第5話 お別れ
先生と、会った。お別れの挨拶だった。
いつまでもこんな関係は良くないと、優しい笑顔で云われた。偽物の笑顔だと、思った。
私は少し、腹が立った。本当は、柿原さんと本社に行くからじゃないのかと。
「柿原さんが本社に行くって聞いたけれど……先生と一緒に?」もう、かっこつけている場合じゃない。聞きたい事は、本気で聞かないと。
「うん、実は俺、柿原さんがいて、かなり助かった」先生は、弱って見えた。端正な顔立ちに、疲れの色が見えていた。
そうだよね、会社の重要部署にいる上に、私たち平社員の研修を定期的に行っている。
他の役員の倍近く仕事をしている事になる。それで癒しを、複数の女性に求めていたのかな。
「柿原さんには、俺の正直な所を見せれたから」そう云った瞬間、先生の顔色に少し笑みが漂った。
「俺は、あかりには釣り合わないって思っていた。あかりが、颯爽と美しくあろうとする姿が、俺には眩しかった。あかりなだけにね」先生はいつもの調子で、少しおどけた。けれども全然面白くない。
私の名前は「あかり」という。
「先生がそんな事を思っていたなんて、知らなかった」私は、そう云うのがやっとだった。
いつも先生の隣にいたあの子。
ついに順番が来たようだ。
私は、他人事のように言葉を変換する事で、自分を保つのがやっとだった。
〇●
かっこつけていた自分が、少なからず先生の負担になっていたなんて。
正直に、自分の気持ちを出せば良かったのかな。そうしたら、先生は、私を選んだかな?
ううん、きっと、他の女子社員と同じように、上手くあしらわれたかもしれない。
いくら「もし」「こうしていれば」なんて想像だけを巡らせても、正解なんて出てこない。
その時に、自分が思ったように行動した事が、全てなんだ。
次の日、出社するのが本当に億劫だった。けれども仕事は、しなくてはならない。
全然集中出来ない。周りに、空気を悟られないようにするのが精一杯だった。
「米田さん、面会ですよ」中条さんが、私を呼びに来た。誰だろう。
青山君だった。
「新製品についての事前問題個所で、情報共有をしたい所があります。こちらの課まで来ていただけますか」青山君は、改まって云った。
技術開発課に行くのかと思ったら、会議室に促された。五~六人の会議で使用する会議室は、事前許可が無くても使用出来る。
「資料は?」私は聞いた。
「やっと俺にも順番が来た」青山君は、私を見ながら云った。なんの事だろう。
「米田さんと伊野尾先生の関係、知ってたから」青山君は真顔で云った。
「うそーん」バレてたのか、私は、間抜けな返答をしていた。
「よく見てたから」青山君は続けた。
「伊野尾先生の前で無理してる米田さん、必死で可愛かったよ」青山君は、笑いながら云った。
「私……必死感、出てた?」恐る恐る聞いた。
「うん」青山君は、当然、という風に答えた。
じゃあ、先生も、本当は気づいていたのかな。
順番 青山えむ @seenaemu
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