第33話
「悪ぃな。まだ一発、残ってるんだよ」
ギュスタフが嗤う。手には、ハンドガンが握られている。
その言葉の意味を理解するまでに、一瞬の空白があった。
ブラフの可能性を一瞬だけ考え、排除する。
あの短絡的な男が、怒りに任せて銃を捨てなかった。
その意味を、理解する。
体が硬直したのは、瞬きの間。
反射的に身は低く。
「シドー!」
フィオの祈るような声。
大丈夫だ、このくらいなんとかしてやる。
そんな気持ちと共に距離を詰めようとし、だけどその銃口が横にずらされた。
その狙いを理解し、直後。
体は自ら銃口の前へと飛び出す。
発砲音と同時に、肉体の一部が食い破られた痛みと熱を、確かに感じた。
自分に向けられた銃口の意味が最初は理解出来なくて、ただ目の前で撃たれたシドーを、呆然と見ていた。
「…………し、どう?」
地面に倒れたシドーは、必死に起き上がろうと足掻く。だけど、胸に開いた穴が、そこから零れる血が、起き上がる事すら出来ない体が――
死がすぐ傍に来ている事を、伝える。
「い、や……」
一人だったら、なんとか出来ていたかもしれない。こんな場面ですら、足手まといになった。
結果、シドーを巻き込んだ。
「いやああああああああああああ――――っっ!!」
全部、上手くいくと思ってた。
最初から最後まで、わたしが……。わたしがわたしが私が私が私私が私が私が私が私が私がが私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が――――――――ッ!!
「ふぃ、お……」
「し、どう? あ……わた、し……」
絶望に染まる思考。それを止めたのは、シドーの声。
「わりぃ、な……、約、束……やぶる気は……なかったんだが……」
「あ……」
声が出ない。
「…………これじゃ……B級、なんて……言われても……しょうが、ないな」
「ち、が……」
ただ、首を振ってそんなことはないと伝えることしか出来ない。
「い、け……っ!」
「い、や……。それ、だけは……」
「もう……時間が、ねえっ!」
「いやですっ!!」
ゆっくりと、背後から歩み寄る気配がした。
どんどん、シドーの力が抜けていく。
絶望に打ちひしがれ、全てを諦めそうになる。
「ばか、を……言うな……!」
「馬鹿なのはシドーの方です!」
だけど、シドーはここまでずっと諦めなかった。
あの絶望を、ここまでひっくり返した。
「全員揃って、それがハッピーエンドだって言ったじゃないですか!!」
助けてくれただけじゃない。
あの時のどうしようもない自分すら救ってくれたんだ。
「あなたが行かないなら、私も行きません!」
今度は自分の番だ。私も、諦めない。
「私達は、生きて帰るんです!!」
折れそうになる心に喝を入れる。
出来る事ならなんでも良い。何かないか。出来る事は。私じゃ勝てない。引き摺るのも無理だ。自分に出来る事は何もなくて、でも諦められるわけがなくて。考えて、考えて考えて考えて――
そして、シドーを想って、たどり着いた。
少し前の自分なら思いつきもしなかっただろう。
誰かが同じ事を言おうものならきっとばかにして冷笑の一つでも浴びせたかもしれない。いや、それとも心が微塵も揺らがないかな。
そのくらいに、荒唐無稽な考えだ。
それに、なんだか色々と逆な気もする。
私はきっと悪い魔女で、お姫様なのに。
「奇跡の延長線が
私とシドーが出会った事も、奇跡だと言うのなら。
「――これからの、奇跡も望んで良いですか?」
だけど、庇ってくれた。そこだけは、
なんて、そう思うと、少しだけおかしくて、自然と
横に落ちている、宝を手に取り、シドーの胸元に置いて、手を重ねた。
「…………初めてです。これを、最後にさせないでください」
自らの舌を噛む。
だけどこれは、逃避じゃない。
加減が分からなくて、思ったより血が出た。
重力に従うように、頭がゆっくりと下がる。
その先で触れあった場所が、足元に転がってきた時に拾っていた宝が、不思議な熱を帯びた。
「なにを、しやがった……」
ギュスタフが呆然と呟く。
言っている意味が分からなくて、ただギュスタフの視線を追った。
そしてようやく気付く。
先程まで確かにあった宝は、まるで高温に熱せられているかのように熔けて形を失っていた。
液体になって手からゆっくりと零れ落ちていく。だけど、熱くない。
ただ分かるのは、宝を失ったという事だけ。
形を失い、ただの金に変じたそれは、完全に原型を失っている。
「ガキがなにをしやがったああッ――!!」
ギュスタフが激昂と共に拳を振るう。
衝撃に備えて反射的に身を固くし、目をつむった。それより僅かに早い衝撃は、体を包み込むような温かくやさしいもの。
「……え?」
後ろへ引き寄せられた体。
ギュスタフの拳が空を切った。
そして、自分以外の誰かが立ち上がったかのように、一際高く踵を鳴らす。
幻聴、じゃない。
振り返れば確かに、死に瀕していた士道が立ち上がっていた。
「……し、どー?」
「テメエ……ッ!?」
ギュスタフは驚愕に目を見開く。
「どうした、幽霊でも見たかのか?」
死の淵から蘇った男は、こんな時でも飄々とした態度を崩さない。
「助かった、フィオ」
「いえ、私は……」
ぽんと頭を叩かれた。
その優しい衝撃で、ようやく現実だと理解する。
言葉がでない。
賭けでしかなかった。
賭けですらなかった。
ここまで来て、それでも半信半疑だった。藁にもすがる思いで、ただ自然に体が動いた。シドーにもまだ、言ってなかった事。村長の家系だけが知る、口伝。宝を使うには、魔女の承認が必要だと言う事。
そうとしか聞いていなかったから、その意味が分からなくて、だけどシドーと共に謎を解いていく過程でもしかしたらと、そう思った。宝に触れながら、魔女の血を体内に受け入れるという事を。
「まったく。これだからトレジャーハンターはやめられねえ。こんな神秘は他じゃお目にかかれねえからな。それに、女神のキスとあっちゃ、いつまでも寝てられねえ」
「〰〰〰〰っ!」
顔が熱くなる。
こんな時になに馬鹿な事を言っているのかと言ってやりたいのに、言葉にならない。
馬鹿で変態でロリコンで。きっとその気になれば、一日中文句を言えるだろう。
だけど、世界中の誰よりも頼りになる人。
その人が仕掛ける。
距離を詰めた。拳を振るう。傷が塞がったシドーに、陰りはない。
反面、ギュスタフは我武者羅に応戦する。
「くそがあああああっ!!」
悪意を撒き散らし、剛腕を振るう。だけどそれは、素人目にもただの悪足掻きにしか見えない。
気力と体力を振り絞り、切り札を使い、ようやく倒したはずの相手が起き上がる。
理解出来ない状況で、正気を保つのも限界だったのか。
「悪いな」
あっさりと懐に潜り込んだシドーが、告げる。
「生憎と、今の俺は、負ける気が、しねえのよ!」
顎を揺らし、鳩尾にめり込ませ、後頭部に肘を振り下ろし、顔面を蹴りあげる。
「ァァアアアアアアアアッッ――――!!」
ギュスタフが最後の力を振り絞る。
「いい加減、倒れやがれッ!!」
「ガアッ!?」
それをかわして顔面にお見舞いしたシドーのストレートを受け、ギュスタフがふらついた。
ゆっくりと数歩
「ああ、まったく。死ぬかと思ったぜ。サンキューな、フィオ」
変わらぬ軽口と共に伸ばされた手を、今更拒めるはずもない。
シドーのような帽子があればどれほど良かっただろうかと、詮無き事を考えた。
「急ぎましょう」
俯き気味に立ち上がる。
とにかく今の顔を見られたくなくて、シドーより先に駆けだした。
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