撫でた風と、敵の悲鳴が交わる。

 恐る恐る目を開けた僕の隣に降り立ったのは、見慣れた相棒の姿だった。


「にゃん」

「にゃああ」

 あれ。君、最初にやられてなかったっけ?

 どうやら、やられた振りをしてこっそり敵陣の中に忍び込んでいたらしい。

 なんだよー。心配させんなよー。


 ごろごろと喉を鳴らして相棒の首筋に鼻をこすりつける。

 相棒はくすぐったそうに身を捩ったが、すぐに姿勢を整えた。

 僕もそれに倣い、目の前でむくりと起き上がった二つの影を見遣る。


 不思議と、さっきまでへろへろだった足腰に力が漲っていく。

 奴らが動く前に、僕らは駆け出していた。

 一瞬で奴らを挟むように位置取りをする。

 背中合わせに僕らを迎え撃った奴らの牙が届く前に、さらに跳躍。

 僕は頭上へ。

 相棒は奴らの足元へ。

 僕の猫ぱんちを前足で受け止めた敵の顎を、相棒の猫きっくが撃ち抜く。

 いや、浅いな。

 すかさず放って置かれたもう一匹が飛び掛かり、空中の僕を叩き落そうとする。

 僕はそいつの鼻先を後ろ足で蹴り飛ばし、木の枝に降り立った。


 二匹の『忍者犬』が僕を追って枝に飛び掛かった、その時。

 僕の相棒が、『走り猫』の力を目一杯使った速度で、枝の先に突撃した。

 みしりと音を立てて、枝が折れる。

 突如目標としていた足場を失った奴らの体が虚空に投げ出される。


 僕は最後の力を振り絞るようにして、後ろ足に力を込めた。

 突撃。

 空中で身動きが取れない二つの黒い影に激突し、吹き飛ばす。

 別の木の幹に二匹の敵ごとぶつかった。


 僕と木の幹に挟まれる形になった敵の二匹は、口から泡を吐いて気絶していた。

 ふらふらと立ち上がった僕の横に、相棒が歩み寄る。


「にゃんにゃん」

「にゃおん」


 互いの健闘を讃えて傷を舐めあう。

 

 さてさて。戦況はどうなったかな?

 もう一度樹上に登ろうとした僕を、相棒が留めた。


 うん?


 …………なにあれ?


 敵の本丸から、見上げるほどの大きさの、二足歩行をする巨大な敵の姿が現れた。

「にゃん」

「にゃんにゃん」

「ばおぉぉぉぉぉぉん」

「ふにゃぁぁ」

 最前線にいた仲間たちが果敢に挑んでいるけど、為す術もなく打ち払われているのがわかる。

 あれが噂に聞く……『ゴジラ犬』。

 まさか実在していたなんて。


 いや。何かからくりがあるな。

 後ろの方でこそこそやってる連中の姿が見える。

 

 やれやれ。今夜は長くなりそうだ。


 僕は相棒と共に、混沌を極める戦場へと駆け出した。

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