家路
ごっ、という鈍い音と同時に頭に衝撃が来た。
美雪はぶつけたところに思わず手をやる。いつの間にか車内で寝てしまっていたようだ。窓ガラスにぶつかってしまったらしい。
「ご乗車ありがとうございます。間もなく南台到着です」
電車にアナウンスが響く。自分の降りる駅だ。
カバンを持ち、席を立つ。途中でかなりの乗客がおりたのか、元々空いていた車内はがらがらになっている。
電車が止まり、使い慣れたホームにおりる。むっとする熱気に包まれるが、車内の冷房で体が冷え切っていたのでその暑さがほっとする。
アブラゼミのじーじーと鳴く不協和音が響いていた。
冷たい腕をさすりながら、不思議に思う。
堤防であんなに暑い思いをしていたはずなのに、なぜこんなに冷え切っているのだろうと。何気なく視線を落とすと、腕時計が目に留まった。
時刻は十三時を少し回ったところ。
それは、美雪が学校からここまで寄り道をせずにまっすぐ帰ってこないとあり得ない時間だ。
電池切れだろうか、とカバンからスマホを出してロック画面を見る。日付は土曜日の今日を示し、デジタルで13:04と表示されている。
あの駅は、公園は、堤防は――出会った少年は、白昼夢だったのだろうか?
少年が抱きしめてくれた最後の感覚はまだ生々しく残っているのに。
ただひとつ確かに言えるのは、美雪はあの少年に名前を教えていないということ。
のろのろと改札を通り、北口を出る。
真上から焦げそうなほどの熱量で日が降ってくる。
駅へ続く大通りに植えられた楓の並木が申し訳程度に影を落としていた。やはり影は、黒く、濃いけれど。
美雪の家へ向かう足が速まっていく。
早くユウに会いに行こう。さようならと、たくさんのありがとうを伝えよう。
絶対にまた、どうにもならないくらいに泣いてしまうと思うけれど。
今ならきっと、正しく悲しむことができるから。
[終]
夏の輝き 中村未来 @NakamuraMirai
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