あなたが王子様

「ほんとに人の目見て話すの苦手なんだな」


 ちら、と伺い見てみれば、彼は感心したように頷いている。

 

「……苦手。目を見ると大体何考えてるかわかるでしょ」

「嫌われたくない?」

「万人に好かれるなんて無理、わたしだって万人を好きにはなれない」

「いちいち考えのスケールが無駄にでかい。万人て、そんな有象無象のこと考えてどうすんの?」


 そんなの分かってる。

 でも、嫌われるよりは嫌われない方がいい。それに、嫌われるということに、わたしは少なからず傷つくのだ。自分が何をしたのか、答えの出ない疑問が心の奥に燻ぶっていく。

 それは詰みあがるばかりで、忘れることはあっても消えることはない。ふとした瞬間に思い出される。


「目の前だけ見たらいいじゃん」

「……」

「怖がらないで、ちゃんと見なよ。あんたが逃げ腰だから、あんたのこといいなって思うやつを逃しちゃうんだよ。脈なしだなって思われてさ」


 どうしてこうなった。わたしはなぜ、彼から恋愛指南を受けている。

 彼は容易いことのようにぺらぺらと持論を語っているが、そんなのできたらやっているという話だ。出会いなんてどこに落ちているのか、運命はどこで一休みを決め込んでいるのか。


「俺だけだよ、こんなに一生懸命にめんどくさいあんたと向き合うの」

「めんどうなら、ほっといてよ」

「やだよ」


 否定の言葉はちょっとだけ怒っているように聞こえた。


「俺は知ってるから。あんた、一回気を許した相手にはビックリするぐらい可愛いって」


 彼の口で語られる”わたし”は、たまに知らない”わたし”であることがある。それが、褒められているのか、辱められているのか判別に困る。


「だから俺をあんたの内側に迎え入れてよ」


 すっと目を細めて、緩く口角を持ち上げる。

 綺麗な顔だな、と思った。


「こうやって口説くまでして、あんたと仲良くなりたいんだよ、俺」


 口説く? 誰が? 誰を?


「俺は素直だし? 嫌なことは嫌って口に出しちゃうからさ」


 理解が追い付かない。

 こいつ本気なのか。そして、わたしはどうしてこんなに泣きそうなんだ。


「素直に言葉を信じてくれていいよ」

「……無、理」

「はあ? なんで?」

「怖い……」

「あ?」

「そんな風にまっすぐに言われると」

「どうしたらいいかわからない?」

「……」

「どんだけ手間かかるんだよ、あんたみたいなの中学生でもいねーよ」


 ごもっとも。

 まともに恋愛経験を積んでこなかったせいか、わたしの色恋沙汰の感覚は遠い青春の日々から全然成長をしていない。

 むしろ同レベルに並べられる世の中の中学生にも申し訳ない。


「でも、ここまで俺に言わせたんだから、俺はもうこれ以上近寄らないよ」


 彼はわたしの鈍足にしても遅すぎる速度に合わせて言葉を交わしてくれている。どうしてここまでしてくれるのかなんて、察しはつくけれど、それを答えだと確信する勇気は私になかった。

 面倒くさい女。わたしはそういう女が嫌いなはずなのに。はずだったのに。


「あんたから来てくんなきゃ、俺だって不安だし、傷付く」


 すごくよく分かる。

 一方的なコミュニケーションは不安になるのだ。言葉はちゃんと届いているか、想いは捻じ曲がっていないか。受け手の反応を見て初めて安心できる。

 それでも、彼は私をからかっているだけの可能性が捨てきれないわたしは、醜い疑心暗鬼の塊なのだろう。


「怖いのが自分だけだと思うなよ」


 怖い。自分が間違えを踏むことが怖い。

 どういう反応をすれば正解なのだろう。どうすれば傷つかないのだろう。

 違う、と彼の目が言っている気がした。

 彼はわたしが今考えていることは間違っていると言いたげに見えた。……どうなのだろう、わたしが彼にそう思ってほしい、と欲しているのだろうか。


「……あの」

「なあに」


 どうすれば幸せになれるのだろう。

 安心で安全で難のない道をいくなら、その分、得られるものも少ないことは、今までの人生で嫌というほど知っている。


「ありがとう」


 どっちつかず、毒にも薬にもならない回答。ここで、終わってはいけないのだ。


「……わたし、ほんと、何て言っていいか、でも、わたしのことめんどくさいって知ってても、近づいてくれて、ありがとう」


 恥ずかしさで死にそうだ。

 それでも、彼が柔らかく笑うから、これが正解だったのだと思う。


「いーよ。一緒に手繋いでかえってくれたら許す」

「帰る方向、逆だけど」

「……空気読めよ。ロマンチストだろ!? 送ってくっていってんの」

「え、あ」

「なに!」

「……なんでも、ない」

「それなし! 関係ないこと考えててもいいから、言ってよ。あんたのこと知りたい」


 そもそも、彼をどうでもいいと思っていたのなら、一緒に公園になんて来ていない。私はノーが言える大人なのである。

 ここにいる時点で、わたしは彼のことがそれなりには気になっていたんだ。


「手を繋ぐって、久しぶりだなって」

「……彼氏?」

「うん、まあ。周りに流されて付き合っただけだったけど」

「ふーん、彼氏いたことはあるんだ」

「まあ、はい」

「……何人?」

「さすがにデリカシーなさすぎだよね」

「……それはそーかも、ごめん」


 付き合っていない人間と手を繋ぐことってあるのか。いや、あるんだろうけど。私の人生にはないことだった。ありえない。


「なんだよ」

「自分でもいってたけどほんとに素直だね」

「まあなあ。容姿に恵まれてたから、どぎついこといっても回りが流してくれてたし、ちょっとキザなこといってもキャーキャー言われるだけだったから」

「顔綺麗なのは認めるけど、なにそのくっそ寒い台詞」


 わたしはなにをしているんだ。

 なんでこいつと手を繋いで帰り道を一緒にしているんだ。

 心の声を嘲笑うように、へらへらにやける口元を隠すこともできなくて。顔は熱いし、手汗は酷いし。


「冷めたとこあるからキザなことは言わないと思ってた。言っても顔が笑ってなさそう」

「そーだったかも。でも俺、真顔もイケメンだから」

「……人生、楽しそうだね」

「まあ、不幸だと思ったことはないよ」

「すごいなあ」


 破裂するんじゃないかっていうくらい心臓がうるさい。

 人間、心臓が鼓動する回数は決まっていると聞いたことがある。私の寿命はこの瞬間にごりっごりに削られているのではないか。


「あんたは人を誉めるのうまい」

「え?」

「良いとこも見つけて、その倍は悪いとこ見つけて、でも口にするのはいいとこを誉める言葉だけ」

「そうでもないと思うけど」

「まあたまにとんでもない失礼ぶちかますけど」

「言われたくない」

「素直なあんたは可愛いよ。そうやって思ったまま話してよ、楽しい」


 わたしだってあなたと話すのは楽しい。

 あなたは私をよく知っているから、下手に取り繕う必要がなくて、隣にいても苦じゃない。

 

「ねえ、白馬の王子様が俺じゃ不満?」


 わたしのこと、何でも知っているくせに。

 お姫様がわたしであることに釣り合わなさを感じているのだと、どうして分からないのだ。

 そんな可愛くないことを言う場面じゃないことは分かっている。わたしは意を決した。

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白馬の王子様をお呼びでしょう? 真名瀬こゆ @Quet2alc0atlus

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