断片結び シゲ
――こんな毎日も悪くはない。
とシゲは雑巾がけの手を休め、窓の外に広がる雲ひとつない青空を仰ぎ見ながらそう思った。
もうじきサナが学びから帰ってくる時刻だ。
今はシゲだけしかいない静かなこの家も、サナが帰ってきたらうるさくなる。でもそれもまた心地良いとシゲは感じている。
サナの学びが終わるのは再来年だ。
育てが終わればまた再びシゲは管鰻使いとしてタツゾウたちと頼み屋の仕事を始めるつもりでいる。
オリツもタツゾウもそしてチョウジもそれでいいと言ってくれたのだ。
サナを孕んだときの空もこんな空だった。あのときシゲは空を見上げていたのだが、タツゾウも見上げたのを感じた。ともに同じものを見ているのだと感じ取った瞬間、自分のこだわりが小さなものに思えた。これは失うのではなく、また一つ新しいことを知ることなのだと。
あのときのチョウジの驚いた顔は、今でも思い出すたびに笑いがこみ上げてくる。
サンジはその後どうなったかというと、オリツによって無事に拵えられることができた。
が、サンジは知らなかったのだが、落花によって知の状態となってしまった拵えを孕みに孕ませる方法はなかったのである。落花による拵えは胎樹としての拵えでその拵えを孕ませる事ができるのは胎樹だけだった。
もちろんそこからサンジは元通りにすることはできるのだが、胎樹の孕みは百五十年ほどかかる。サンジが再び意識を取り戻すのは今から百五十年後のことだった。それはまた別の物語となるのだが、それを語る者がいるのかどうかは定かではない。
タツゾウはそのことで少し悩んだのだが、サンジの依頼は拵えと孕みまでであって、元通りになるのに時間がかかることまでは保証はしていないというチョウジの必死の説得で納得した。
オリツは街に戻ってすぐに飛駆に乗る練習をし始めた。今ではタツゾウよりもうまく乗りこなして、仕事のないときはサナと一緒に遠乗りをしたりしている。
オヤジは相変わらずである。つい先日も門生を独立させたために忙しい毎日を送っている。門生が独立してしまうのはオヤジの育て方がうまいせいだ。だからオヤジは文句を言いながらも独立していくのを喜んでいる。いっぽうで忙しいのに我慢できているのは他にも理由がある。それはオヤジがシゲを自分の後継者にすることをもくろんでいるからで、そのことを隠そうともしていないのだが、今のところシゲはそのことには気が付かないふりをして押し通している。
シゲは最近、またいろいろと考え始めている。管鰻使いの仕事を再開すればまた、いろいろなことを知ることとなる。サナもシゲに似てきているようでいろいろなことをシゲに聞いてくる。学びの時期が終わってもサナが自分に聞いてくるのであれば、自分の知っているすべてを教えてあげよう。
こうして命も知識も繋がっていく。そして殖えていく。
了
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