《第一話》まともな僕

「やー、あはは、ごめーんなさーい」


 入学式からやらかしてくれた彼女は、運の悪いことに__というか当たり前まであるけれど__担任に怒られている。


そして遅刻しなかった僕らは、担任が彼女にばかり構うので、唯一のホームルームの時間を持て余していた。


「隣の席だね、よろしく。」


 僕があまりにも暇そうにペン回しをしていると、隣の席の子が話しかけてきた。


 男子にしては少し長めの髪の、切れ長な三白眼が特徴的な人だった。僕は見た目で判断するわけじゃないので、フレンドリーに応えようと善処する。


「ああ、よろしく。」


「身長高いねー、名前なんていうの?」


「僕は酒瀬川 羊。ひつじって書いてようって読む」


「変わった名前だね、女の子みたい」


 隣の席の彼は何かがツボにハマったのか、「身長たけー」「ようくんか」をしきりに繰り返していた。どちらも、言われ慣れた言葉だ。


「よろしく、ようくん。僕はたちばな 優介ゆうすけ。普通の漢字だよ。」


 彼は面白そうに目を細めて笑う。何が面白いのかさっぱり理解できないけど、まぁ楽しそうなら何より。


「うん、よろしく。優介」


 僕らが自己紹介を終える頃には、宵月さんも叱られ終えていたようだ。少しのダメージも受けていない、というような足取りで自席へ向かっていた。


 僕の高校は、今時古い誕生日順の出席番号になっている。だから苗字の頭文字が「よ」と「さ」でも前後になってしまうわけで。


「よろしく、えっと、酒瀬川くん?」


「合ってるよ。よろしくね」


 後ろの席だからか案の定話しかけられてしまう。まぁ冷たくあしらうわけにもいかないので、大人しく答えることにする。


 初日で遅刻をしてきて、さらに制服はもう既に着崩している。第一ボタンも開けているし、ネクタイだってゆるい。その上ジャケットの前ボタンもしめず、華美と表現されるであろう赤のリボンの髪ゴムでツインテールしている。正直、関わりたくないと思った。


 しかしまぁ、それを口に出さないのがマナーってものなのだろう。僕は大人しく口を閉ざした。



「えー、イレギュラーもありましたが、とりあえずは自己紹介をしていきたいと思います。初対面の人もいるだろうから、名前と出身中学校、呼んでほしいあだ名、趣味、一言、あと決まっていれば部活くらいは言ってもらおうかな」


 じゃあまずは私から、と言って担任は自己紹介をする。僕の出席番号は18番なので、どちらかというとに前の方程度だ。まぁ前の人の真似をすればいいので、簡単だろう。


 幸いな方に僕は緊張しないタイプなので、まぁ特に何も考えず前の人たちの自己紹介を聞く。


 そうこうしている間に僕の前の人が教壇へ上がるので、真面目に聞くことにする。


 そうする予定だったが、あいにく僕の前の席の人は変わっていたようで。参考にはならないだろうなーと勝手に落胆する。


「東海中学からきました、宵月朱威です!アキって呼んでください。趣味は遊ぶこと話すこと、部活は吹部予定です。一年間よろしくお願いします!」


 文豪的な言い方なら、花が咲いたような。僕が思いついた言い方なら、犬のような。そんな笑顔で話し合えた宵月さんは、深々と頭を下げ、すこし急ぎ足で自席へ戻る。


 変わってる、というのは僕の偏見だったようで、あだ名以外はまともなことにすこし驚く。意識を改めなければ。


 宵月さんが自席に戻るや否や急かすので、とりあえず席を立ち教壇へ上がる。


「えー、八田中学からきました、酒瀬川羊です。ひつじって読まないです。趣味は特にありません。部活も入る気ありません。話しかけられたら返事はすると思います。よろしくお願いします」


 出来るだけ簡潔に、を目標に言葉を並べる。とりあえず、言いたいことは言えたので軽く頭を下げ立ち去る。

何人かが笑っているのが腑に落ちないが、まぁ僕としてはうまくできたってところだと思う。


 まぁ初日から顔と名前を覚えることなんて不可能なので、皆さんの自己紹介は軽く聞き流すことにする。

 そういって適当に過ごしていると、ホームルームが終わってしまった。



「羊くん、面白いねー」


 配布物が配られ終え、それらをリュックにどうにか詰め込もうとしていた時、またもや優介に話しかけられる。


「よく言われるよ」


「まさか自己紹介であんなこと言うなんてね」


「あんなことって?」


「ひつじじゃないです、って。羊って感じしないもん君。どっちかって言うと狼だよ」


 確かにね!と前の席から野次が飛んでくる。イキがいいね、と陽介が笑う。どうにもついていけないね、と僕が付け足す。


「あの言葉はもう僕の自己紹介の常套句みたいなものだから、いーんだよ」


「ひつじって読まれることあるの?」


「多々ね。第一、あれ言わなかったら宵月さんとかひつじって呼んでたでしょ」


 えっ!?そんなわけ!そんな声が遠くから聞こえてくる。

一体どこにいるのかと声の方を見てみると、どうやら僕らの席とは遠く離れたロッカーのところにいるらしい。


 まさかあんな遠くにいるとは。前の席にいると思って話していたのに、これだけ離れてても聞こえてるの、強いね。そんなことを優介と話していた。


「ってか、羊くんとか大きすぎて宵月さん見えないでしょ」


「うん、移動してるの気付かなかった」


 なにそれ!ひど!とまた遠くから声が聞こえてくる。ほんと地獄耳だね、と笑った。


「ほらー、時間だぞ、ショートホームルーム始めるから座れー」


 その担任の言葉を合図に、僕らは席に着いた。

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