第4話 東北と東京
夏になった。熱中症対策として、休憩室には、無料ドリンクが設置されている。アイスコーヒーやカフェラテなど、飲みたくなるようなドリンクが並んでいる。
休憩室に入ろうと思ったら、先生に会った。こっちの棟に来てたのか、と思った瞬間、目を見張った。先生の隣に、あの子が、柿原さんがいた。なんで……? 私の心は、メラメラと音がした。
先生が、私の近くに来た。
「秋から、本社に行く事になった」先生は、真顔で云った。本社は東京だ。
ここは東北の、北の方だ。気軽に行ける距離ではない。
「本社から、こっちに戻って来るの……?」私は敬語を使うのを忘れていた。
先生は「解らない」と云った。とりあえず三年は、本社に行くらしい。栄転だ。
柿原さんが後ろの方で「嘘……」と、小さく呟いていた。知らされていなかったらしい。
〇
先生の本社転勤の話を聞いてから数日間、心が空っぽになっていた。仕事に身が入らないけれど、仕事はやらなくてはならない。
いきなり上司に呼び出された。どうやら私は、一棟に戻る事になったようだ。前任の人が復帰する訳でもないのに。
先生がいなくなるこのタイミングで戻ってもなぁ。先生が本社に行く秋までは、同じ棟にいられるのだけれど。
引継ぎをして、次の週には一棟に戻った。
「米田さん、お久しぶりです」新入社員の中条さんが声をかけてくれた。
二か月近くこの課を離れていたので、仕事の情報は仕入れておきたい。私は中条さんと、世間話をした。
春向けの新製品を考える仕事から始まりそうだ。
そういえば、菅田さんがいない。
「菅田さんは、休み?」私は中条さんに聞いた。
「菅田さん、実は、事務に配属になったんですよ」いきなりの展開に、少し驚いた。
先にそれを云ってくれと思ったけれども、彼女は事務仕事の方が向いているかもしれないと、軽く考えていた。
「何でも事務の人が一人、本社に出向に行くとか何とかで」中条さんは、続けた。
は? 事務の人が出向なんて、あまり聞く話ではない。
詳しく聞いてみた。あの子が、柿原さんが、本社に行きたいと自ら志願したらしい。
本社に転勤なんて、本来ならばエリートの話だけれども、事務なら空きがあるかもしれないので、とりあえず一年間だけという事で、許可が下りたらしい。
柿原さんが本社に? 先生を追っかけて……?
ありえない、と思った。私なら。男の為に、家族や友人と離れた土地に行くなんて。
先生の為に、東京に、行くか? 行かない。
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