Estate, ti ho preso per mano, quell'estate.

由野 瑠璃絵

il fuggitivo

sangue……イタリアが懐かしい。

すべての芸術が正しく評価され、批判を浴び、死ぬよりも苦しい表現ができた、あの国に戻りたい。


僕は血を流しながら思った。

特別とは、僕にとってはいらない。

僕は追いかけられながら思った。

もう死んだほうが楽かもしれない。


「君…………」

脇腹にはナイフで刺された痕。流れる血を見て近づいてくるのは、きっと味方ではない。


「助けてあげる」


そこまでだ。僕の頭に血があったのは。






目が開いた。それだけだ。

光を感じない……暖色のライトだ。

この部屋は暖色のライトに包まれている。


「気がついたね?」


優しい声……アルトとソプラノの間。男性。

僕はふかふかの布団を感じて、そして声の方を見る。

ライトが彼の後ろにあって、逆光で顔は見えない。椅子に深く腰掛けている。


「医者に行ったほうがいいと思ったけどね、勝手に傷が治っていくもんだから、驚いたよ」

「……僕は、僕を助けたあなたに驚きだ」

「はは!だろうね。僕も、なんで君を持ち帰ってきたのか、よくわからない」

「食い物にしますか?」


あんな状態の僕を拾うんだから、まともな人間だとは期待できない。


「どうしようかな……」

「…………」

「しばらくは、様子を見ようか」


その言葉に、僕は心底安堵した。


何もされないとわかったからではなく、声が優しかったからだ。なんだか彼の声は不思議だった。僕の頭がオカシイのかもしれない。えらくソフトな声に聞こえる。


「何が食べたい?傷はもう治ってたよ。感じ方はどう?」

「あ……いや、食べ物は今、食べる気にならない」

僕は吸血鬼なのだ。人間の食べ物は、食べられない。

「そう。でも少しでも食べたほうが……」

そこで彼は、少しハッと、息を呑んだ。

「そうだ、よね。傷が勝手に治るんだもの。人間じゃ、ないよね?」

当たり前です。


「じゃあ、君はなにか?別の生き物だっていうのかい?施設で研究されてる新しいタイプの人間とか?もしくは……」

「いえ、そんなものではないんです」

「はっきりさせてくれよ。それで君を追い出すか、まだここに入れてるか決めなきゃいけない」

「それは……言いたくない」

「なら出てってもらうよ」

「……中世のお話を知ってる?」

「?」

「中世には様々な生き物がいたんだ。人の形をした、別の生き物。人間の中で恐れられてるけど、時々恋愛小説になったりする」

「なんだい?それ」

「……血を飲むんです。僕、吸血鬼なんです」


僕がそう言うと、彼はじっと僕を見た。

視界はまだぼやけている……しかし、彼が近づいてきているのは、わかる。

眼の前で僕を見つめた顔は、えらく端正だ。

茶色の瞳が、僕を見つめた。


「じゃあ、僕の血を飲むの?」

「いえ、今はその元気が出ません」

「元気が出たら飲むの?」

「いや、助けてもらってそれはないでしょう」

「飲みなよ」

「えっ、?」

「飲まれても平気だよ、僕」

「……あなたも吸血鬼になりたいの?」

「とにかく、平気なんだよ。君は吸血鬼。食べ物は血。それを飲まないと死ぬ。なら、飲ませる以外に君を助ける手段はないよね?」


そう笑顔で尋ねてくる彼は、有無を言わせない感じ。

彼は腕まくりをした。キレイに筋の通った、柔らかそうな筋肉。ああ…………!


「ほら、かじりな。好きなだけ飲みなよ」


その欲望に、僕は勝てない!


「っ……!!」


優しく噛む余裕はない。なにせ、僕は出血で死にそうだ。血が喉を通る。乾きが失せ、目に輝きが戻ってきた。視界のぼやけ、かすみが晴れ、部屋がよく見える。呼吸の質が戻り、匂いを深くまで感じられる。

その時、気づく。


この血は、普通ではない。


「うわっ、なに、これ?」

腕から口を離した。

ベッドの上には、水がこぼれて……その水には銀箔が浮かんでいて…。

「あなたのこの血…!?」

「飲んで」

彼が、彼自身の腕に噛み付いた。


大きく吸い上げ、僕の頭を両手で掴み、無理矢理に僕の口に血を入れた。

逆らえない、その旨さに。


彼も逃げているのだ。特別な血を持つ吸血鬼。



まさに、僕と同じように。

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Estate, ti ho preso per mano, quell'estate. 由野 瑠璃絵 @Hukunokahori

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