未来

36 終わりと始まり

 時間は過ぎ、夕陽があたりを赤く染めたころ、集めた枝は炭となった。

 火は消え、濡れていた服も大方乾いている。


「それじゃ、出口とやらに行こうか。ここで野宿も嫌でしょ?」

「嫌です! 虫でそう……」


 俊の提案に、速水がすぐに反応して立ち上がった。

 夜になれば、肌寒くなるし、ミノタウロスの苦い思い出もある。できることなら、ここからすぐ出て行きたい。


「あ、片瀬サン? 俺らこれでここから出られるんでしょ? この後どーなるんすか?」


 ふとした疑問だったのだろう。終わるなら終わるでいいのだが、その後何かあるのか知りたかった鳴海が、黙っていた片瀬に聞く。


「知らないか? 更生が終わったらどうなるのか」

「そりゃ知るわけねえよ」

「……更生が終わったら、更生が始まる」


 片瀬がニヤッとしながら言うので、嫌な予感がした。


 ゲートへ向かうという案には速水以外も賛成のようで、乾かしていた服を着ながら立ち上がり、出口へと向かった。カードを持っていない片瀬も、このまま湖にとどまる理由もないので、俊達の後方から続く。

 一度白雪に連れられて、出口となっているゲートへは向かっている。なので、湖から向かうのに迷うことはなかった。



「おっつかれさまでーす!」


 ゲートの前で、白雪が元気に待ち構えていた。

 白雪の隣には、ニコニコとした瑞樹も並んでいる。

 柳や他の人達はどこかへ行ってしまったようだ。代わりに腰に剣を装備した人が背筋を伸ばして立っている。


「お疲れさま、俊くん」


 瑞樹は再度、俊の腕をつかんだ。


「何か、お前……ひいきじゃね?」

「何? 嫉妬? 僕は俊くんにしかしないよ?」

「ケッコウデス」


 瑞樹の俊ばかりひいきする行動を鳴海があきれるように指摘する。それはわざとやっているのだと言わんばかりに、俊の腕をつかんだままだ。


「まあまあ。寂しいなら私がやってあげるー!」


 白雪は鳴海の腕を抱くようにつかむ。

 腕から伝わる柔らかい感触に、鳴海の顔は真っ赤になっていく。

 その反応を見て面白かったのか、白雪はもっと胸に腕を密着させた。

 速水は俊、鳴海を交互に見ては口元を隠して顔を赤くする。

 一方で、一番幼い佐伯の表情は無だった。


「いい加減にしろ」

「いてっ!」


 黙っていた片瀬が、白雪の頭をたたいた。

 すると白雪はスッと鳴海から離れる。


「もーう。冗談だってば。それじゃ、コードを見せて」


 いつの間にか瑞樹も離れていた。

 俊はポケットから、三枚のカードを。佐伯も一枚のカードを白雪に渡す。


「はい、確認しましたー! じゃ、待ち望んだ世界に帰ろうか」


 白雪がどうぞ、と大きな木の穴へと手を向ける。

 その穴の先は、紫にゆがんでおり、入っていくのに勇気が必要だ。

 誰も足が進まず、躊躇していると、瑞樹が動いた。


「行くよっ! 大丈夫だって!」


 瑞樹は俊の手を引き、怪しい穴へと進んで行く。

 とっさに俊は、隣にいた速水の腕をつかんだ。そして速水も佐伯を、佐伯は鳴海の腕を引く。

 ずるずると全員が穴の中へと吸い込まれていった。



 一瞬だけ、頭がクラッとしたがすぐにおさまり、視界が晴れた。

 出た先は、知らない家の中。

 ログハウスのような木の家。窓際には体格のよい男が黙ってまっすぐ立っていた。


「ほら、ついた!」


 瑞樹に手を引かれて建物の外へ出る。

 すると、真っ赤な夕陽が俊達を照らした。

 アナザーとはどこか違う空気が懐かしくて、俊は大きく息を吸った。




 アナザーから戻った日は、そのまま解散となった。

 俊も疲れていた。懐かしの家に戻り、使い慣れた布団で深い睡眠をとった。


 ――ピンポーン。

 部屋のインターホンが鳴る。


 ――ピンポーン。ピンポーン。

 まだまだ寝ていたい俊は、インターホンを無視するように、毛布で体を覆った。わずかでも音をさえぎるために。


 ――ピンポーン、ピンポーン。ピンポーン。

 しつこい音だが、無視し続ければ去っていくだろう。しかしそうはならなかった。


「おっはようごっざいますー!」


 聞きなれた明るい声。

 部屋の鍵はしっかりと閉めたはずだ。しかし、扉を開ける音が聞こえ、バッと起き上がった。


「あ、やっぱりいたいた。おはっよう!」


 部屋に入ってきたのは、どこかの高校の制服を着た白雪だった。

 ここら辺では見かけない制服であるとともに、高校生であったのかと驚きを隠せない。それ以上に驚きなのは、鍵を閉めたはずなのに部屋に入ってきたことだ。


「ほら、今日はおじいちゃんと一緒に病院行くよー。着替えて、着替えて」

「え? なんでうちに? てかどうやって入った?」

「ふふふっ。秘密!」


 アナザーへ連れていかれるときもそうだった。鍵を閉めても、家の中に侵入される。特異省の人は皆そのような技術を持っているのかと考えると、恐ろしくなった。

 白雪にせかされて、寝間着から制服へと着替えた。普段着る服もろくに持っていないため、何も考えなくてもいい制服にしたのだ。


「じゃ、行こっか」


 外の階段下には、黒い車が止まっていた。

 その車に乗るように言われ、乗り込むと、柳が悠々と座っていた。そして、片瀬がハンドルと握っている。


「病院、行こうかの」


 言われるがまま、車は病院へと向かった。

 そしてたどり着いたのは、とある病室。

 俊はもうしばらくの間、ここへは来ていない。というより、来たくなかった。

 扉に手をかけるも、その手は震えていた。


「大丈夫」


 白雪が俊の手の上に自分の手を重ね、ノックもせずに扉を開けた。


「か、あさん……」


 ベッドに座っていたのは母だった。

 何度も見た眠った姿ではなく、体を起こしており、その瞳は俊を映している。


「俊……立派になったわね」


 ベッドサイドに駆け寄り、母の手を取る。

 確かなそのぬくもりに涙がこぼれた。


「随分寝ていたようじゃの」

「あら、柳の旦那さん。お久しぶりです」


 スタスタと病室に入った柳と、俊の母は知り合いのようだった。


「あなたがここにいるということは、俊は話を聞いているのですね」

「聞いてはいるだろうが、理解しているとは思えんがな」

「わかってるって。母さんは本当の母さんじゃなくて、俺もアナザーで生まれたって。そういうことでしょ?」


 こぼれる涙をふき取り、柳の顔を見る。


「あら」

「なにさ?」

「すごく理解力のある子になったのねえ」

「馬鹿にすんなっ!」


 母がどれだけ俊を馬鹿にしていたのか。部屋は和やかな雰囲気に包まれる。


「まあ、そういうことじゃ。後々、本当の母親については聞くといい。今日はこの後も予定が詰まってるから行くぞ」

「え、ちょっ、ま」


 柳に服を引かれ、外へと連れていかれて再び車で移動することとなった。



 次に向かったのは大きなビルだ。

 誘導されるまま向かった部屋は、会議室だった。

 その部屋には、一日ぶりに見る顔が並ぶ。


「お、来た来た」

「お疲れ様です」

「どうも」


 鳴海、速水、佐伯が席についたまま挨拶をする。

 俊も軽く頭を下げて、指示された場所へ座った。

 そして間もなく、別の人物が部屋にやってきた。


「みなさん、こんにちは」


 前に立ち、口を開いたのは白い軍服姿の瑞樹だった。


「挨拶しろってうるさいもんね。もういいや。みなさんがここに呼ばれた理由を説明します」


 手元の資料に目を向け、棒読みながらも読み上げていく。


「一応更生が終わったみなさん。今後ここへ、つまり特異省で勤務してもらいます。学生のうちは非常勤という形でもできますし、卒業してからでもいいです。勤務場所については、特異省もしくはアナザー。これはこちらで決めます。質問ないなら終わりです」


 つらつらと述べて、去っていこうとする瑞樹。

 片瀬が言っていた「更生が終わったら、更生が始まる」というのはこういうことかとここで分かった。

 去っていく瑞樹に食って掛かったのは、鳴海だった。


「ちょっと待てよ。結局更生って何だったんだよ?」


 そこかよ、というような顔をした瑞樹だったが、足を止めて答える。


「鳴海透、速水優、佐伯一。この三人は、圧倒的に協調性に欠けていると判断された。まあ、俊くんは別枠だから秘密で」

「出たよ、ひいき……」

「なんとでもいいなよ」


 瑞樹はニコニコしている。

 鳴海は瑞樹の言葉で納得したのか、席に座りなおした。


「質問ないなら帰るねー。あ、これは俊くんに」


 俊の前に置いたのは名刺だった。

 そこには名前とアナザー所属の他、アドレスが書かれている。


「僕の秘密の連絡先。何かあったらそこに連絡して」

「あ、うん」


 過去と違って積極的になった瑞樹に戸惑う俊。その様子がおかしかったのか、瑞樹はクスクスと笑いながら部屋から出て行った。


「まあ、お前ら全員更生は終了だ。今までと変わったと我々は判断した。今後は俺の指示に従ってもらう。異議あるものは? なければ解散」


 片瀬、柳も部屋から出て行った。

 すると白雪が俊の前に、スマホを出した。


「連絡先! 教えて!」

「俺も俺も」

「私も……」

「じゃあ僕も」


 残った全員が連絡先を交換する。

 母しか連絡先として登録されていなかった電話帳が、急に豊かになった。それが嬉しくて、俊の口角が上がる。

 ポカンと空いていた心の穴が、優しく満ちていくように感じた。




 孤立していた少年は、アナザーへ行ったことで変わった。

 周りを思いやり、共に考えて、行動できる仲間ができた。

 たとえ今後道を間違えたとしても、それを教えてくれる仲間がいれば、正しい道へと進むことができる。

 期待と希望に満ちた未来が、少年を待っている。



 病院内で、片瀬の訪問以降、誰も来てくれないことに涙を流していた金井がいた事は、誰にも知られていないらしい。


 ――おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素行不良の少年は、異世界で更生する 夏木 @0_AR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ