断片十六 翌日
――いったいなにが起こっているんだ。
オリツを背負い早足で歩いているタツゾウは困惑していた。
――孕み屋は大丈夫なんだろうな。間に合うんだろうな。
一行の先頭を進むチョウジは時々後ろを振り返っては、タツゾウたちがついてきているかを確認しつつ、そんな心配をしていた。
――オリツさんはどうしちゃったんだろう。大丈夫なんだろうか。
一番うしろを歩いているシゲはオリツとタツゾウの背を見ながら心配をしていた。
夜があけて、タツゾウたちは孕み屋との合流場所であるこの先にある宿に向けて出発をした。
ひょっとしたら孕み屋はもう宿で待っているかもしれないし、まだ到着していないのであればこのままこの道を歩いていれば孕み屋と出会うはずだった。
全ては順調にいくはずだったが、朝からオリツの具合は悪かった。
一晩ゆっくりと休んだはずなのに三日ほど徹夜をしたかのような焦心状態だったのである。
「大丈夫」と言いながら歩き始めてそしてしばらくしてその場に倒れてしまった。
あの時、そのまま予定通り宿まで歩いて、そこで孕み屋を待つようにしておけばよかったとタツゾウは後悔をする。拵えてしまっただけなので無理して歩かせて体力を消耗させるよりも一晩休ませれて体力を回復させた後で先に進んだほうがいいだろうとあの時はそう思ったのだ。
「裏目に出続けているな」
タツゾウはつぶやく。
つぶやいたあとで、オリツに聞こえてしまったかと自分の右肩に頭をのせているオリツの気配を伺うが、オリツには聞こえていなかったようだ。目をつぶったまま苦しそうにしている。
チョウジと交代しながらオリツを背負い、昼前には待ち合わせの宿にたどり着いた。
宿までついたが、肝心の孕み屋が見当たらない。宿にいる者に聞いてみたのだが、誰も見かけた者はおらず来てはいなかった。
胎樹の中で横になることができたオリツは少し具合がよくなったようにも見えたが、それはオリツが気を張っていただけだった。
孕み屋は現れない。
日の位置は空の頂きを越え、そして下がり始めていった。
飛駆の足音が聞こえてこないものかと耳をすますが、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と川のせせらぎの音だけだ。
「シゲ、おまえしくじった……」
チョウジの我慢が限界を越えようとしたその時「チョウジ、すまない」とタツゾウが言った。
「確信が持てなかったから黙っていたがオリツの拵えは俺のだ」
「……なんだ、いきなり」
「だから今回のしくじりは俺のせいだ」
「シゲをかばって言ってるのか」
勘のするどいチョウジだったが、タツゾウはそのまま嘘を突き通す。
「いや、そうじゃない」
「ま、オリツに聞けばわかるだろう、なあ、オリツ聞こえてるか」
「オリツは寝かせておいてやれ」
「チョウジ……あたしが拵えたのはタツゾウさんのだよ」
いつの間にかオリツが樹洞の中から顔を出していた。
――オリツには口裏は合わせていなかったはずなのにどうしたんだ。
とタツゾウは思った。
樹洞の中で一夜あけてオリツは自分の体の異変を悟った。
――再拵え。
めったにないことだが、一度拵えたものをもう一度別の拵えとして拵えなおしてしまうことがある。
護がそばにいて、安心できる環境にいると拵えは拵えることができる状態になる。
必ずしもその場に孕みがいる必要はないが、いればいるだけ拵えはうまくいく。
昨日の夜、オリツはもっとも安心することのできる胎樹の中にいた。そしてすぐ近くには護であるタツゾウがいる。まどろみの中でオリツはタツゾウのことを考えていた。想っていた。
そしてオリツもタツゾウも知らなかったのだがシゲは孕みだった。
オリツがタツゾウの拵えをしてしまったのもやむを得ないことだった。
オリツの消耗は再拵えをしたためだったのである。
がしかし、オリツにはこれ以上体内に拵えを維持し続けておくほどの体力は殆ど残っていなかった。
シゲはずっと黙ったままだった。
さっきまで地面をずっと見つめたままだった。そして今度は顔を上げ、空を見続けている。
タツゾウもつられて空を見上げた。
雲ひとつない青空が見えた。当たり前のことだが、シゲが見ているものはタツゾウが見ているものと同じものだった。
ゆっくりと顔を下ろしたシゲの目の先にはタツゾウの顔があった。
「だいじょうぶです、孕みはここにいます」
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