《第三話》間違いなく男

 入学式からしばらくたち、やっと教科書を使った授業が始まる。

 やっぱり最初の授業は読み方や欠席を確認するために呼名が行われる。

そして、そんな授業の三限目。


「えっと、さ、さかせ……酒瀬川、ひつじちゃん?可愛い名前だね」


 世界史のオバさん地味た先生が宵月さんの方を見てにっこり笑う。

まるで笑いを堪えられない様に俯き肩を震わせる陽介と、意気揚々と「はい!」と答える宵月さん。僕は盛大にため息をつき、手を挙げ立ち上がる。


「せんせー、それ僕です。あとヒツジじゃなくてヨウって読みます」


 この説明も、流れも、三回目だ。面倒なのこの上ない。クラス中に笑いが起きる。これを毎時間やるのかと思うと気が重くなる。

宵月さんがノリノリだから更に訂正しづらい。


「あらそーだったの、ごめんなさいね」


 おばさん先生は僕の目を見て、びっくりしたような表情になる。それも、三回目。


「ずいぶんガタイがいいのね〜、間違えちゃってごめんなさいね。ガタイが分かってれば絶対間違えないわ」


 それも、三回目。やっぱり身長が高い=ガタイがいい、のだろうか。ありえない。

 おばさん先生は何事もなかったかのように次の人に進む。憂鬱でしかない。


「まぁまぁー!そんな落ち込まないで」


「誰のせいだと思ってるんですかね」


「やぁ〜アキちゃんも面白いね〜」


「ガチでやめて、訂正する身にもなってほしーよね」


 宵月さんと陽介があははっと笑いあう。陽介はいつのまにか「アキちゃん」と呼んでいて、それなりに仲がいいらしい。その中に僕も含まれてあるのが不思議だけどね。


「はい、じゃあ一通り確認し終えたから、最初は授業のノートの取り方から__」


 そうして、授業が始まった。



「まさか本当にひつじって読まれることあるんだね〜」


「ね!しかも私だと思うんだね!」


「ほんと嫌だけどね」


 授業も終わり、今は三限と四限の間の休み時間だ。僕はため息をつき、グッと顔をしかめる。こんな馬鹿みたいなやつと一緒にされるなんて、僕の格が落ちてしまう。


 しかしまぁ、こんな話をしていては次の授業に遅れてしまうので、話題を変える。


「次って化学だっけ」


「そーだよ!なんだっけ、化学実験室みたいなところだよね」


「あ、僕ちょっと用事があるから、二人で先行ってて。」


 二人か。と少しだけ顔を強張らせる。高校生だからそれなりの思春期的発想はあるわけで、僕じゃなくて、周りが僕らをどう見るか。安易に想像できた。


 ふと宵月さんを見ると、あまり気にしていないらしく、りょー、とだけ言って教科書を取り出していた。


 僕が意識しすぎているだけなのか?


「酒瀬川くん、いこー」


「ああ、うん」


 相手が気にしていないことを僕が過剰に気にするのもあれなので、僕は抵抗せず一緒に行くことにする。


 確か特別棟の一階だよねー、と宵月さんが先導してくれるので、僕は少し後ろをついていく。


「あ、ライン交換しようよ!」


「あー、そーだね」


 僕は流されるようにラインを交換してしまう。


 確かに宵月さんはいい人だし、多分特別な意識はないんだろう。しかし女子ということもあって、こんな簡単に仲よさそうな雰囲気になってしまっていいのだろうか。


 僕は気になっていたことを聞く。


「ねぇ、女子で友達作らないの」


 ぴた、と宵月さんの足が止まる。僕はぶつかりそうになりながらも一応止まる。


 もしかして、触れてはいけない話題だったのかも。


 怒らせてしまったのか、悲しませてしまったのか、どういう感情が渦巻いているのか後ろにいる僕には分からなかった。


 ただでさえ小さい背が、いつも以上に小さく見える。


「__宵月さん?」


「ああ、うん、もちろん作るよ!」


 作らないわけないじゃん!と、まるでさっきの影もなく明るく答える。いつも通りのテンションだった。


 じゃあさっきの間はなんだったの。


 そんなことは聞けず、僕は適当な相槌を打って済ませた。

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僕は素直になれなくても彼女は素直すぎる ぱーぽーいえろピンク @tsukasa7222

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