第2話 異世界で授かった特殊な力

 森がいっせいにざわめき始めた。葉が擦れ合う音や動物の鳴き声が聞こえる。

 知らない男の声が聞こえなくなると同時に止まっていた時が動き出したかのようだった。


 さて、まずは落ち着いて状況を整理してみよう。


 僕は生きている。身体もまぁ五体満足だ。

 記憶もある。でもなぜか直前の記憶だけがはっきりしない。つまりなぜここにいるかがわからない。

 声の主を信用するのであれば、ここは異世界。

 この異世界を生き抜くのに役立つかもしれない特殊な力というのが、目の前に表示されている七つの金色に縁取られた長方形。

 そして元の世界に戻る方法もある……ようだ。


 今僕にできることといえば、この拡張現実ARのように長方形を調べることだよな。


 横一列に並んだ七つの長方形。

 手のひらほどのサイズで、金色に縁取られたカードのように見える。

 左の三枚のカードだけがキラキラと光っている。残りの四枚は向こう側が透けて見える。


 一番左にあるカードに触れてみると、変な音と共にくるくると回転し始めた。

 二秒ほどで回転は止まった。止まったカードを見ると、美味そうなご馳走の絵が描かれ、なにやら説明も書かれていた。


〈C 食料12〉

 好みの食料を召喚可能。

 グレードにより、質と量が変化する。

「いつでもどこでもピクニック気分」


 途端に腹が鳴る。身体は正直にエネルギーを欲しているようだ。

 よし、早速試してやろうじゃないか。

 僕は〈C 食料12〉のカードに触れて、「使用」と言ってみた。


「うぉう!」


 思わず変な声を出してしまった。

 木製のテーブルと椅子が瞬時にして現れたのだ。

 テーブルの上にはカレーライス、色とりどりの野菜のサラダ、水の入ったピッチャー、コップ、フォークにスプーンが整然と置かれている。


 声の主が言っていた「常識を捨てろ」という言葉が頭をよぎる。

 どういうからくりなのかわからないが、本物の食料が瞬時にして現れたのだ。


 間違いない、。受け入れざるを得ない。


 カレーライスのスパイシーな香りが食欲をそそり、唾液を大量に発生させる。

 僕は椅子に腰掛け、恐る恐るカレーライスを口に含んでみた。


「……美味い」


 本物だ。好物のポークカレーだ。僕が今まさしく食べたかったもの。

 この肩ブロック肉の食感、なんとも言えない。サラダも水も同様、美味い。

 ガツガツと胃袋の中にかきこんでいった。


 これぞ地球の味。日本の味。ああ、五臓六腑にしみわたる。

 異世界の大自然の中でのピクニックもまんざらでもないなと、こんな時なのに一人感心する自分がいる。


 一服したところで、他のカードについても調べてみることにした。

 ふと、さきほど使用した食料のカードに目をやると表示が〈C 食料11〉となっていた。


 12から11に減った。つまりこの数は使用限度数ということか。

 食料が無尽蔵ではないということに一抹の不安を覚える。


 残り二枚……この世界で生き残るために役に立つものが入っていてほしい。

 ど◯でもドアみたいな便利な道具はでてこないのだろうか? 

 異世界から脱出できるような道具がいきなり出るなんてこと……ないよな。


 そんな都合の良いことを考えながら左から二番目のカードに触れる。

 初期カードの内容はデフォルトで決まっているのかもしれないが、否が応でも期待してしまう。

 二枚目のカードも一枚目同様にくるくると回転を始め、ピタリと止まる。


 血まみれのナイフをくわえている生首の絵が描かれていた。


〈A 道具 アサシンナイフ〉

 人を切れば切るほどその切れ味が増す殺人専用のナイフ。

 使用者の気配を消すことができる。

 使用者に相手の急所を知らせる機能がある。

 犠牲者の呪いに取り憑かれる。

「ようこそ、甘美な殺人の世界へ」


 は!? 殺人専用のナイフ? 

 てっきりサバイバル関連のものがでると思っていたのだが……

 もしかしてサバイバルナイフのように使えたりするのか?

 説明に「犠牲者の呪いに取り憑かれる」と書いてあるけど、これってカードから出しても平気なのだろうか? 

 うーむ……わからない。どうも危険な香りがする。とりあえずこれは後回しだな。


 嫌なもの、怖いものを後回しにするのが僕の性格だ。

 上司から「仕事を締め切りギリギリまで放置する悪い癖を治せ」とよく言われているがなかなか治せない。

 まぁ後になってからやる必要がなくなったってこともよくあるし、焦る必要はない。

「全体俯瞰のための戦略的後回し」だと自分に言い聞かせる。


「さて残るはあと一枚か……」


 このカードで僕の運命が決まるかもしれないと考えるとドキドキしてきた。

 水を飲み心を落ち着かせると、意を決して最後の一枚に触れた。

 カードが勢いよく回り出す。


 うん? カードの回転がやけに早いな。

 違和感を感じつつも、カードの回転が止まるのを待った。


「あれ? なんだこれ、はずれか? 裏向きで止まってしまったぞ」


 カードの裏は無地の黒色だった。

 よく見ると、カードがブルブルと小刻みに動いている。

 これってパチスロなどでよくある、当たりが出た時のエフェクトみたいだな。

 もしかしたらと、小刻みに震えているカードにもう一度触れてみた。カードがグググっと力強くひっくり返る。


「これは!?」


 カードの縁にダイヤモンドのような宝石が散りばめられていて、美しく輝いている。

 食料、アサシンナイフのカードと明らかに異なる質感。

 カードにはスリが貴婦人から宝石を盗もうとしている瞬間の絵が描かれていた。


〈U スキル 盗賊王の盗み癖〉

 他プレーヤーの持つカードを盗むことができる。

 相手がカードを使用する瞬間のみ発動可能。

 ただし、発動の際にあなたの姿を見られてはいけない。

「本当に盗みたいのは人の心、それ以外は盗み飽きた」


 このエフェクト、この豪華な質感、そして他のプレイヤーのカードを盗むという能力。

 これは素人でも文句なしに当たりだとわかる。耳の後ろがゾクゾクして鳥肌が立った。


 今までのカードの頭についているアルファベットがレア度だとしたら、C、B、Aの順にレア度が高くなっていくのだろう。

 UはAの上に来るのだろうか? かなり希少なカードなのかもしれない。

 これってもしかして出だし絶好調ってこと? ゲームの世界でいうリセマラ大成功みたいな。リセットなんてないけど。 

 僕は一人ニヤニヤしてしまった。


 でも待てよ……一度でも使うと無くなってしまうなんてことはないよな?

 せっかくの希少なカードなのに、使い方を失敗してカードが消滅──なんてことは絶対避けたい。

 情報がない中でむやみに使うのはやめておこう。

 結局、僕は〈アサシンナイフ〉も〈盗賊王の盗み癖〉も今は使わないことに決めた。


 ところでこのカード、視界から消すことはできるんだよな?

 感覚的に手を動かしてみる。手をかざしてさっと左から右に流す動かすと、カードがすっと視界から消えた。

 もう一度手をかざして同じように動かすとカードが現れる。


「なるほど、タブレットを操作するような感覚か、おもしろいな」


 一人つぶやきながら、カード画面の操作を繰り返してみる。



 さて、これからどうするか。まずはこの世界の情報収集からか。

 先ほどの声の主の話からすると、僕以外にも人間──プレイヤーがいるように思える。

 他のプレイヤーを探すことから始めてみよう。


 僕はコップに残っていた水をすべて飲み干すと、森の中の道無き道に足を踏み入れた。

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