第2話「路上ひとりナンパ」の宇宙【2】

事実である。

名前や勤務先など出せるはずもないが、できるだけ忠実に語ってみたい。


私は、4月のとある日の夕方、新宿の路上にいた。

突然、時間ができて、テアトル新宿で『アデル、ブルーは熱い色』というフランス映画を観た。

主人公の女ふたりが絡みまくるエロ芸術映画。

劇場に「女ひとり客」が多いのが気になっていた。

「こいつらは何をしている人なんだろう」

単純にそう思った。

正確にいうと単館系の映画を観るたびにそう思っていた。


映画が終わり、とぼとぼとJR新宿駅に向かっていると、

映画館で斜め前に座っていた女が前を歩いていた。


真っ黒なロングヘア、白いブラウスにネイビーのひざ丈スカート、地味な黒い革靴。

右手にベージュのセンスゼロな革バッグ、

左手に『世界堂』の大きなビニール袋を提げていた。

身長は150センチくらい、ぽっちゃりめの幼児体型。

上京したての美大生だろうか……。


私は欲情した。

しかも激しく。

そして、自分でも驚くほど自然に声をかけた。


「あの、さっき『アデル』観てました?」

振り返ると予想以上に地味な顔をした女が怪訝そうな表情を浮かべている。


「あの、もし時間あったら、さっきの映画について話をしませんか? なんか、どんな人があの映画観てるのか興味あって……。僕は映画のライターとかしているもんで(ウソ)」


赤面していたと思う。口もうまく回らない。

「時間ないんで」

地味な女は無表情のまま言った。

「あ、そうですか。でも、20分くらいでいいから話しません?」

乗りかかった舟である。

ただで引き下がるわけにはいかない。

「映画のライターって、どんなこと書くんですか?」

まさかの反応。


「あ、えっとまあ公開作品のレビューとか。最近はWEBが多いね(ウソ)」

「面白そうですね」

「そうだね、わりと。でも、ギャラは安いけどね。どう、10分でもいいし」

「10分で何話すんですか(微笑)、ちょっとならいいですよ」

「(グゲ、マジで?)ホント? あ、お酒とか好き?」

「飲まないです」

「そうなんだ。じゃ、スタバ行こうか」

そして、私たちは新宿南口界隈のスタバに入った。

地味な女は、キャラメルフラペチーノを頼んだ。


今思えば、よく声をかけたもんだと思う。

やってみればわかるが、日が高いうちから、

ひとりで女に声をかけるなんて行為はシラフのマトモな大人がやるもんじゃないだろう。

日常的にひとりナンパをしている達人もいるとは思うが、

凡人にとっては、あり得ない高みへの跳躍である。

しかし、私はその日、遙かなる高峰をなぜか軽々と乗り越えた。


女の名前は、カオリ。

ボソリボソリと聞きにくい声で話した。

美大を卒業し、派遣の事務仕事を始めたばかり。

就活をしたが、内定をもらえず、仕方なく今の仕事をしている。

週末は、美大時代の仲間と一緒に借りているアトリエで、

なにか大きなオブジェのような作品をつくっている。

フランス映画が好きで、単館公開の作品ばかり観ている。


これだけいうと盛り上がっているようにも見えるだろうが、

実際はマトモなキャッチボールが成り立たない。

ひとつ質問をするとひとつだけシンプルなボールが返ってくる。

これじゃ面接も落ちるだろう。

接客も無理だろうな……という感じ。

スタバの一画が、荒廃した砂漠のようになっていく。

私がライターの仕事をしていること(本当)などを話してもまったく興味ない模様。


だんだん目の前の不機嫌そうな地味女と話している意味を見失いかける。

すでにスタバに来た時点で、どこか達成感を感じていた自分もいた。


本当に20分ほどで、スタバを出ただろうか。

最後に一応、メアドを聞き、「今度はご飯に行こう」というと

女は「はい」と言って去っていった。


まー、こんなもんだろう。

どこか吹っ切れた私は、その日、新宿で別の女にも声をかけた。

ひとりで歩いている地味な女。それも3人。

そこで感じたのは、意外に完全無視はされないということ。

心のどこかにスキがあるのが、素人目にもわかる。

ただ、いい線まで行ったが、その後、スタバにたどり着くことはなかった。


もしや、あれはあれで「脈あり」だったのか……。

その夜、地味な女カオリにメールをした。

「来週、晩ご飯食べる時間ない?」


そして、私は「路上ひとりナンパ」というクリエイティブなスポーツによって、

手の届く場所にある「果てしない宇宙」の存在を知ることになる。


(つづく)

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「路上ひとりナンパ」の宇宙 高橋アンテナ @antenna_tkhs

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