断片十五 深夜

 チョウジは管鰻を食べようとしている夢をみていた。

 独立して管鰻屋を営んでいるシゲがチョウジを特別に招待してくれて、チョウジの目の前には様々な調理方法で調理された管鰻の料理が並べられている。

 しかし、管鰻を食べるためには古来から伝わった作法に則って食べなければいけない。シゲはチョウジにそう言って、管鰻を食べるための作法をチョウジに教えていくのだが、作法はその一からその三千四百七十五まであり、いまチョウジは作法その百六十一を終えたところだった。必死に作法をこなしていくチョウジの眼の前に次々と美味しそうな料理が置かれていく。しかしチョウジが味わうことができたのはいまのところ匂いだけだった。


 タツゾウはまだ起きていた。

 先程までタツゾウのもとにはシゲがいた。

――言卵も管鰻も問題はなかったし、師匠の腕は確かで信頼しています。でも言卵は伝わらないときもあるのです。

 シゲはタツゾウにそう語った。

 そんなことを悩んでいたのかとタツゾウは思った。

 オリツはまだ大丈夫だ。心配するなとシゲにそう言って安心させたのだが、独りになって明日のことを考えると少し不安になった。

 すべてが順調にいったとしても孕み屋がいつ来るのかまではわからない。シゲの言ったとおり、伝わらなかったという可能性もある。いくらまっても孕み屋が来なかったとしてもオリツの容態から見てまだ余裕はありそうだ。だから一回管鰻を使えばいい。でもチョウジはシゲのことを不審に思うかもしれない。

 ここでお互いの気持が割れてしまうのはまずいな、どうしたものかとタツゾウは考えていた。


 シゲは自分の心配ごとを少しだけタツゾウに話すことができて、そしてタツゾウに心配するなと言ってもらえたことで気持ちが楽になっていた。

 今は樹洞の中で、またいろいろとこの世の仕組みについて考えていた。ちょうど胎樹の落花について考えているところだった。

 落花が起こるのは胎樹の生存反応によるもので、二百十六日以上、樹洞の中に生き物が入らないと胎樹は繁殖行動ができないことに危機感を覚え、己の生存のために落花をする。

 群生するのを止め個々の個体となり、知の状態、つまり拵えの状態になるのである。そのとき胎樹はあたりの胎樹も巻き込んで爆散する。巻き込まれた胎樹も樹洞の中に生き物がいるいないにかかわらず連鎖反応的に落花し、そのとき樹洞の中にいた生き物は胎樹の知の状態に取り込まれてしまうのである。

 小さな個体となった胎樹の大半はその場所にとどまったままになるのだが、一部は他の生き物に食われ、一部は川に流され、別の場所にたどり着く。そしてふたたび孕んで群生をし始める。

 落花の時間は季節によってまちまちだった。夏場は早く、冬場は遅く。午前一時から午前三時までの間に落花は起きていた。だから気をつけないといけない時間というものを覚えておくのは難しく、宿では落花を管理する専門の者がいた。

 そう遠くない未来、落花が起こるのはその時の日照時間と関係することがわかる。つまり日照時間が長ければ早く、短ければ遅くなる。それはちょうど、一日の時間を昼の時間と夜の時間とに分け、更にそれを等分した、いわゆる不定時法を用いた方法で時を図ることによって、いかなる季節においても丑の刻二つ時に起こることがわかるのである。

 不定時法の時計を使っていれば丑の刻二つ時さえ気にしていれば落花から逃れることができることからやがてこの世界では不定時法で時を計ることとなる。

 それを発見するのはシゲなのだが、それはまた別の話で、今はまだシゲはそれを見つけてはいない。


 オリツはふたたび、タツゾウのことを考えてまどろんでいた。

 オリツの頭の中にいるのはタツゾウだけだった。


 孕み屋は飛駆にまたがり、二つの月が照らす夜の中を駆けていた。

 二つの月が照らす光のおかげで飛駆が駆けていく道は明るく、迷うことなく駆けていくことができた。

――これならばまもなく合流地点と思われる最初の場所にたどり着くことでしょう。

と孕み屋は考えていた。


 オヤジが考えていたよりもタツゾウたちの足は遅く、孕み屋はタツゾウたちの眠っている胎樹をすでに通り抜け、タツゾウが合流地点と指示した場所も駆け抜けていったことを誰も知らない。

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