第5話 ダンジョンマスター
東京駅の長い階段を昇った先に、中央線のホームがある。駅ではひときわ高い場所で、高いビルが私たちを囲んでいる。
私は、列車の後よりの位置になる場所に立って、2分後の列車の到着を待った。背筋を伸ばし、手を前に組んで、口元には小さい笑みを忘れずに。足元では4足歩行ロボットが脚をたたんで待機していた。
定刻通り列車が入線し、停止してドアが開くと、複数の乗客の中から私を予約したお客様が現れた。私の方では事前にお顔などは分からないのだけど、すぐに私を見つけて目が合ったので、この人で間違いない。
「ポーターさん、助かります」痩身に眼鏡、白髪交じりの初老の男性が、私に歩み寄ると、転がしてきたスーツケースをを私に預けた。「これをお願いします」
「ご利用ありがとうございます。」私は会釈すると、荷物を受け取った。 「それでは、京葉線のホームにご案内いたします」
鉄道駅からポーターという職業の人がいなくなって久しい。制服に赤い帽子が目印で「赤帽」とも呼ばれていた。なにがしかのお金で乗客の荷物を運ぶのが仕事。駅にエレベーターやエスカレーターが設置されて、乗客が自分の荷物を運ぶのに便利なようになってから、需要がなくなっていった。しばらくは、高級ホテルでもないとポーターを目にすることはなかった。
アンドロイドが実用化されてから、予約サービスと合わせて、ポーターが復活した。さほど目を引く見た目でもない、若い男女のアンドロイドの製品が採用され、駅の職員に似た制服と、昔ながらの赤い帽子を身にまとい、鉄道駅で働くようになった。
事前予約できるので、ホームであらかじめ待って荷物を預かることができるし、行き先も最初から分かっている。乗客がどの電車のどの位置であるかは、乗客との合意の元、位置情報を列車が取得して、事前に担当ポーターに届くようになっていた。
私は、お客様のスーツケースを4足歩行ロボットの背に乗せ、エレベーターに案内した。4足歩行ロボットは私と同調して歩くので、取っ手を軽く持って歩くだけで、スーツケースを載せててくてくとついてきてくれる。ロボットの方もセンサーを使って自律的に歩いているから、他のお客様の足を踏んだりはしない。
エレベーターで1階まで降りると、お客様と離れないように注意しながら、私は通路を南へ、東へ、南へと歩いた。私たちの役割は、荷物も運ぶだけでなく駅の道案内も含まれている。
「同じ東京駅ですが」東海道新幹線の乗り場近くまで来て、私は笑顔で振り向いて、お客様に話しかけた。「乗り換えの距離が遠くて、すみません」
「大丈夫ですよ」お客様は気にしていないようだった。「前にも来たことたがります」
そうして、エレベーターで駅の南端の長い通路に降りて、その先へと私たちは進んだ。4足歩行ロボットは動く歩道にもスムーズに乗ることができた。
「お疲れさまでした」
私は、始発駅で待つ京葉線の車両にお客様を案内し、ロボットから降ろしたスーツケースを列車に運んでお客様に手渡した。それからお辞儀をして、ロボットを引き連れて京葉線ホームを後にした。
「駅員さん、いいですか?」
東海道新幹線の乗り換え口の前まで戻ってきたところで、通りかかったお客様に話しかけられた。新幹線を降りたばかりの若い男性のお客様。
駅を制服で歩いていれば、駅員と間違えられるのはしかたない。ポーターという職業を知らない人も多く、それがロボット化して復活していることもまだそれほどは知られていない。
「はい、いかがされましたか?」
「ビッグサイトに行くバスなのですが……」
私は八重洲口を出た先にあるバス停まで、お客様を案内した。4足歩行ロボットは役目がないので、最初に私から離れて次の仕事に歩いて行った。
ポーターは駅の案内の仕事も頻繁に引き受けていた。駅の地図は頭に入っているので、これぐらいは無料でサービスできる。
バス停から戻る途中で、次の仕事までの間に割り込むように予約が入った。5分後に到着する新幹線「のぞみ」のお客様からだった。私は東海道新幹線改札に直行して、改札に右手をかざして入場した。
案内板では、「のぞみ」が1時間ほど遅れていることが提示されていた。時間に余裕がないお客様には、確かに、荷物とお客様を無事に移動のために、私たちにお手伝いできることが多いはず。
ご予約いただいた方が降りる予定のホームに到着すると、ほどなく「のぞみ」が入線してきた。ドアが開くと、待ちかねたようにお客様が次々と降りてきた。
「ポーターちゃん!」
お客様は、私より先に私を見つけてホームに降りるなり呼びかけてきた。私たちに個別の名前はないので、呼び方はお客様のお好きなようにしていただいている。
「本日はご利用いただきありがとうございます」
「お願い!」お客様は20代の若い女性で、転がしてきたスーツケースをまず私に預けた。「武道館、間に合わない……」
女性は気もそぞろで、私より先に速足で歩きだした。
「武道館に行かれるのですか?」私はおずおずと訊いた。
「そうなの、抽選でようやくチケットとれたのに!」お客様は悔しそうに言った。「新幹線遅れちゃって、もう開演になっちゃう……」
「それは大変ですね」
「大変よ、地下鉄で、乗り換えて、ああ、どう乗り換えるのか分からなくなった!」
エスカレーターをお客様と一緒に降りると、降りた先に4足歩行ロボットが待っていたので、その背中にスーツケースをあずけて、その先もお客様と速足で歩いた。
「お客様、もしよろしければ」改札に右手をタッチして抜けつつ、改札機から出た乗車券を手にしたお客様に私は提案した。「地下鉄の大手町駅までご案内します」
「大手町???」
「少し歩きますが、乗換えなしで九段下まで行けます」
「ホントに!?」
「ええ、大手町から竹橋、次が九段下です」
「わかった!」お客様の顔がぱっと明るくなった。「案内して!」
私たちは1階の通路を北へ、西へと歩き、改札を抜けて丸の内の駅舎の北側のドームに出た。
「こちらです」
ドームを出た先の階段から地下道に降りて、脇道にかまわず、北への通路を進んだ。
「東京駅と大手町駅は」改札までの200mほどの通路で、私はお客様に説明した。「地下通路でつながっています。東西線、丸ノ内線、千代田線、半蔵門線の4線には、東京駅からダイレクトに乗り換えることができます。ただ、東西線以外は歩く距離は長くなります」
「そうなんだー」東西線の改札が見えてきて、お客様も安心してきたようだった「前来たときは地下鉄何本か乗り換えてたよー」
私はお客様と改札を抜けると、ちょうどホームに入ってきた九段下方面の列車にお客様を案内した。
「ありがとー♡」
ドアが閉まると、お客様は手を振ってくれた。そのまま列車とともに遠ざかって行った。
私は、頭を下げて見送ると、少しずれた赤帽の位置を直し、階段を昇って東京駅への道を戻った。
予定外の仕事が入ったので、この先のスケジュールは見直しが入った。私が向かうはずだった先に別の個体が向かい、東京駅で私はしばらく休憩に入った。ワイヤレス充電が行えるスペースに立つと、充電とともに、サーバーとデータのやりとりを行った。本日も特に異常なし。2時間の休息の後、もう少し仕事があると分かった。
サーバーからは1件のメッセージが届いた。
夕暮れの武道館の前で、先ほどのお客様が自撮りをした写真が添えられていた。本文は「助かりました。ダンジョンマスターの称号を与えます」。
先ほどのお客様も、私たちの仕事に満足いただけたようだ。称号は、もっと複雑な駅のポーターの方がふさわしいかもしれない。
ヒトノトモダチ 春沢P @glemaker
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヒトノトモダチの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます