第7話 レッドオークにて②
「おおおおおおおおぉぉーーーーー!!」
狂喜乱舞の歓声が静寂を破る。
体育会系のS先輩が仕切る飲み会のような盛り上がりだ。誰かが「飲みまーす」って宣言して飲みだしたときのあの異様な空気に似ている。
まるで遠い昔話のように、つい先日の苦い飲み会を思い出した。(僕は速攻で潰された)
「おいおい、兄ちゃん、これはやばすぎないか?」
「これ額面通り受け取ったら、やばすぎるスキルだわ」
「すげぇ……見ろよルォシー、いいなぁ」
「うん。マスターとトリニティの持っているのとは違う意味で凄いね」
「ねっ私が選んだだけのことはあるでしょ?」
このカード、そんなにやばいものなのか?
Uクラスが希少という意味で凄いのは理解するが、盗むってことがそんなにも凄いとは思えない。
「これ、どこが凄いのですか?」
「どこがって……よっしゃ、論より証拠だ。このカードの力を試してみるか! ウゥラン、後ろを向いて何でもいいからSクラスのカード使ってくれや」
ウゥランは立ち上がると、テーブルから少し離れたところまで歩いていき、後ろを向いたまま言った。
「これでいい? 用意ができたら言って。この〈S クリーチャー 異次元の拷問令嬢〉を使うから」
ウゥランは自分の目の前にカードを表示させて、そのうちの一枚に指で触れている。
ここから見るとカードの表側が見えるはずなのだが、カードの裏側と同じように真っ黒にしか見えない。
他の人が表示したカードはどちら側からも見えないようになっているらしい。
「よし。兄ちゃん、ウゥランがカードを使う瞬間にそのスキルを発動させてみな」
「スキルの発動……ですか」
「赤司くん、さっきと同じ要領でやってみて」
白石が僕にウィンクする。なんか心臓をくすぐられたような感じがした。
結構いいものだなぁと心の中でニヤけてしまう。
「あ、OKです。でもこのカード、一回で消えたりしないですよね?」
「ああ、使用限度が記載されていないカードはいくらでも使える。安心していいぞ」
良かった。これで一つ疑問が解消した。
「いいぞ、ウゥラン」
「じゃ、5秒ね。5、4、3……」
ウゥランがゆっくりとカウントダウンを始めた。
「1──、発動!」
ウゥランの「発動」の発声と同時にスキル発動と念じてみた。
すると、僕から人の手のようなものが出現して、ウゥランからカードを
「あ、あれ? カードが使う瞬間に消えた」
慌てるウゥラン。ざわつく酒場。
どうやら僕から出た手のようなものは誰にも見えなかったらしい。
手元を見てみると、キラキラと煌くカードがあった。ウゥランが使おうとしていたカード、〈S クリーチャー 異次元の拷問令嬢〉だ。
「これ──盗んだってことですよね?」
先ほどと同じように全員に盗んだカードを見せると、「おおおおおおおおぉー」とまた歓声があがった。
「なんと、Sクラスを盗みやがった……」
目を丸くするシュワルツたち。
ルォシーが何かを思い出したかのようにウゥランに駆け寄った。
「お兄ちゃんもカードを盗むスキル持ってたよね? それをレイさんに見せてあげたら、違いがわかると思うの」
「ああ、そうだね。まだ僕のカードプールにあったと思うけど……ちょっと待って」
カードプール? 新しい言葉が出てきたぞ。
ウゥランを見ると、七枚のカードを表示させたまま、スマホやタブレットを操作するような動作をしている。
「あった、あった。これ見て」
僕の目の前に一枚のカードが現れた。
口髭を生やしたイケメンと会話をしている貴婦人の絵だ。彼女の手荷物を盗もうとしている盗人も描かれている。
〈B スキル 白昼の失せ物〉
他プレイヤーの持つBクラス以下のカードをランダムで一~二枚盗むことができる。
ただし、発動の際にあなたの姿を見られてはいけない。気配も感じとられてはいけない。
「知らない人には気をつけろ。そいつもグルだ」
「僕のカードを見てもらうとわかると思うんだけど、限定条件が付いているんだ。Bクラス以下って書いてあるでしょ? でもレイさんのスキルには限定条件が記載されていない。つまり──」
「Uクラスも盗めるということ!!」
皆が同時に叫んだ。
「Uクラスってどれぐらいの希少度なのですか?」
「俺たちの推測だが、出現率0・01%ぐらいではないかと見ている。ちなみにSで1%、Aだと5%ほどか」
「ほう、そんなにもレアなのですか」
「赤司くん、もっと喜びなさいよ! 滅多に手に入らないものをあなたは手に入れたのよ」
白石の声が上ずっている。
皆の反応で凄いものを手に入れたことはわかるのだが、実は今一つピンときていない。
この世界のことをまだ理解できていないからだろう。
カードの出現率というのは、この世界に来て初めてカードをめくるときの確率のことだろうか。
そもそもこの世界ではどのようにカードが出現するのだろうか。
次から次に疑問が湧いてくる。頭の中はもうパンク状態だ。
「レイさんのカードを見てしまったら、もうこんな糞カードなんて用無しだな、破棄!」
ウゥランがカードを弾くような動作をすると、僕の前から〈B スキル 白昼の失せ物〉が消えた。
あれ? 変だぞ。ウゥランの手元のカード枚数が減ってない。
カードを一枚破棄したのに、表示されている枚数は変わらず七枚のままだったのだ。
「もしかしてカードって相手からは常に七枚持っているように見えるのですか?」
「ご明察。そうよ、相手からは実際に持っている枚数はわからない。ただし、持っている枚数やその種類を見破るようなスキルやスペルがあるわ。私が赤司くんの──」
「ミト!」
トリニティが一喝する。饒舌に話していた白石は慌てて口を押さえた。
「ああ、そうね……ごめんなさい」
しおらしく謝る白石。そんな白石の頭をくしゃくしゃにしながらシュワルツが笑った。
「まぁまぁトリニティ。ミトも兄ちゃんのスキルを見て、いてもたってもいられなくなったのだろう。みんな、もういいよな。文句なしだろ?」
シュワルツがメンバーを見渡し、全員が頷いたのを確認すると僕に向き直った。
「ようこそ、レッドオークへ!」
拍手喝采がわき起こった。
皆が口々に歓迎の言葉をかけてくれる。その顔は笑みに満ちていて、心から僕を歓迎してくれているようだ。
PKクランってギスギスして殺伐とした雰囲気だと勝手に想像していたが、まったく違った。かなりアットホームな雰囲気だ。
「これで兄ちゃんは文句なしにレッドオーク の一員だ。よろしくな!」
シュワルツが僕の背中をでかい手でバシバシと叩く。背中にはもう何枚もの紅葉ができているだろう。
ヒリヒリする背中をさすりながらも、はじめが肝心と思った僕は「よろしくお願いします!」と勢いよく挨拶した。
はじめが肝心と言っても、いきなりゲロをぶちまけてしまった時点で最悪の出だしだったわけだが。
「おーし! 兄ちゃんの歓迎会をしようや」
「パーティーの始まりだね!」
ウゥランがカードからジュークボックスを出して、どこかで聞いたことのあるアップテンポな洋楽をかけてくれた。酒場が一気に明るい雰囲気に包まれる。
白石とルォシーはカードから次々と豪華な料理を出していく。和洋折衷、中華、それに見たこともない料理までが所狭しとテーブルの上に並んでいく。
寿司をつまもうとしたウゥランの手をはたくルォシー。見ていて微笑ましい。
シュワルツは僕のゲロ掃除を終えたヴァンパイアに向かって酒の注文を出している。
注文を受けたヴァンパイアはバーテンダーのように手際よく、美しいカクテルのような酒を次々と作っていた。
トリニティーは特になにをするということもなく、プカプカとキセルを蒸しているだけだった。先ほど、白石を一喝したことからも、このクランで一目置かれている存在なのかもしれない。
あっという間にパーティー会場が出来上がった。
僕の目の前には真っ赤なカクテルのようなものが置かれた。
これは「ハーフブラッド」と名付けられた、ヴァンパイア界の酒を人間様にアレンジしたカクテルだそうだ。
身体中の血管に熱いエネルギーが流れるように気持ちよく酔いが回るが、いくら飲んでも体に悪影響はなく、次の日にも酒が残らないという代物らしい。
シュワルツがブーブー言うのを白石がたしなめていた。
「始めはビールで乾杯するのが礼儀だ」という古臭いしきたりに縛られている会社の飲み会とは大違いだった。
「さあ、兄ちゃんのレッドオークへの加入を祝して、乾杯だ!」
「乾杯!!」
高らかに杯を掲げる。
僕のレッドオークでのPK生活はここに始まったのだ。
僕はこの異世界でPK(殺人)をしていくことに決めた、後悔はしていない よっこ @nkb80
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