第3話 異世界のスライムと謎の女
先の尖った一メートルくらいの棒を拾い、草木をなぎ払いながら進んでいった。
日本のどこにでもあるような森。見たことがあるような、ないような小動物たち。似たような景色が延々と続く。
森を歩いているだけなら、ここは本当に異世界なんだろうかと疑ってしまうほど。
僕はそんな森の中をあてもなくさまよい続けた。
巨木のところから一時間ほど歩いたころだろうか、景色に変化がでてきた。木の間隔がまばらになって大きな岩が増えてきたのだ。
突然、岩の向こうから男女の話し声が聞こえた。日本語だ。
「ほら、あれスライムじゃん? きもーい!」
「ラノベとかアニメで最初に現れる雑魚だよ、楽勝楽勝」
岩間からそっと声のする方を覗いてみると、大学生ぐらいの年代の男女が武器を持って構えているのが見えた。
男性は巨大な剣、女性は日本刀を持っている。
彼らの目線の先には大人の大きさほどある半透明のジェルのような化け物がいた。体内で臓器なようなものが蠢いているのが見える。
あれがスライムか。本物って想像していた以上にグロテスクで気持ち悪い。
僕はすぐに声をかけずに、しばらく彼らの様子を見ることにした。
スライムはウニョウニョと様々な形に変形しながら二人の方へ近づいている。スライムが通った跡は粘液でぬかるみができていた。
「こいつ倒したらテケテケテッテテーンってレベルが上がるんじゃね?」
「あはは、まじぃ? 早く倒してよ!」
男性の方が「まかせとけ」と巨大な剣を振りかぶってスライムに切りかかった。
一刀両断!
と、思いきやスライムのネバネバの体に巨大な剣をからみ取られてしまった。
「アキラ、何やってんの。ダサーい」
「うっせ!」
男性が巨大な剣をスライムから引き抜こうとするも、まったく抜ける気配がない。男性の顔に怒りがこみ上げている。
「こいつ、スライムのくせに。うぜぇ! ミカ、それで斬り刻んでくれ」
「オッケー」
「うわっ俺の剣溶けてるじゃねぇか、くそ。ミカ早く!」
男性の声に焦りがにじんでいる。
女性がへっぴり腰でスライムに斬りかかるが、日本刀も同じようにスライムにからみ取られてしまった。
「あーん全然斬れないよぅ」
「なんだよお前もか──」
その時、急にスライムが男性の方に覆いかぶさった。男性は頭からすっぽりとスライムに飲み込まれてしまった。
「ガボ、ガボボボボボボボッ」
「アキラ!」
スライムの中で溺れる男性。スライムの粘度が強いのか、暴れようとしても身動きが取れないようだ。
「いやああああああああ、誰かアキラを助けてぇぇぇ!」
男性の顔がみるみるうちに紫色になっていく。
やばい! あいつマジで溺れ死ぬぞ。どうしたらいい?
僕が女性に声をかけようとしたとき、突然何者かに後ろから口を塞がれた。
「シッ、静かに」
振り向こうとすると、がっちりと両手を後ろ手にロックされた。
緊張で心拍数が加速度的に上がっていく。
「騒がなければ危害は加えない。わかったらゆっくりと二度頷いて」
僕の耳元でささやく何者か。女性の声だ。
どうする? 力では勝てるかもしれないが……立場は圧倒的に僕の方が不利。ここは大人しく従う方が良さそうだ。
僕は言われた通りゆっくりと二度と頷いた。するとその何者かはすんなりと離してくれた。
振り向くとそこに立っていたのは、黒いマントとフードで全身を包んだ謎の女性だった。フードを深くかぶっているので、顔ははっきりと見えない。
その謎の女性は唇に人差し指をあて小声で「音を立てないで」と言った。
「きゃあああああああぁぁもももぁがボボ!」
スライムと日本刀で戦っていた女性の悲鳴。見ると、その女性もスライムの体内に取り込まれていた。
「危険よ、助けるのはあきらめなさい」
謎の女性は小声で言った。僕はどうしていいかわからず、ただその場に立ち尽くすだけだった。
「物分かりがいいわね」
物分かりがいい?
違う。僕は──ただ単に臆病なだけだ。
ふと、スライムの中の女性と目があったような気がした。必死に「助けて」と訴えているように見える。
そんな目で見ないでくれ。そこにいっても僕は何もできない。どうしようもないんだ。
スライムの粘液の牢獄に閉じ込められてしまった二人。
男性の方はスライムの中で溶けかかっていた。皮膚が剥がれ、骨が見えている。スライムが彼の血で染まっていく。
スライムってこんなに強かったか? たしか、こういった異世界では最弱の存在だったはず。よくある都合の良い設定ばかりの異世界とは違うのか。
そんなことを考えている間にスライムが真っ赤になって、中の二人は見えなくなってしまっていた。おそらくもう死んでいるのだろう。
生まれて初めて人が死ぬのを見た。
人が死ぬってこんなにもあっけないものなのだろうか?
こんなふうに見ていられるものなのだろうか?
死を目の当たりにしても想像していたような恐怖はなかった。
どちらかというと「死」という非日常の入り口に興味がわいている自分がいるような気がした。
「──こっち来て」
謎の女性は岩陰に隠れながら音を立てないように後退していく。
僕も彼女の真似をしながらスライムから離れた。
スライムから五十メートルほど離れたところまで来ると、謎の女性は立ち止まった。
そして近くにあった倒木に腰掛けると、僕にも向かいの岩に座るように促してきた。
僕が岩に座ると同時に、謎の女性はかぶっていたフードを脱いだ。
「私、
フードの下から現れたのは整った目鼻立ちの美しい女性だった。少し切れ長の目だがそれが逆に凛とした雰囲気を漂わせている。
覗くすらりとした手足、白い肌が素朴な女性の美しさを感じさせる。
僕は姿勢を正して深々と頭を下げた。
「
「よろしく。ふふっあなた……人が二人も死んだのにひょうひょうとしてるわね」
図星だ。心の中を見透かされたみたいだった。
「……すいません」
「ううん、いいの。あの二人は助からなかった。あそこで飛び出してたらあなたも死んでたかもしれない」
白石の言う通りだ。僕にあのスライムは倒せなかっただろう。つまり、白石は命の恩人だ。
「白石さんも偶然あそこに?」
「いいえ。私はずっとあの二人の後をつけてたの」
「え? どうしてあの二人と一緒に行動しなかったのですか?」
白石は目に入りそうになった前髪を耳にかけると、僕の目をじっと見つめる。
「普通ならこの世界で出会った仲間同士──」
「赤司くん、いい? あの二人は武器を持っていた。そこに丸腰の私が出ていくのがどれだけ危険かわかるよね」
「ええ、たしかに危険かもしれませんが……同じ人間ですし」
「常識を捨てろ──あなたも聞いたでしょ?」
あの頭の中に話しかけてきた男の言葉が蘇る。
──生き抜くためにはまず常識を捨てろ
「私はこの世界でもう一年近くもサバイバルしてる。前の世界の常識に縛られていたらとっくに死んでいるわ」
え? 僕よりも先にこの異世界に来ていただって? 皆来たばかりじゃなかったのか?
「見知らぬ人間を信用してはならない。覚えておいて」
「なら、なぜ僕を……」
突然、白石が氷のような冷たい微笑を浮かべた。
「赤司くん、あなた
──生き抜くためにはまず常識を捨てろ
その言葉が念仏のように頭の中をループする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます