Ingrowth story のためのノート

 起承転結のある物語ではなく、断片的なエピソードを脈絡もなく繋げていって、世界を描くという形であれば書くことができそうだなと思いました。

 そんなことを思っていたある日、「こんな時代に子供を産もうとするなんて」という文章が目に入りました。その瞬間、頭の中に「孕み屋を呼べ」という言葉が浮かんだのです。

 そこから、孕み屋という仕事が存在する世界というのが頭の中で広がっていきました。最初に考えたのは男と女のほかにもう一つ別の性が存在する世界というものです。三つの性が一つにならないと子孫を残す事ができないという世界でした。まったく架空の生き物にするのではなく、三番目の性があるだけでそれ以外は人間と同じとすれば描写も楽だろうと安易に考えていました。なにしろ、個々のエピソードに対しても起承転結すら考えるつもりもなかったくらいで、例えば管鰻という魚を使った通信手段とかそういった変な設定を考えては、世界の一部に組み込んでいったのです。

 とそこまでは良かったのですが、じゃあこの世界の登場人物たちは人なのか、と疑問に思ったところから苦難の始まりです。

 登場人物たちには三つの性があるわけですから人とは違うだろうということで、だったら人という言葉は存在しないだろうなと考えました。かといって人という言葉に変わる別の言葉を作ってそれを人という意味で使ってしまうと説明が面倒です。だったら人という言葉は使わなければいいや、とそうしたのですが、それって人という文字を含んだ言葉も使うことができないということでした。

 人という言葉を使わないというのは想像以上に面倒で、まず、何人という言葉が使えないので人数を描写するのを止めました。人がいいとか、いい人、あるいは悪人という言葉も使うことができません。

 その他に男女という言葉も使うことができません。なぜかというと三つの性別があるという設定なので、男と女のほかにもう一つの性別を表す言葉を考えなければいけないわけです。でもどんなに頑張っても男と女の他にもう一つの性別を意味する言葉を作ると不自然になってしまいます。だったら男女もなくして最初から三つの性別を表す言葉を考えたほうがましです。

 男女が使えないとなると兄弟姉妹も使うことができません。使えない以上、兄弟という概念もなくしてしまうしかなく、そうなると弟子という言葉も使うことができません。そこまでいくと親子も捨ててしまったほうがよくなってきてしまいます。

 親はともかく子は使ってもいいかなとも思ったのですが、思い切って使うのを止めました。代わりに「ややこ」あるいは「やや」という言葉を使っています。

 この世界の文化的な側面も考えなければいけないのですが、そこはとりあえず江戸時代後期と同じくらいの文化と技術レベルということにしてあります。本来ならばそういった部分も描写するべきなのですが、登場人物達がどういう服装をしていて町並みがどういう感じなのかといった部分を描くのは難しいので止めました。なんとなく江戸時代っぽさを感じて読んでもらえたらうまくいったかなという感じです。

 そんなふうにどんどんと使うことができない言葉が増えていきます。たとえば、馬鹿という言葉を使いたかったのですが、果たしてこの世界に馬はいるのか、と考えてしまうのです。馬くらいならばいてもいいけれども流石に鹿はいないだろう。となると馬鹿という言葉も使うことができません。

 野郎という言葉も使いたかったのですが、これも男に対して使う言葉になるのであきらめました。

 厳密に言えば、にんべんの含まれる漢字も使うべきではないのですが、そこまで制約してしまうとひらがなだけで書くしかなくなってしまうのでさすがにそれは諦めました。


 さて、物語を書くという以前にそんな制約を設けてしまったわけですが、「孕み屋を呼べ」という言葉から三つの性別を持つ人々の世界というアイデアが浮かんだは良いものの、困ったことに、というかそれしか考えていないのであたりまえですが、そこから後が続きません。

 とりあえず、孕み屋を呼ばなければいけないので、どういう方法で呼ぶのか考えました。

 この世界の技術レベルは江戸時代後期ぐらいというイメージでしたので、スマホを使うという方法など取ることができません。主人公たちは旅の途中ですから、近くに町があるわけでもありません。とりあえず川が近くにあるだろうと考えたところで管鰻というイメージが浮かび上がってきました。鮭などは産卵の時期になると自分の生まれた場所まで戻ってきます。それを利用して通信手段ができそうだと考えたのです。というわけで最初の話は管鰻の生態を書くことでなんとかなりました。

 技術レベルが江戸時代といいますと、作中で「一時的」という言葉を登場人物が使います。この言葉を使うべきかも悩みました。しかし、類似の言葉でちょうどよい言葉が見つからなかったことと、この世界では時間を計るのに定時法を使っているという設定なので、まあいいかということでそのままにしてあります。

 一話ができたものの次の話はどうしようかと考えたところ、一つのエピソードを複数の人物の視点で描くことをすればなんとかなるんじゃないかと思いつきました。ということで次の話では孕み屋を呼ぶことを指示した人物の視点で描きます。ここでようやく三つの性別のことについて触れることができましたが、詳しく描いていたら話としてのテンポが崩れてしまうので全ては書きません。管鰻に続いて変な生物を登場させたくなったので胎樹というものを登場させました。この時点では樹洞の中に入った生き物を外敵から守ってくれる習性のある樹木というイメージでした。

 三話目では、二話でチョウジというキャラクターができたのでこのチョウジの視点で描くことにします。胎樹のイメージができたときに落花という言葉も浮かんだのでこれを利用してようやく主人公たちの旅の目的が形になり始めました。

 四話目でようやく孕み屋を呼ばなくてはいけなくなった人物の視点に入ります。ここで主人公たちの目的が明確になりました。というか頭を捻って考え出しました。なるほど主人公たちはそういう目的で行動していたのかと、作者自身も気が付きます。

 この調子で順番に視点人物を変えていけばとりあえずもう一回り、つまり八話まではできそうだと思いましたが、この時点ではまだ物語をどういうふうに終わらせるかなんていうのは考えていませんでした。八話まで書いたらそこで未完にしてしまえばいいかと思いながら、八話までのおおよそのあらすじを考えた時点で、ちょっとだけ、この物語を着地させるとしたらどうすればいいのかについて考えました。

 普通に考えれば消滅してしまったサンジを復活させて終わりということになりますが、なんとなくどういう手順で復活できるかはイメージしていましたがそれで辻褄が合うかどうかまでは考えていません。物語の終わりをそこにしてしまうと考えなければいけなくなってしまいます。

 さらにはオリツの拵えの問題も解決させなければいけません。つまり拵えと孕みのメカニズムを考えて描写しなければいけないということです。

 途方に暮れていたところで、シゲが孕みであるという回収するつもりもない伏線を張っていたことを思い出しました。

 そこで名案が浮かびました。シゲが孕みであることを明かすところを物語の山場にして、その後はエピローグとして簡単にまとめてしまえば体裁は整いそうだと。

 さて次に解決しなければいけない問題は、孕み屋が間に合ってはいけないという部分です。シゲに告白させるためには孕み屋と合流してしまっては駄目なのです。

 そこで、管鰻の連絡がうまくいかなかった理由を考えなければいけなくなりました。

 途中で別の魚に食われてしまったとか途中で死んでしまったという手も考えました。管鰻の視点でそれを描けばなんとかなりそうですが、あっさりと食われてしまったりすると通信手段としてあまりにも脆弱すぎてしまいますので、管鰻を連絡手段として使っているという設定が根底から崩れてしまいそうです。

 とりあえず人為的なミスにしたほうが良さそうなので管鰻屋のオヤジの視点の話を考えることにしました。

 もともとオヤジは親父だったのですが、登場させたときには人物名はカタカナで統一するという設定もあいまいだったので、とりあえず親父という言葉の代わりにオヤジとカタカナにしてしまっていました。しかし、この世界では父という言葉が存在しません。父という言葉が存在しないので親父という言葉もありません。なのでカタカナにしましたではよろしくありません。かといって新しく名前を考えるのも面倒なので、オヤジを名前にしてしまうことにしました。幸いなことにオリツが拵えでしたから、オで始まる名前を拵えにつけるのが流行った時期があったという設定にしてオヤジも拵えにしてしまうことにしました。

 こうしてオヤジというキャラクターができあがったところで、どうやって解読できなくさせるかという問題を解決させることにします。

 落花という事件が起こったことで管鰻の需要が高まって、忙しくなったという設定にすれば忙しさで管鰻がたどり着いていたことを見逃してしまったという理由付けができます。

 発見が遅れてしまったことで産卵が始まってしまっていたとすれば不完全な言卵となりますからいかにオヤジが有能でも解読に失敗します。

 とここまで考えたのはいいのですが、自分だったらこういう可能性があるものに対してどういう対処をするかということをうっかり考えてしまいました。

 産卵してしまう可能性があるのであれば、余分に言卵を詰め込んで、それを捨て卵と呼ぶようにするかなと。そうすれば少しぐらい産卵してしまっても大丈夫です……が、そうなると連絡がうまくいってしまい目的が達成できません。

 急遽、捨て卵という方式がなぜ使われないのかという理由付けを考えないといけなくなりました。

 で、なんとかなりました。これで安心してオヤジに失敗させることができます。

 とはいってもせっかく作ったキャラクターですから失敗させたままではかわいそうです。なので、言卵の設定を追加しました。

 言卵というのは単純に五十音を色に置き換えたものではないという設定です。仮に日本語をつかっているという設定にしたとした場合、清音だけに限定したとしても46色必要になるわけですが、ここまで多いと色の見分けが難しくなります。アルファベットでも26色必要です。そこは熟練した管鰻使いだからということにしてもいいのですが、色の数が多いということは常備しておく数も多くなるということです。実用的ではありません。そこで言卵の解読はそれ以外の情報、つまり誰からの依頼なのかとかその時の時間、今起こっている事柄、とそういった全体的な情報も組み合わせて解読するという設定しました。

 そして、

「が、じきにその笑みが吹き飛んでしまうことをオヤジはまだ知らない。」

 というところで物語の引きとしていったん終わらせます。続いて、無関係な話を差し込んで、物語としての溜を行ったあとに後半を描くつもりにしたのですが、無関係な話が思いつきません。タツゾウたちはおそらく時系列的にはのんびりとしている時でしょうし、のんびりしているエピソードは既に書いてしまっているので使えません。

 しかたなく、時系列を過去に戻して落花の発生のエピソードを作ることにしました。

 しかし、落花で助かったものはほとんどいないという設定だったので、どうしてサンジは管鰻を放つことができたのかを考えなければいけなくなりました。あれこれ考えて、サンジは過去に落花を体験したことがあってその時は偶然助かったという設定にします。そうすれば事前に落花に対する対処をしておくことができていたという状況になります。管鰻を放つくらいの余裕はあるはずです。と、なんとか辻褄を合わせることができそうだったのですが、川辺ということであれば川の中に飛び込んでしまえば助かるんじゃないかということに気が付きます。落花の仕組み上、たしかに水の中に入ってしまえば助かります。サンジは泳げないという設定にすればいいのですが、泳ぐことのできる者であれば全員助かってしまいます。またしても前提が崩れそうです。

 そこで惨魚という生き物を考えました。食べられると数年かかって消化されるという嫌な生き物です。これだったら川に飛び込む者はいないなと安心したのですが、今度は惨魚の生態系が気になってきます。

 そもそも数年かけて消化するということはあまりエネルギーを消費しない生き物ということになります。消費しないということは必然的に動かないわけです。そうなると他の生き物に捕食されやすくなるはずで、これではあっという間に絶滅してしまいます。

 まずは動かなくても生き物を捉えることができるという形態を考えてみました。網のような形であればだいじょうぶそうです。そうなると内蔵はともかくとして表面上は網のような組織でできているという形になります。網であれば食べるところは少なそうなうえに頑丈そうです。つまり網状だから固くしかも食べるところが少ない。だから捕食されずに絶滅していないという設定でうまくいきそうです。

 さて安心してオヤジの問題に移れます。

 タツゾウたちの目的からオヤジの推理が始まります。このあたりは適当なんですが、勢いで畳み掛けてごまかしていきます。孕み屋が必要という部分までは推理させることができました。

 残りはどこで合流させるかです。これもタツゾウたちの足取りと速度を考えればおおよそ推測することができます。

 ……困ったことに、解読失敗させるつもりが成功させてしまいました。

 が、ここでオヤジを拵えにした設定が使えます。オヤジはまだ拵えたことがないので、拵えた状態だと体力を消費してしまい普段よりも歩みが遅くなってしまうということに考えがいきません。つまり実際はオヤジが考えたよりもタツゾウたちの歩みは遅く、結果として合流地点が食い違ってしまうということになります。

 ここまでくればもう一息です。

 残りの懸念事項は孕み屋が来なかったときにタツゾウたちがどう考えるかです。一番の問題はチョウジです。シゲのことを不審に思うことでしょう。

 いや、それ以前に、赤の他人の子供をシゲが孕む気になるのかというのも問題でした。とりあえずオリツを助けたいという気持ちの他にその子供がタツゾウの拵えであるということにすれば三人は家族になります。これだったらシゲも納得するんじゃないかと思います。

 ということで、オリツの拵えはタツゾウのものであるということにしなければいけなくなりました。お互いが好意を持っているという伏線は貼ってあったのですが、肝心の拵えをどうするか。胎樹の中で再拵えしてしまったという設定にすればいいだろうと、ちょっと強引な設定ですがそうしてしまうことにしました。拵えというのは要するに設計図を作るという感じのようなものです。どういう子供を作るかという情報を塊にしたものというイメージです。胎樹の中に入ったオリツが他の誰とも合わないでいるのは胎樹の中でひそかにオリツが再拵えをしてしまっているという状況だったわけです。

 ついでに落花のメカニズムに関しても書き加えました。

 ここまでくれば後はもうエピローグだけです。数年後の話ということにしていしてしまえば細かなことを書く必要もありません。せっかくなのでサンジがどうなったかも書くことにしました。あとは登場人物達のその後の話を少し追加します。

 殖物語の殖は生殖の殖なんですが、最後に題名につながる文章を書き足してなんとか形にすることができました。

 しかし、最初の頃に適当に書いてしまった設定のつじつま合わせがまだ残っています。

 気が付かなかったことにしてもいいのですが、管鰻を冬眠させるための氷をどうやって作っているかは考えなくてはいけません。

 この世界に冷蔵庫があればよかったのですがあいにくと江戸時代レベルの技術レベルという設定です。冷蔵庫はおろか電気もありません。もっとも電気はあるという設定にしてしまう方法もあります。なにしろ巨大な川がありますから水力発電くらいはできそうです。しかし電気があるとなると技術レベルは数段跳ね上がります。通信手段も電話くらいはありそうで管鰻なんか時代遅れになってしまいます。

 となるとまたしても設定が崩れてしまいます。なので電気は存在しません。

 ではどうやって氷を作るか、しかも安価でなければいけません。

 硝酸アンモニウムが大量に産出できて硝酸アンモニウムの吸熱反応で氷をふんだんに作ることができるという化学の力を用いようと考えましたが、この世界の言葉でそれを説明するのは難しそうです。硝酸アンモニウムという言葉を使ってよいのかというわけです。硝酸アンモニウムという言葉を使うのであればその言葉を使うことができる技術レベルを設定しなければいけません。

 というわけでこの方法はあきらめました。

 で、そのかわりに、土壌が石灰岩でできているという設定にして、長い間の雨の侵食でいたるところに鍾乳洞が存在しているという設定にしました。天然の冷蔵庫の出来上がりです。

 自分が理解している範囲で問題点は残りひとつとなりました。

 管鰻が川を遡るのに利用している、くだというものです。何らかの物理現象によって水が逆流しているといういい加減な設定のままでした。

 大勢には影響はないのでそのままにしておいてもいいのですが、とりあえず、これはくだという生き物なんじゃないかと考えています。名前のとおり管状の長さ数キロメートルにも及ぶほとんど消化器官のみの長い生き物です。頭が川下にあって、おしりは川上にあります。水の流れを利用して蠕動運動をしますが、これがなぜか水の流れに対して逆方向への向きに蠕動するという設定です。川下にある頭から食べた生き物は蠕動運動によって川上へと向かっていきます。消化器官内はヤスリのような形状になっているので蠕動運動でお知りに向かって流れていく過程で食べられた生き物は細かく粉砕され消化されていく、という設定にでもしましょうか。あるいはこの生き物が食べるのは微生物だけという設定でも良さそうです。食物連鎖に関しては、あまりにも長い形状なので他の生き物からは食べ物とみなされにくいという設定などはどうでしょうか。


 ここまでくると三つの性別があるという設定が物語の中で必然性をもっているのかという部分にも目がいってしまいます。そもそも根底として三つの性別のある生物が生まれるためにはどういう条件が必要なのかということです。

 たとえば、最初は二つの性別しかなかったけれども、なんらかの理由によって三番目の性が必要になったとかという感じですね。ちょっとしたアイデアはあるのですが、書いてみたい題材なのかというとそんなに気乗りもしませんし、そもそも自分の技術で書くことができるのかもわかりません。



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Ingrowth story Takeman @Takeman

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