第6話 レッドオークにて①

「あ、赤司くん大丈夫?」


 白石が背中を優しくさすってくれた。

 便利な瞬間移動って言っても、現実では一筋縄ではいかないものだ。


「ガハハハハ! やはりやりよった」


 酒場のカウンターから一人の巨漢が立ち上がった。


「おい、特性ドリンクを飲ませてやれ」


 その巨漢はカウンター越しにいる色白の女性に指示をすると、のっしのっしと近づいてくる。

 まるで怪物のようなその男は僕の前で立ち止まると、ぬっと顔を覗きこんできた。


「兄ちゃん、新入りだな。魔法酔いに効くドリンク飲ませてやっから待ってろ」


 その男は赤ら顔で満面の笑みを浮かべていた。


「この大男がクランのマスターよ。マスター・シュワルツ。ロシア人なの」

「大男は余計だな。まぁこんなところで話すのもなんだ、あっちのテーブルへ行こうや」


 シュワルツは僕に肩を貸して立たせてくれ、西洋風の木製丸テーブルに誘導してくれた。

 そこへカウンター越しにいた色白の女性が飲み物ととお手拭きを持ってきた。


「す、すいません……えっ?」


 ありえないほど美形だったのだ。この世には存在しないような

 その透き通るような肌は色白を通り越して、死人のように白い。いや、死人のように白いという形容は似合わない、雪のように白いと言うべきか。

 雪のように白い女性はにっこりと笑うと、僕の口をお手拭きで優しく拭ってくれた。その手は氷のように冷たかった。


「そいつはここで働いているヴァンパイアだ。おい、そこのゲロの掃除も頼むわ」


 ヴァンパイアはこくりと頷く。こんな絶世の美女に僕のゲロを片づけさせるなんて……申し訳なさすぎる。

 掃き溜めに鶴ならぬ、溜めに鶴だ。


「あ、いいです。自分で片づけますんで」

「気にせんでええ。それよりも早うこれを飲んだほうがいいぞ、ほれ」


 シュワルツはテーブルに置かれていたジョッキを僕の前にドンと置きなおした。ジョッキにはビールを連想させる泡立った琥珀色の飲みものが入っていた。

 ……ってこんな気持ち悪いときに何を飲ませようとしてるんだ?


「見た目はまんまビールだがな、味はパッションフルーツとレモンを混ぜたようなもんだ。だまされたと思って飲んでみな、さっぱりするぞ」


 だまされたと思って飲んでみると、たしかにさっぱりした味わいだった。

 食道に流れ込んでいくのと同時に、今まで経験のしたことのない爽快感が全身を駆け巡った。クラクラしていた頭の中が一気に覚醒する。


「どうだ? 美味いだろ。二日酔いも一瞬で吹っ飛ぶぜ」

「二日酔いになるのはマスターだけでしょ。こっちの世界では身体にアルコールを残さないお酒を飲むのが主流なんだから」


 白石がすかさずツッコミを入れた。


「阿呆。そんなもの酒とは言わん。見せかけで酔ってもな──」

「まぁまぁマスター、お酒談義はそこまでにしてくださいな。せっかく新人さんが来てくれたのですから」


 酒場の奥の扉から、薄手の黒いドレスを着た妖艶な女性が現れた。


「アタシはトリニティ、よろしくねぇ」


 トリニティと名乗る女性は僕の正面の椅子に座りすらりと長い足を組むと、豊満ではち切れそうな胸元からキセルを出してふかし始めた。

 薄い紫色の髪に赤い瞳……この人もこの世のものではないような外見をしている。


「ふふふ。アタシはそのヴァンパイアと違って人間よ。出身はブルガリア」


 トリニティに見とれていた僕はハッと我にかえり、慌てて挨拶をした。


「あ、は、はじめまして。僕は赤司礼あかしれいと言います。日本人です」


 ん? 先程からずっと感じていた違和感──

 そうだ、僕はなぜ外国人と普通に話せているのだ? 


「あの、皆さん違う国出身なのに、なぜ言葉が通じるのでしょうか?」

「ミトから日本語をみっちりと教えてもらったからな、ガハハハハ」

「違うでしょ。新人をからかうのはやめてマスター。赤司くん、この世界では不思議なことに全ての言葉が通じ合うの」

「マジですか……」


 この世界では常識を捨てないといけない。改めてそう思った。


「さぁ、ウゥランにルォシー、あなたたちもそろそろ出てきて挨拶なさい」


 白石が誰もいない空間の方に声をかける。すると、景色が蜃気楼のように揺らめいたかと思うと、そこから二人の青年が現れた。

 紺色の軍服のようなもの着ている柔和そうな顔つきの少年と、花の紋様の赤いチャイナドレスを着た聡明そうな少女だった。

 二人は照れ臭そうに「こんにちは」と言って頭を下げた。


「二人は双子で、ウゥランが兄でルォシーが妹なの。15歳、中国出身よ」

「はじめまして……ってどこから現れたのですか?」

「ずっとスキルで身を隠しながらミトのそばにいました」

? ということは……」


 白石が双子の後ろに立って、二人の肩に手をかけた。


「そう、私たちは。あなたを探すために」


 僕の頭の上に疑問符が浮かんだように見えたのだろう、皆笑いだした。


「ガハハハハ! よし、ここからは俺が話をしよう。兄ちゃんの疑問に答えるには、クランのことを説明する必要があるからな。お前ら、兄ちゃんを囲んで座れや」


 皆、シュワルツに従って椅子に腰掛けていく。

 立っているのはモップでせっせと僕のゲロを掃除している美人ヴァンパイアだけだ。


「一人出かけていて全員揃ってないのだが……まぁいいだろう。改めて挨拶をしよう。俺がクランマスターのシュワルツだ」

「赤司礼です。まだこの世界に来て間も無く、右も左も分からないところを白石さんに勧誘してもら──」

「ミトの強面こわもてにやられたんだろう? このペチャパイだとそっち系の誘惑はできないだろうからな」

「ちょっと、マスター!」

「ガハハ、すまん、すまん。ミトから一通り報告はもらっている。兄ちゃん、Uクラスのカードを手に入れたんだってな」

「はい……でもどうしてそれを?」


 白石は僕がUクラスのスキルカードを手に入れたことを知っていた。

 そしてシュワルツはなんらかの方法でその情報を白石から聞いていた。この世界独特の手段があるのか、それともカードの力なのか。


「その質問に答える前に、まずは兄ちゃんがこのクランに相応しいかの確認だ。なに、心配することはない。持っているUクラスのカードを見せてくれるだけでいい」


 先ほどから僕の疑問質問がはぐらかされているような気がする。この人たち、情報管理にはかなり気を使っているようだ。

 僕は白石が言った「人前で手を晒すのは愚の骨頂だ」という言葉を思い出しながらもカードを表示させた。


「どうやって見せればいいのですか?」

「見せたいカードに触れて、「私たちに見せる」というイメージをしてみて」


 白石が目をキラキラさせながら教えてくれた。他のメンバーも一様に目を輝かせている。

 この人たちはいったい何を期待しているんだ……何かを企んでいるのだろうか? 

 しかし、ここまで来たらもう逃げも隠れもできない。僕は覚悟を決めて、言われた通りにした。


〈U スキル 盗賊王の盗み癖〉のカードが一瞬光ったかと思うと、全員の目の前に一枚のカードが表示された。

 どうやら、自分のカードは裏側からでも透けて見ることができるらしい。全員が〈U スキル 盗賊王の盗み癖〉を見ているのがわかる。


「これは──」


 一瞬にして静まり返る酒場。僕のごくりと唾を飲みこむ音だけがその静かな酒場に鳴り響いた。

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