第34話



いつしか二人は水路へと来ていた。

行く先から水が流れているそこは、こんな場所にありながら大人の男が立てるだけの高さと広さがある。それこそが、この道が正しいという証拠だ。

バシャバシャと足元の水が音を立てる。今はまだ、水量も僅かな道を一心不乱に駆ける二人。大きな変化はない。いや、なかったと言うべきか。



それは音だ。

瓦礫が落ちる、建造物が崩壊していく音は今もまだ嫌というほどあちこちからしている。

だけどその音は違った。

瓦礫のような固い物ではなく、そして連続している。通路を反響する重苦しいその重低音が、すさまじい勢いで此方へ迫ってくる何かがある事を伝える。



「やべえやべえやべえやべえ!」

「私達、本当に助かるんですか!?」



フィオの絶叫。



「間に合えばな!」

「ここまで来てそんなオチは御免です!」

「同感だ!」



足は緩めない。

全力疾走で、ゴールを目指した。そして――



「そこだ!」



士道が叫ぶ。

三叉路だ。

辿った道と、水が迫る道。

そして、もう一つの道。

そこは、天国と地獄の境界線。

秒読みのカウントダウンは轟音と共に迫り、遂には目に見える場所に。

最後の力を振り絞り、激流に呑み込まれるその直前。



「うおおっ!」

「あああっ!」



二人は頭から、出口へ続く道へ飛びこむ。

水が体を受けとめた。そしてすぐに呑み込まれる。もみくちゃにされ、上下左右すら分からなくなる中で、なんとか水上に顔を出した。



「「はあ、はあ……」」



全力疾走の反動で荒くなった呼吸を無理やり整える。

呼吸の出来る時間が短い事を、みるみる上昇する水位で嫌でも理解させられた。



「大丈夫なんですよね!」

「流される時間はそんなに長くないだろうから、天上の沁みでも数えてる間に終わるさ」

「天上も床も分からなくなってましたけどね! そもそも目を開ける余裕もないですけどね!」



相変わらずいい加減な士道に対して、フィオとて叫ばなければやってられない。



「まあ実際、一分くらいは呼吸出来ないからそろそろ準備しとけよ。じゃないと苦しいぞ?」

「こ、この件も後でしっかりとっちめてやりますから、覚えておいてくださいね! それと、一分以上だったら絶対に許しませんから!」

「さて、俺は馬鹿だから都合の悪い事は忘れる性質なんだ。そら、もういっぱいになるぞ!」



反論を許さないよう言いたい事だけ言って、フィオもこの状況から反論を断念して空気を肺一杯に吸い込んだ。

天井にまで達した水に呑み込まれる。

ただ目を瞑って必死で抱きついているフィオ。士道は壁に叩きつけられないよう水流の勢いに翻弄されながらも必死で壁を蹴って衝撃を殺す。

息苦しさを感じる余裕すらないほどに必死で、だけどお互い強く抱きしめ合ったその体が離れる事だけはなく、永遠にも感じられた数十秒はあっという間に過ぎ去った。

その水に押し流されるまま放り出され、宙を舞う。



「んんんんんんんん――――!!」



胃の辺りが冷え込むような独特の浮遊感。

フィオは何やら言いたいようだが、明確な言葉にならない。

そしてばしゃんと一際派手な水しぶきを上げながら、池に沈んだ。



「――ぷはっ!」

「――ふう!」



沈み込んだ体が浮力に引き摺られて浮上する。

水面に顔を出した瞬間、新鮮な空気を求めて大きく息を吐き、吸った。



「…………はあ、はあ。それで、どうよ。初めてのわくわくどきどき遺跡探検ツアーは? まあちょ~っとだけ、初心者向けとは言い難かったけどよ。あのクレアも病みつきになってCIA辞めたくらいだし、悪くないんじゃなかったか?」

「…………死ぬかと思いました。ええ、一度だけでなく何度もです。散々です。それに、そこで別の女性の名前を出すからやっぱりシドーは駄目なんです」

「……ん? どういうこった?」

「いいですよ、別に。今はまだシドーに理解してもらっても困りますし。まあ悪くなかったとだけは伝えておきます」

「ははっ、そうか。そいつぁ良かった」



フィオは柔らかな笑みを浮かべている。



「ほらほら、二人共いちゃついてないでさっさと上がりなさいな。今も遺跡は崩壊しているからそこも危険よ?」



と、そこで先に外へ退避していたクレアが声を掛ける。出口までは士道も喋っていなかったのだが、クレアはそこまでお見通しらしい。



「い、いちゃついてなんていません!」



慌てて水辺から這い上がったフィオは、顔を真っ赤にしてクレアの元へと小走りで向かう。



「……し、シドー」



だけどその途中で、フィオが足を止めて振り返った。



「け、結局宝は手に入りませんでしたし、散々だったと思いますが、シドー的にはその……今回の冒険はどうだったんですか」

「言っただろ? 最高のお宝を手に入れたよ」

「〰〰〰〰〰〰〰〰っ!? ば、馬鹿ですっっ!!」



遂には耳まで真っ赤にしながら、今度こそ全力でクレアの元まで駆け寄って抱きついた。



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Untold Treasure —魔女の叡智— 吉本ヒロ @hiro-yoshimoto

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