第32話

「ハッ! 死ぬ覚悟が出来たようだなァッ!」



ギュスタフが吼える。



「お前こそわざわざ殺されに来るとは物好きな奴だな!」



そんなギュスタフを迎え撃つ。

距離が縮まり、ギュスタフはナイフを抜いた。

そこに気を取られた一瞬――

そのナイフが届くより僅かに遠い位置で急停止したギュスタフが、駆ける勢いそのまま乗せた回し蹴りを繰り出す。



「ラアッ!」

「――っ!」



動揺は最小限に。

すぐさま屈んで避け、距離を詰めようとした所をギュスタフは足を入れ替えて突き出す。

頭上で大気が唸りを上げる。

更に低く、四つん這いになってまで躱した。



続けざまに踵落としへ移行したギュスタフの攻撃は、横に転がって避ける。

耳元で、断頭台(ギロチン)にも似た重々しい音と共に足が振り下ろされた。

たった一撃でも、まともに受けるには重すぎる事を嫌でも物語る。

立ち上がり際を狙うギュスタフは、ここでようやくナイフを使う。鋭い突きを、慌てて後方へ跳びのき、間合いをとった。



「へっ、どうした、威勢がいいのは口だけか、ァア?」



構わず距離を詰めてきたギュスタフは、体格に似合わない隙の小さな攻撃ばかりを繰り出す。

嫌になるくらい、的確なナイフ捌きだ。



「チッ、ちまちまと男としての小ささが分かる攻撃の仕方だな! どうせナニも小せえんだろうな!」

「テメエこそ、逃げ回ってばかりで一向に攻めねえじゃねえか。テメエの方は起(た)たねえ役立たずかあッ!?」

「気の小せえゴリラよりマシだ!」

「ビビってんじゃねえぞ、チキン野郎が!」



再び開いた間合い。

焦りからくる挑発。

時間がないのは、互いに変わらない。

早急にケリをつけなければ、揃って瓦礫に埋もれるのは分かっている。

だが、拙攻を許すほど甘い相手ではない。

無理をすれば相手を利する結果となり、自身の敗北という結末を迎える事になるだろう。



故に、膠着状態。

決め手を欠いたまま、されど千日手は許されず。どう打開するか、現状維持を続けたまま互いに様々な牽制を入れ、探る。

罵り合って注意を逸らす。

更には視線、足の向き、開き具合、手の位置、力み、呼吸から、些細な情報を読み取ろうと相手に集中しながらも、自身の情報を悟られないよう自然体を心がける。

ギュスタフは短絡的だが、こと戦闘に限って言えば愚かではない。幾つもの実戦を経て研ぎ澄まされた、確かな技術と思考を持っている。



だが、こんな環境で戦うのはさすがに初めてなのだろう。

真っ当な戦場とは言えないために少なからぬ重圧を感じ、動きは精彩を欠いている。だからこそ、力量差がある中で辛うじてながら膠着状態に陥っているのだ。

その瞬間、比較的近くに大きめの岩が落ちてきた。



「――っ!」

「……ッ!」



大きな音は、再開を告げるゴングだ。

瞬間、駆り立てられるよう同時に動いた。

だが、動いたと言っても、それぞれ意味が違う。

純粋に距離を詰めたのはギュスタフ。

二歩分の距離を埋め、間合いに入れようとする。それに対し、半歩退(さ)がった。

その際、先程四つん這いになった時、密かに握りしめていた礫。それを、ナイフを握っている右手目掛けて投げた。



「――――ッ!?」



防御の体勢に移ってからの攻撃。

それもあるとは思わなかった至近からの飛び道具は、確かにギュスタフの意表を突いた。

指に当たり、堪らず怯んだ隙に一歩前へと距離を詰め、右手首を掴み、捻る。

だが、ギュスタフもまた負けてはいない。

ナイフを取り落とすより先に左手をもって行き、持ち手を入れ替え、直後に顔を狙って突いてくる。



ギュスタフの右手を瞬時に解放し、頭を傾けて回避する。顔面スレスレの攻撃は、浅く頬を裂いたがそれだけだ。

そしてギュスタフが手を引くより速く、伸び切った腕を掴み、手のひらが上を向くようにして背負い投げる。

ギュスタフは逆らえない。

抵抗すれば肘を折られるため、自らもその流れに乗って投げられた。



「っ、ラアッ!」

「グっ!」



ギュスタフの巨体が宙を舞う。そのまま背中から地面へ叩きつけてやるが、受け身を取られた。その状態から更に腕を捻ると、堪らずにナイフを取り落とす。だが、完全に極まるより先に、ギュスタフは立ち直った。

脱力していたギュスタフの腕に力が入る。

拳を握りしめ、筋肉という鎧を再び纏った。

捻った方向へ体を半回転させ、仰向けから四つん這いに近い状態になりながら強く地面を蹴る。

それは獣のように低く、そして速い。

そのタックルをもらい、組みつかれれば、体格が物を言う勝負になるため敗北は必至だ。

慌てて掴んでいた手を離し、横へ飛んで避ける。

ギュスタフは通り過ぎた後で振り返り、ゆっくりと立ち上がった。



「テメエ、やってくれたじゃねえか……」

「これで五分と五分、仕切り直しといこうか?」



すぐ傍に落ちているナイフの場所を横目で確認するが、無理に取ろうとすればその隙を突かれる。そして、それはギュスタフも同様だ。

お互い、我慢すれば負傷した腕も使えるが、痛みで万全ではない。



「ハッ! 余裕こいてられんのも今の内だぜェッ!」



再びギュスタフから距離を詰める。

今度は左右の拳を使った連撃を繰り出してきた。

剛腕がうねりをあげ、絶え間なく襲い来る。それに対し腕を上げていなしながら、必死で防御に徹する。上から振り下ろすような拳の一撃を、それより先に距離を詰めて回避。

呼吸も、瞬き一つすら許されない刹那の攻防が繰り広げられる。だが、追いつくための全力疾走に次いでの格闘戦は、さすがのギュスタフも息を上げる程度には苦しかったのだろう。

次第に荒くなる動きに比例して荒くなった呼吸の継ぎ目。

それを見計らい、大振りになった隙を突く。

だが、ギュスタフのボディに二度拳を叩きこむも、防弾チョッキと筋肉の鎧によってほとんどダメージを与えられない。



「どうした、全然効かねえぞオッ!」



少しも堪えた様子を見せないギュスタフのアッパーを仰け反りながら回避する。

続くストレートは右膝を曲げ、掻い潜る。

耳元で唸るような風切り音。

体格差だけでも圧倒的不利で、だけど今更怯むはずもない。

ここでギュスタフを無力化しない事には、無事に脱出など出来やしないのだから。



「シッ! っ! オラアッ!」

「――ッ!」



ガードの上からでも響く、重い一撃。

少しでも衝撃を逃すために自分から跳び退すさるが、そんな小細工など無駄とばかりに即座に距離を詰められ、連続して拳が襲いかかる。

このままじゃじり貧だ。真っ向な手を使っていては勝ち目もない。

左腕も肩に銃弾を受けた痛みを無視して牽制に使っているが、結局本命は右腕だけだ。

それに、ギュスタフもそれを理解しているから余計に性質が悪い。だからこそ真っ当でない手段、急いでポケットから宝を持ち出し、盾にする。



「ぐっ、ツう……!? やってくれたな、テメエッ!」

「ハハッ! さすがにこれは効いただろ? それに、スポーツじゃねえのはお前が一番良く分かってるだろうがよ!」



金属を殴りつける鈍い音。とっさに直前で力を緩めたようだが、それでも限度がある。さすがにこれは堪えたか、その表情に苦悶の色が混じった。



「ほら、これが欲しかったんだろ!」

「テメエっ!?」



同じ手段に訴えた奇襲など、二度も通じる相手ではない。それにこだわれば逆に不利になりかねないためにすかさず宝をギュスタフの顔面目掛けて投げつける。投げられた宝を避けるわけにはいかない。ギュスタフが反射的に弾いた宝は、フィオの足元まで飛んでいく。その隙に、更なる攻勢に転じた。

攻撃がまったく効かないわけではないのだ。

軽くても顎を狙ったフック、喉元や鳩尾を狙った貫手を中心に、上に意識を向けさせれば急に金的といった下の攻撃を交え、相手にとって嫌な攻撃ばかりを意図して繰り出す。



それなら左手だろうと脅威になる。急所狙いの攻撃をギュスタフは露骨に嫌がり、距離を置こうとする。それをさせまいと更に距離を詰めた所で、ギュスタフは狂笑を浮かべた。

悪寒に従って攻撃を中断して距離を置こうとするが、ギュスタフがそれを許すはずもない。

時間制限のある焦りから出た拙速を見逃さなかった。左が繰り出されるのを待っていたと、中途半端な攻撃ながら鳩尾を捉えた一撃はまるで意に介さず、そのまま距離を詰められて渾身のストレートが迫る。



「これでどうだァッ!」

「ぐうっ!?」



躱そうとして、だけど躱し切れるものでもなかった。

左肩に、ギュスタフの拳が命中する。

銃弾を受けた際の傷は無理やりの止血で塞がっていたが、今ので間違いなく開いただろう。

ズキズキと刺すような痛みが走り、思わず顔をしかめる。一度捕縛された身だ。ギュスタフはこの傷を知っていた。それを承知で、無理をしてでも牽制も兼ねて左腕も攻撃に使った。だが、傷に直接攻撃を受けるのはその何十倍も辛かった。

僅かでも回復を図るため、距離を置く。

だが、痛みによって出来た隙を当然、突いてくる。



ギュスタフは待っていたのだ。

完全な受け身に回る瞬間を。

それを使うチャンスは何度もあった。

だが、たとえ僅かな確率であろうとも、失敗する可能性があった。

圧倒的優位を覆された屈辱に身を焼きながら、それでも、万全を期して慢心を殺した。

だから万策尽きた事を確認するために、この瞬間まで待ったのだ。

少しでも余裕を持って対応するために、ギュスタフとの間には近くて遠い距離が空いていた。




「悪ぃな。まだ一発、残ってるんだよ」




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