第5話 PKクランからの勧誘

 PKクランでPKを一緒にしないかだって!?


 こいつ冗談を言っているのか。あったばかりの男に一緒にPKをしようだなんて。PKって殺人だろ?

 正直そんなアブノーマルなクランになんて入りたくない。どうせならもっとこの世界を知ったうえで自分に合ったクランを探したい。


 しかし、僕の心中とは裏腹に白石は超真剣な眼差しだ。決して冗談を言っているようには見えない。

 これは……下手なことを答えてしまうと僕がPKされかねない勢いだ。うまく対応しなくては。 

 よし、相手の考えを探りながら穏便にお断りする方向に持っていこう。あわよくば、この世界の情報も引き出せるかもしれない。


「白石さん、質問させてほしい」

「いいわよ、どうぞ」

「まず、なんで僕を誘うのかその理由を教えてほしい」

「単刀直入に言うと、あなたの手に入れたスキルが欲しいからよ」


 ちょっと待て。なぜ白石は僕がスキルを手に入れたことを知っている?

 いきなりの想定外の回答に戸惑ってしまう。


「スキル? 何のことだかわからないけど……」

「とぼけないで、Uクラスのカード手に入れたでしょ」


 Uクラスであることまでバレている。

 なぜ知っている? どうやった? どこかで僕を見ていたのか。いや、白石はあの二人を付けていたと言っていたではないか。あれは嘘か。

 背中にじとっとした嫌な汗が流れる。


「……なぜ、僕がUクラスのスキルを手に入れたことを知っている? どこかから見ていたのか」

「それを言うと、私たちのクランの手の内をばらすことになるから言えない。でもクランに入ったら教えることができるわ」

「Uクラスのカード、そんなに貴重なのか?」

「ええ、あなたの想像以上に。でもどれほど貴重かはクランに入らないと教えられない」


 くそっ、簡単には情報を提供してくれないってことか。では違う角度から攻めてみるか。

 僕はもう一つ疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「では、白石さんが丸腰だと嘘をついた理由は? あの男女の前に丸腰で出ていくのは危険だったと言っておきながら、あんな高性能な銃を持っていましたよね」

「あなたを安心させるため。初めから武器を持っていたら警戒するでしょ? でも危険だと言ったのは本当よ、あなたにこの世界の厳しさを知って欲しかったから」

「簡単に人を見殺しにしてしまい、躊躇なく人を殺してしまう一方で、僕のことは気にかけるって……」

「単純。彼らは私にとって価値がなかったので死んでもらっただけ。でもあなたは違う、価値がある」


 価値がない人間は殺され、価値がある人間は生かされる。

 白石にとって価値があるものとないもの……その分かれ目があのカード。それほどまでにあのカードに価値があるということか。

 あのカードの真価を知りたい、でもそのためにはPKクランに入らないといけない。心が揺れ動く。


「白石さんのPKクランに入るとどんなメリットがあり、どんなデメリットがあるのか教えてもらいたい」

「やっと興味を示したわね。いいわ、それなら教えてあげられる」


 白石の顔に少し笑みが戻った気がする。


「最大のメリットは希少なカードを手に入れやすくなること。それがどれだけ価値があるかはクランに入ってからのお楽しみ! あと、とても強くて頼れる仲間が増えること。私たちのクランの絆は絶対よ。それにそれに……」


 マシンガントーク。ここだけ切り取ればなんら今どきの若い女性と変わらない。

 でも一つわかったぞ。白石はクランのこととなると人が変わるようだ。

 ネットゲームの世界でPKをする人同士の絆は強いと聞いたことがあるが、この世界にもそれは通じるということか。こればかりは嘘は言ってなさそうだ。


「デメリットは?」

「常に死と隣り合わせであることね。命の奪い合いや駆け引きは日常茶飯事よ。その分、リターンは計り知れないほど大きい」


 そこまでしてどんなリターンを得ようとしているんだ? PKなんて百害あって一利なしではないのか。


「もしクランに入らないと言ったら──」


 しまった、口が滑った……

 重苦しい雰囲気が漂う。空気に強烈な重力が発生したかのようだ。


「……どうもしないわよ」


 繕った笑顔で答える白石。その目は完全に座っていた。

 そして、彼女の手にはいつのまにか切れ味鋭そうなナイフが握られていた。


 どうもしないって、嘘だろ! 断れば僕を殺すに違いない。


 やばいぞ、すぐに別の話題をふらないと。僕はとっさに浮かんだ疑問をぶつけた。


「白石さん、本当はあの二人を付けていたのではなく、僕を付けていたのではないですか?」


 白石は何らかの方法で僕のカードの内容を把握していた。

 もし、初めから尾行されていたと考えると……


 白石を見ると、無言のままナイフの刀身に映る自分の姿を覗きこんでいる。恐ろしいまでの冷ややかな表情だ。


「──だとしたら、なに?」


 白石がナイフの切っ先を僕に向けた。刀身がギラリと光る。

 

「あなたはこの世界ではいわゆる情弱。圧倒的に不利な立場に立たされていることをわかってる?」


 これは交渉ではなく完全なる脅し。初めから僕にクランに入らないという選択肢を与える気なんてこれっぽっちもなかったのだ。


 見えない万力がじわじわと僕の心臓を押し潰そうとしている。この威圧感、これが殺気というものなのか。


 ……もう無理だ。この前まで普通のサラリーマンだった僕がこんな暗殺者のような人の脅しに耐えられるわけがない。上司の説教に耐えるのとはわけが違う。


 決めた。ここは異世界だ、心機一転やってやろうじゃないか。OKPKだ!


「わかった、わかりました! 入ります」

「本当? PKする?」

「はい、PKやります」

「きゃは! やった! クラメンゲット!」


 人が変わったかのようにキャッキャと飛びはね回る白石。

 その豹変っぷりに開いた口が塞がらない僕。


 百戦錬磨のヤクザのようなギスギスしたオーラをまとい、冷徹な暗殺者のような顔で脅迫めいたことをしていた白石はどこへ行ってしまったのだ?

 僕は状況が呑みこめず、目の前で子どものようにはしゃいでいる白石をただただ見つめることしかできなかった。


「ごめん、ごめん。ちょっと怖かったかな?」


 破顔の白石はちろりと舌を出して頭を下げた。

 ちょっと怖いどころじゃない。ちびりそうなほど怖かったぞ。27年間生きてきたなかで最恐だ。

 瞬間湯沸かし器で有名な鬼部長の顔がよぎったが、あんなの足元にも及ばないほど。


「まずはクラメンを紹介するわ。アジトに行きましょ」

「アジト?」


 白石は手をかざしてカードを表示させた。


「カードは使うたびに表示させる必要はないんだけどね……まぁ今回は赤司くんに教える意味で……っと」


 独り言のように白石はつぶやきながら、一枚のカードに触れた。


「初めての場合少し酔うかもだけど、我慢してね──〈帰還 アジト〉」


 頭がくらりとしたかと思うと、飛行機がエアポケットに突っ込んで内臓が置き去りにされたときのような感覚になった。

 気がつくと、僕はレトロな西洋の酒場のような場所に立っていた。

 視界と思考が一致しない。メチャクチャ気持ち悪い。


「我がPKクラン、『レッドオーク』へようこそ」

「お、オゲェェェ」


 白石が意気揚々と言うそばで、僕は我慢できずに胃の中のものをぶちまけてしまった。

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