第4話 異世界の片鱗、洗礼

人殺しPK??」

「そう、人殺しPK


 氷の微笑が小悪魔の微笑に変わったような気がした。


 PKってオンラインゲームの世界の言葉だ。

 プレイヤーを意図的に攻撃したり殺害する行為をプレイヤーキリングPlayer Killing、そういった行為をするプレイヤーをプレイヤーキラーPlayer Killerといい、その頭文字をとってPKと呼ばれる。

 システムやルールでは正当に認められているものだが、相応のペナルティを課せられることが多く、また日本ではそういった行為をするプレイヤーは忌み嫌われるのでその存在はごく少数と言われている。


「言っていることがわからないのですが……」

「あら、あなたは興味を示してくれると思ったのだけど。まだピンとこないのかしら」


 白石は人差し指の先を唇に当て妖艶な眼差しを送ってくる。


「この世界のこと少し教えてあげる。付いてきて」


 そう言って黒いフードを深々とかぶると、すくっと立ち上がった。


「こっちよ、もう始まりそうだから急ぎましょ」

「わかりました」


 何のことを言っているのかわからないが、僕はこの世界をもっと知りたいと思い、白石に付いていくことにした。

 この不思議で魅惑的な美女、白石美登みとに興味を持ったのも僕の背中を押している理由でもあるが。


 白石は僕がさきほどまでうろついていた森の中へ入っていった。森の障害物を軽やかな身のこなしで難なく乗り越えていく。

 僕はそんな白石を懸命に追いかけた。


 急に視界が開けて、広い盆地のような場所に出た。

 盆地の中央に人が集まっているのが見える。老若男女、合わせて十数名程度か。


「人間がいる」

「ええ。それよりも盆地の向こう側をよく見て。あれ──」


 白石が指をさした方向をよく見てみると、が大勢いるのがわかった。

 木陰からじっと息を潜めて盆地にいる人間たちをうかがっているように見える。

 あの雰囲気、なにか不気味な感じがする。


「見える?」

「はい、かろうじて。人間のように見えますが……何か違う。原住民でしょうか」


 目をよく凝らしてみるが、よくわからない。

 あんな遠いところにいる存在をみつけてしまうなんて、この女性かなり目がいい。


「よく見えますね」

「まぁね。今度はあの人間たち見て」


 人間たちはリーダー格の人間を取り囲んで何やら会話をしているように見える。

 それぞれが自分のカードを出しているようだ。

 どうやら僕と同じ、突然この異世界に送り込まれた境遇の人たちらしい。


「カードの情報を交換しているようですね」

「愚の骨頂よ、自分の手のうちを見せてどうする気かしら?」


 白石はちらっと僕を見ると、また視線を盆地にいる人間たちに戻した。

 たしかに、白石の言うとおりかもしれない。

 ただ、このような環境で仲間に出会ったら……ほとんどの人間はつるんであのような行動をとってしまうだろう。


「動いたわ」


 盆地の向こう側にいた原住民のような奴らが何かを放った。


 ──矢だ。


 盆地のくぼみ部分にいる人間たちに向かって無数の矢が放たれている。

 悲鳴と怒号が飛び交う。

 人間の悲鳴を合図にしたかのように、原住民の奴らは盆地の傾斜部分を滑り降りていった。

 徐々に明らかになるその姿。

 僕が原住民だと思っていた奴らの正体は、薄緑色の肌をした小学生ほどの背丈の小鬼だった。


「鬼!?」

「ゴブリンよ。フォレストゴブリン」

「え? ゴブリンって……あの?」


 ゴブリンってファンタジーの世界で出てくるあいつ? 

 スライムがいたから、まぁいてもおかしくないのだが。


「この世界に元々いるクリーチャーよ。赤司くんの言う、原住民という表現もあながち間違ってないわね」


 盆地に降り立ったフォレストゴブリンたち。

 その数、軽く百は超えていそうだ。人間に比べゴブリンの数の方が圧倒的に多い。

 ゴブリンたちは嬉々として変な雄叫びをあげると、ナイフやナタのようなもので見境なしに人間を切り刻んでいった。


 盆地があっという間に赤く染まった。


「白石さん……やばいですよ」

「やばいわね。あいつら殺した人間の耳を削いで集め回ってる。悪趣味」

「そこですか?」


 人が大勢死んでしまったというのに……この白石という女性、何かずれている気がする。


 リーダー格の男が生き残っている二人の女性を後ろへ匿いながら後ずさりをしている。

 ふいにリーダー格の男がカードに手をかざした。


「さて、何が出るかしら」


 白石の横顔を見ると、微笑んでいた。この状況を楽しんでいるように見える。


 リーダー格の男の前に突然、人間の数倍もの大きさの黒い竜が現れた。

 ゴツゴツとした岩のような肌には溶岩のような色の亀裂が走っている。まるで火口部のマグマを見ているようだった。

 黒い巨竜が炎のよだれを垂らしながら凄まじい咆哮をあげると、周りにいたフォレストゴブリンたちは恐れおののき、たじろいだ。


「あれ……成長性のAクラスかな?」


 白石がひとりごちた。カードのクラスのことを言っているのだろうか。


 リーダー格の男がフォレストゴブリンたちの方を指さしてなにやら指示を出している。すると、黒い巨竜は大きな口を開き、大量の真っ赤な炎を吐いた。

 灼熱の炎の海に飲み込まれるフォレストゴブリンたち。ほんの数秒で半分くらいが黒焦げになってしまった。

 今度はフォレストゴブリンが逃げ惑う立場になる。黒い竜の召喚で一気に形勢が逆転したようだ。


「バレットでいいかな。〈スナイパーライフル バレットM82〉」


 白石の手から突然、いかついスナイパーライフルが出現した。

 おいおい、まじかよ。それ、軍人が使うやつじゃないのか? あんた、さっき丸腰とか言ってなかったか。


「見てて、赤司あかしくん」


 見ててって……あんたいったいそれで何をする気だ?

 白石はライフルの銃床部にあるついたてを組み立て、地面にセットした。

 腹ばいに寝そべると、スコープで覗きながら銃口を彼らの方に向けた。そして、「よし」と言うと躊躇なく引き金を引いた。

 バシュッという音がしたかと思うと、盆地にいたリーダー格の男がばたりと倒れた。

 男が倒れるのと同時に、炎を吐いていた黒い竜は煙のように消えてしまった。


「命中」


 えっ? 狙ったのはリーダー格の男だったのか。フォレストゴブリンじゃないの?

 残された女二人は何が起こったのかわからずオロオロするだけだった。

 生き残ったフォレストゴブリンたちがその二人を取り囲む。そして、二人の服をひん剥き、縄で縛ろうとしている。

 白石は二人には目もくれず、僕に向かってカードを投げるような仕草をした。


「赤司くん、はいこれプレゼント。あの男が持っていたカードよ」


 突然目の前に二枚のカードが現れた。

 それぞれ〈A クリーチャー ブラックドラゴン幼生〉、〈C 食料9〉のカード。

 ブラックドラゴン幼生のカードには、リーダー格の男が召喚したのと同じ黒い竜の絵が描かれている。


〈A クリーチャー ブラックドラゴン幼生〉

 強力な炎のブレスを吐くブラックドラゴンの幼生。

 非常に頑丈で多くの耐性を持つ。

 気性が荒く獰猛どうもうだが、主人には忠実に従う。

 成長すると空を飛ぶことが可能。

「空に黒い影が現れたとき、そこは灼熱の地獄となるだろう」


 食料のカードは僕が持っているものと同じものだ。


「ええと、どうすれば?」

「安全と判断したのなら、その二枚に触れて受け取る意思を示せばいいわ」

「安全と判断したら?」

「この世界にはトラップカードというものがあって……それはまた説明する。これは安全だからとにかく受け取って」


 何が何だかわからない僕は、言われるがままに二枚のカードに触れて受け取る意思を示した。

 すると、目の前のカードは光の粒になって消えてしまった。


「今度はあなたのカードを出してみて。大丈夫、なにもしないから。ほら」


 白石は手をかざして自分の七枚のカードを出してみせた。

 こちらから見ると、真っ黒のカードが七枚見えるだけだ。

 僕も白石と同じように手を右から左にかざしてカードを七枚表示させた。


 先ほど受け取ったブラックドラゴンのカードが僕のコレクションに加わっていた。

 食料のカードは残量が11から20に増えていた。同じカードはこのように一枚に集約されるのだろう。


「だいたい流れがわかったかな? さて、これで私の講義はおしまい。ここからはあなたとの交渉よ」


 僕を射抜くような鋭い眼光。場が一瞬にして凍りついたような感じがした。


「ねぇ、私のクランで一緒にPKしようよ」

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