本山らののラノベ読書会

キム

本山らののラノベ読書会

「なあ、今日も神社に行かないか?」

「オッケー! じゃあ帰ってランドセルを置いたら神社に集合だね!」

「あ、私も行きたーい!」

「あたしもー」

 一日の授業が終わり、途端に賑やかになる小学校。

 そんな、どこにでもあるような教室の片隅で、放課後に遊ぶ約束が交わされていた。


 言い出しっぺの少年は、家に着くや否やランドセルを玄関に放り投げ、台所にいるであろう母親に向かって叫ぶ。

「ただいまー! 神社行ってくるー!」

「ちょっと待ちなさい! 本山さんのところに行くならこれを持っていってあげて」

 そう言いながら台所から顔を出した母親が手に持っていたのは、平皿にいくつも乗せられたいなり寿司だった。

 全てが手作りで、これから少年がお世話になる人の大好物だ。

「はーい! じゃあ行ってきまーす!」

「夕焼け小焼けが鳴ったら帰ってくるのよ」

「わかってるー」

 本当に分かっているのか、と母親が心配するが、それでもいつもちゃんと帰ってきているから何も言わずに息子を見送った。


 少年が神社に着くと、先ほど約束を交わした友人らは既に神社に集まっていた。

「おそいぞ!」

 待たされていた男の子が腕を組みながら足をパタパタとさせている。

「わりいわりい、これ持っていけって母ちゃんがさ……」

「あ、お稲荷さんだ!」

「らのお姉ちゃんが好きなんだよねー」

 いなり寿司がこれから会う人の好物であることは、ここにいる誰もが知っていることだ。

 全員が集まったところで、境内の奥にある平屋へと足を運ぶ。

「今日はどんなお話だろうな?」

「この前のやつは面白かったよね。僕、お母さんに頼んで買ってもらっちゃった」

「私はちょっと怖いのは好きじゃなかったかも」

「あたしもー」

 わいわいと賑やかに話していると、あっという間に平屋に着いた。

「よし、皆いいか? いくぞ。せーのっ」


「「「らのお姉ちゃーん」」」


 四人で声を合わせて、いつものように呼ぶ。

 しばらくすると呼びかけに応じるようにたたたっと廊下を走る足音が聞こえ、待ってましたと言わんばかりに勢いよく引き戸ががらがらがらっと引かれた。


「はーいっ! らのお姉ちゃんだよ〜〜〜! わあ、今日は四人もいらっしゃいましたか! ささっ、どうぞ上がってください」


 果たして現れたのは、大きな丸眼鏡をかけ、肩と太ももを大胆に露出した和装の美少女だった。

 彼女こそ、ここ羅野らの神社に住まう女学生、本山らのである。

「あの、お姉ちゃん! これっ、母ちゃ……お母さんがお姉ちゃんに持ってけって」

 いなり寿司を持たされた少年は、我こそ先にという思いで本山に話しかける。

「わわっ、お稲荷さんですね! いつもいつもありがとうございます! 美味しいんですよねえ、お稲荷さん。あっ、私は一度台所の方に行くので、皆さんはいつもの部屋に上がっててください」

「はーい、お邪魔しまーす」

「まーす!」

 本山に続き、子供達が元気に挨拶をしながら家に上がる。


 子供達は何度も本山の家に来ているため、案内などなくても本山の部屋に辿り着いた。

「いつ見てもお姉ちゃんの部屋ってすげーな」

「うん。これだけの本に囲まれて生活してるんだよね」

「私だったら目が回っちゃうなあ」

「あたしもー。でも、好きなものに囲まれて暮らすのって、すっごく幸せそう。あたしも部屋にお人形さんが沢山あるけど、とっても幸せだもん」

 八畳ほどの広さを持つ和室の中心には大きな木彫りのテーブルが一つあり、壁際には数百冊、あるいは千にもおよぶ本が棚に納められていた。

 子供達が本の量に圧倒されていると、台所にいなり寿司を置いてきた本山が部屋に入ってくる。

「お待たせしました。さて、今日はどんなお話にしましょうか」

 本山がテーブルを挟んで子供達の向かい側に座り、四人に尋ねる。

「冒険!」

「ロボットが出てくるのがいい!」

「ちょっと男子ー! たまには別のにしようよお。恋のお話とかいいんじゃない?」

「あたしはミステリーがいいなー」

 それぞれが自分の好きな物語を口にする。

 子供達に任せると何も決まらずに日が暮れてしまうことは過去の経験からも分かっているため、提案されたものの中から本山が独断で決める。

「じゃあ今日は恋のお話にしましょうか。冒険やロボット、ミステリーはまたにしましょう」

「ちぇっ! なんでえ! オレは冒険ものが聞きたかったのに!」

 少年がふて腐れたように言うと、隣の座っている女の子が怒り気味に言う。

「そんなに聞きたくないなら、お家に帰ればいいんじゃない?」

「えっ、あっ、いや。そ、そんなことないから! お姉ちゃんのお話、オレ大好きだし」

 少年は慌てながらにそう言うと、ちらりと本山の表情をうかがう。

「ふふっ、そう言って頂けると嬉しいですねえ。さて、どれにしますか」

 本山は微笑みながら立ち上がり、本棚に納められている本の背表紙を指でなぞりながら一冊一冊を確認していく。

 しばらくして選ばれたのは、彼女が記憶している限りここにいる子供達にはまだ一度も読み聞かせたことのない一冊だった。

「お待たせしました。それでは、本日の朗読を始めたいと思います」

「よっしゃ! 待ってました!」

「ちょっと、静かにしてよ」

 女の子が注意すると、部屋は先ほどまでの賑わいが嘘のように静寂に包まれる。

 ぺらりと紙をめくる音がひとつ。

 それは物語が始まる音でもある。

 もう何度も読んだこの物語の冒頭部分を、本山は本を見なくても言える程度には覚えていた。


「これは、ひとりの少年が、偶然図書館で出会った女の子に恋をするお話です」


 少年らは主人公に自分を重ね、少女らはこれから起こる出会いの物語に胸をときめかせる。

 こうして今日も、本山らののラノベ読書会が始まった。


 * * *


 このような読書会が開かれるきっかけとなったのは、半年ほど前のこと。

 本山らのが本殿の石段に座り込んでライトノベルを読んでいるときのことだった。

 学校帰りに境内で鬼ごっこをしていた子供達のひとりが、彼女に話しかけた。

「お姉ちゃん、何やってるの?」

 読書を中断させられたことに本山は嫌な顔ひとつせず、少年の質問に答える。

「ライトノベルを読んでいるのです」

「らいとのべる?」

「えっと、定義は難しいのですが……私が今読んでいるこれは、勇者が冒険するお話が書かれている小説ですね」

「冒険!? オレ、冒険好き! お姉ちゃん、読んで読んで!」


 本山はライトノベルを読むのも好きだが、ライトノベルを多くの人に布教したいと常日頃から考えていた。

 これは少年にライトノベルを布教するチャンスなのでは? という考えももちろんあったが、純粋に自分が好きな本を他の人にも好きになってもらいたいという気持ちもあり、少年の希望に応じることにした。

 その翌日、少年がクラスの友人を呼び、後に「本山らののラノベ読書会」と呼ばれる会が誕生したのだった。

 基本的にこの集まりは本山の部屋で行われるが、クラスの約半数が来たときには、青空教室よろしく屋外で朗読が行われたりもした。

 あるときは子供達の親まで聞きに来ることがあった。流石にこれには本山も驚きと緊張を隠せず、何度もつっかえながら朗読した。

 不審者だなんだと騒がれている昨今だが、子供達の親は様々な理由で本山のこの活動を認めていた。

 曰く、

『放課後の子供達の面倒を見てくれるので、ママ友とゆっくりお茶ができる』

『本を読んでもらうことで、日常生活では身に付かないような語彙や知識を学んできていることを感じる』

『私が好きなあの作品を推している人なら全面的に信頼できる』

 などなど。

 こうして本山の存在と活動は、地域全域とまではいかなくともそれなりに広まり認められているのだった。

 そして今日もラノベ読書会が開かれた。


 * * *


「――やがて少年と少女は互いに見つめ合い、長い長い接吻をした。それは――」

「ねえ、お姉ちゃん。『せっぷん』ってなあに?」

 少年からの質問に、本山の朗読が中断される。

 本から顔を上げると、どうやら四人とも接吻の意味が理解できていない様子だった。

「えーっと、接吻というのはですね。キスのことです」

「んー? 『きす』って?」

「ばかっ、アンタ……!」

 さらに質問を重ねた少年だったが、彼以外の三人はキスの意味を知っているようで、顔を赤くして俯いていた。

「キスとは……ちゅー、です」

 本山が口をすぼめながら言うと、少年もようやく意味がわかったようだった。

「あっ、ちゅー…ちゅー、か。キス、せっぷん……」

 自分がどのような質問をしていたのか気づき、今度は四人揃って顔が真っ赤になって下を向いていた。

 それ故に、このとき本山の眼鏡が一瞬だけ光ったことには誰も気づかなかった。

 本山は読んでいた本に栞を挟んで閉じる。

 そして子供達を揶揄からかうように言った。


「キス、してみますか?」


 ばっ! と音が聞こえるほどの勢いで四人が顔を上げる。

「えっ、キスするって」

「えっ、僕、えっ?」

「らのお姉ちゃん、それって……!」

「そういうのは、好きな人とするものだってママが言ってたよー」

 一気に賑やかになった子供達を余所よそに、本山はにやっと笑いながら唇に指をあてる。

 そして――


「ちゅっ」


 と言いながら、何かを投げるように唇から指を離す。

「これはというものです。アイドルさんがよくやったりしますね」

 その説明に、子供達はぽかんとしていた。

「あ、ああ。キスってそういう。僕てっきり……」

「そ、そうよね。投げキッスもキスのひとつよね」

「みんな大好きーってやつだよねー」

 各々の緊張が解けていく中、今しがたキスの意味を知った少年は一人固まっていた。

(オレ、オレ、お姉ちゃんにちゅー……されちゃった!)

 頭の中がぐるぐると回り、今にも顔から火を吹きそうなほど真っ赤になっていた。

 そのとき。

 外から夕焼け小焼けのメロディが聞こえてきた。

「はい、じゃあ今日はここまでですね。続きはまた今度にしましょう」

「はーい、じゃあ帰るかー」


 本山が玄関まで子供達を見送り、別れの挨拶をする。

「それでは皆さん、さよならのー」

「「「さよならのー!」」」

 帰りも元気な挨拶をして、子供達が家を出ていこうとする。

「あっ、そうだ。お稲荷さんのお皿をお返ししなくちゃ。取ってくるのでちょっと待っててくださいね」

「あ、うん……」

 皿を受け取るために呼び止められた少年は、先程の投げキッスの衝撃から未だに立ち直れていなかった。

「僕は先に帰るからね」

「私も。おなかすいちゃった」

「帰らないとママに怒られるからー」

 そう言って少年を一人残し、三人は帰っていった。

 しばらくして本山がお皿を持ってきた。

「お稲荷さん、ありがとうございました。お母様にもよろしくお伝え下さい」

「あ、うん……」

 少年は放心したまま皿を受け取る。

 その様子を見た本山は、少しばかり悪戯心が芽生えた。

「ねね、ちょっといいですか?」

「……?」

 本山が腰をかがめながら手招きをするものだから、少年は何も考えずに本山に近づく。

 そして――


 ちゅっ


 今度のキスは音もなく、指で投げることもなく、唇と額が触れ合った。

「皆には内緒ですよ?」

 彼女は微笑んで、しーっと言いながら人差し指を自分の唇に当てた。


 少年は狐につままれたように表情が固まり、それから数日の間、この日の出来事が頭から離れずに悶え続けた。

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