風の記憶

金魚姫

風の記憶

「光あれ」

 第一日目。偉大なる神によって天と地が生まれ、そこに光があり、それをよしとした。神は光と闇を分け、光を昼、闇を夜とお呼びになった。

「水の中に大空あれ。水と水を分けよ」

 第二日目。大空の上と下に水が分けられた。

「天の下の水は一つのところに集まれ。かわいたところが現れよ」

 第三日目。大空の下の水が集まり海となって、かわいたところが陸地となった。陸地には植物が芽生えた。

「天の大空に光るものがあって昼と夜を分け、日や年のしるしとなれ」

 第四日目。昼を司る太陽と夜を司る月、夜を輝かせる星が生まれた。世界には四季が出来、私はその時に生まれた。

「生き物は水の中に群がれ。鳥は地の上、大空の面を飛べ」

 第五日目。私の目の前で水中に魚が、空に鳥が創造され、それらは繁殖した。

「血はそれぞれの生き物を生み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ」

 第六日目。陸の動物が創造され、そして人間の男女を創られた。私はそれを見ていた。

 第七日目。そうしてご自身の仕事を終えた神は休息に入られた。



 私は第四日目に生まれた。そして生まれてから私を縛るものは何もなかった。私のからだは偉大な世界の全体に巡り巡った。私は永遠の時をめぐることをも出来た。私は始まりの男女が神の怒りに触れる瞬間を見た。彼らは神の造られた楽園から追放された。私は世界中に吹き荒れ、そのことを世の隅々に伝えた。

 私は始まりの男女から人間が地上に増える様を見守っていた。人間は瞬く間に地に増えていった。

 私は変わらず世界中にあった。私は時に人々の願いをからだに乗せ、運んだ。人は遠くにいる想い人に言葉を届けようとした時、私を利用して届けようとした。私はその願いを叶えた。

 神の息子が天に上る瞬間も、私は見た。神の息子によって流された血によって神と新たな契約が結ばれたことを世界に風潮するため、私は吹き荒れた。

 私は世界のあらゆるところに在り、あらゆる場所に行けたので、私ほど世界を知っている者はいなかった。海は広かったが陸には上がれなかったので、陸の世界を知らなかった。天は世界を見渡すことは出来ても地や海に近づくことは出来なかった。陸は海に入れなかったので海の世界を知らなかった。しかし私はどこにでも行けた。時には花のにおいを空高くに舞い上がらせ、海の上をなぞり、魚たちに花のにおいを届けた。

 私はある時、地に増え、広がった人々が私と同じ場所にいることに気が付いた。私は自由に世界中のあらゆる場所に行くことが出来たが、彼らは天を飛んで世界中に行くことが出来るようになっていた。

 私は嬉しくなった。今まで世界には私と同じように自由に世界をめぐることの出来る者はいなかったが、これで彼らと世界の広さとすばらしさについて存分に語らうことが出来るようになると思ったのだ。第四日目に生まれた時から遥かな時が過ぎていた。

 しかし私は彼らが空から光の塊を落とすの見た。光の塊が天と地の中ほどではじけると、私のからだはちりぢりになって、体験したことのないほどの熱を、舞い上がった砂と共にあらゆる場所に運んだ。

 多くの人が私の燃えるようなからだに触れ、苦しんで死んでいった。多くの人が私のからだが運んだ肉の焼ける臭いにもだえ苦しんだ。

 私が彼らと世界の広さとすばらしさを語らうことはなかった。私はこの燃えるような熱と焼けるような臭いをからだに乗せ、山を越え、海を越え、彼らの国へと届けた。

 果たしてその国の人々のどれほどが、私のからだに宿った熱と臭いを理解したかは分からなかった。世界中のあらゆることを知っていると信じていた私は、彼らの中に私の言葉を理解できる人々がいないことをその時、初めて知ったのだった。



 私は全てが通い合っていたかつての楽園を夢見て、世界中を巡っている。未だに、私の言葉を理解できる者は誰もいなかった。

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風の記憶 金魚姫 @kingyohime1998

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