がらくた と おもちゃ

文鳥

#001【知らない】

 がらくたの国、錆びた大きな地下空洞に今日も朝が来た。外で機械の音がうるさくて目が覚める。六時半だ。平日は毎日この時間から一番街の人の仕事が始まり、外が徐々に賑わい出す。

 俺の住んでいるのは二番街だから、一番街のその音と共に起床し、歯を磨き、顔を洗い、着替え、用意された朝食を食べて、精神安定の為に透明な球体を頭から被り、仕事へ向かう。

 俺は国の中央にある「ラベルハウス」という施設で国民の入学、就職、結婚、出産、引っ越しなどの管理をしたり、国の気温や湿度、そして明るさの調整を行う仕事をしている。

 この国に空や太陽はない。だからそういった情報は全て人工的に操作してそれっぽい物を作っている。

 だが、俺は自分で決めてこの仕事に就いたわけではない。誰かが俺がこの仕事をするのは「当たり前」だと決めたからこの職に就いた。

 昔は一人他と違うことをして、いじめられたり怒られたりと、散々な目にあってきた。そんな過去を知る大人達は、みんなこぞって俺が「普通」に生きていることを喜ばしく思っている。

「俺はこんなことしたくないのに」

 仕事中に吐露した本音をラベルハウスのリーダー、サマは聞き逃さなかった。

「お前はここで働く以外に、何ができるわけでもないだろう?それは俺が一番知っている」

 サマは人型の影みたいな奴だ。というかこの国の権威ある者は皆そんな見た目をしている。彼らにとって、ただ「普通」を生きる以外は何も必要ないんだろう。そして彼は俺が生まれた時から既にラベルハウスで働いている。だから俺の情報は全て把握している。どんな人間なのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか、それらが「普通」であるかどうか。

 俺はきっと「普通」ではないのだ。今でもこの国が大嫌いだ。でもそれを表に出すとまた昔と同じ思いをすることは間違いない。だから俺は俺を殺して生きている。

「おいアンコウ。上のパイプの様子がおかしいみたいだ。多分また穴でも空いたんだろう。直してきてくれ」

 サマはそう言うと俺に工具箱を渡した。

 パイプとは、この国の空調設備で、国の天井に向かって大量に突き刺さっている管のことだ。

 だが、この国では天井の上には地獄があると信じられている。その根拠として、四番街の天井が崩れ落ちて上が見えている箇所があって、そこからドス黒い煙が充満しているのが見える。たまにものすごい轟音と共にそこを恐ろしく光が移動していくこともあるのだ。

 でも俺はあそこを地獄だとは信じていない。なぜなら誰もそこに行ったことがないからだ。誰の一人も、天井の向こうに立ったことがないのだ。

 俺は地獄に光が見えて騒ぎになる度に、いつもそう言っていたが、やはり「普通」に反する者として排斥された。

 最上階の分厚い扉を開くと、ゴウン。ゴウン。と煩く唸る大きなパイプが大蛇のように暗闇に浮かんでいた。入ってすぐの電気のスイッチをいじってみたが反応がない。仕方なく工具箱から懐中電灯を取り出し、その光を頼りに異常を探す。

 円形にパイプを取り囲む足場を半周した所で嫌な風をパイプの方からじた。汚れた緑のパイプに人が一人入れるくらいの大きな穴が空いていて、そこから風がゴォォォと、噴き出している。

 風の轟音と共になにやら楽しそうな声や明るい音楽が聞こえてくるような気がする。下で三番街の人達がパレードでもしているのかと思ったが、なんだかそんな感じでもない。心なしか「こっちにおいで」と誘われているような気がして少し怖くなった。今ばかりは天井の上は本当に地獄なんじゃないかと思えてくる。でも、こんな窮屈な場所にいるよりは、いっそ地獄でも何でも新天地に行くべきなんじゃないのかとも頭をよぎる。

 そんなこんなが頭を駆け巡る間も、体は少しずつ穴の方へ進んで行く。懐中電灯の光が当たっていない場所は真っ暗で、俺はたった一人この音の中へと消えていく。

「あっ」

 穴の目の前まで行った時、俺の体は宙に浮かんでそのまま穴へと吸い込まれていった。

 ものすごい轟音と風が体にぶつかって、真っ暗で怖くてすぐに気を失った。


 涼しい風が頬を撫で、体が動くことに気づいて俺は目を開いた。仰向けに倒れている俺の目に飛び込んできたのは、昔読んだ絵本でしか見たことのない、どこまでも続いていそうな青空。地面は石畳で、周りは白い壁に囲まれている。とても静かで、とても綺麗な場所だ。

 目の前には自分が出てきたであろう、周りの美しい景色とは対照的な、汚い緑のパイプが口を開けてこちらに向いていた。他の赤や銀色のパイプはもっと高い所まで伸びている。

「おい」

 黒い球体を頭から被った男が俺を見つけ、呼びかけながら歩いてくる。

「ここで何してる?どうやって入った?」

「何もしていない。ただパイプハウスでパイプの点検をしていたら穴に吸い込まれてここに来た」

 そう答えると、彼はパイプの周りを囲っている鉄柵に腰掛け、少し考えてから

「なるほど。ここにいるのはまずいから、一旦外に出よう」

 と言うと、扉の方に俺を誘導し始めた。

 大きな黒いドアを出ると、そこは綺麗な廊下で、まるでお城だなと思った。とても静かで幻想的だった。

「あの穴にもう一度入って同じ道を辿れば帰れるだろうが、それは流石に危なすぎるし、何より他に損傷が出るかもしれない。どうやって下に返すかはまた考えるから、それまでこの国にいろ」

 少し呆れたように笑って彼はそう言った。

「この国?」

 俺は引っかかったことを訪ねる。

「ああ。お前は『がらくたの国』から来たんだろうが、ここは『おもちゃの国』だ」

 丁度よく目の前に現れた大きな扉を開くと、そこは信じられないくらい開けた広場。地面は白い石でできていて、所々に赤や青や黄色や緑の綺麗な石が埋め込まれている。大きな青空には風船やロケットやUFO。人々は個性豊かな姿形、服装をしていて、皆楽しそうに賑わっている。

 俺があっけにとられていると彼は、

「仕事の途中だったから俺は戻る。しばらく観光でもしててくれ。ただし、中で見たものは口外禁止だ」

 よく通る声でそう言うと扉を閉めて中へと帰っていった。

「ねね!君、お城の中で何してたの!?」

 突然女性に声をかけられた。彼女は確かに今まで扉のすぐ横で絵を描いているのが見えていた。目がぱっちりで、カラフルな髪の毛に黄緑のベレー帽を被っている。

 お城。そう言われて振り向いて始めて自分が今までいた場所が本当にお城だったと気がついた。口外禁止と言われていたし実際そうだったので俺は、

「別に何もしてない」

 と答える。しかし彼女は納得しないような顔で「ふーん」とだけ言うと、キャンバスの前に戻って再び絵を描き始めた。

 俺は別に彼女に関わろうという気は無かったが、行く当てもないし、下手に動いて迷子になるのも嫌だったので、彼女に話しかけた。

「何描いてるんですか?」

「ここの風景。なんかのポスターに使うんだってさ」

 覗き込んでみると、とても写実的で、写真のような絵だった。

「上手いですね」

 そう言うと彼女は口をとんがらせて

「んー。そうかねえ?」

 と言った。でも俺にはその絵がとても上手に見えた。

 確かに上手には見えたが、何も感じるものはなかった。彼女にセンスがないと言う話ではなく、なんならその絵から伝わってくるのは「義務感」だった。彼女の姿が急に機械に見えた。さっき話しかけてきたときはあんなに生き生きとしていたのに、今では完全に無機物だ。

「楽しいですか?」

 思わずそう聞いてしまったが、失礼だとは思わなかった。

 彼女は筆をピタッと止め、しばらく自分の手元を凝視した後、俺の方を向いた顔は有機的だった。

「楽しくないよ。でも、私は画家だから。私がなりたいって決めたからさ」

 悲しそうに笑って、そのまま道具を片付けると歩き始めた。帰るのだろうかと思って

「あ、さよなら」

 と小さく手を振ると、彼女はくるっと振り向いて

「君もおいでよ、どうせ暇でしょ?」

 と誘ってきた。

「まあ、暇だけど」

「私の名前は雉。よろしくね!」

 少しずつ最初の元気を取り戻した雉は俺に握手を求めてきた。

「アンコウです。よろしく」

 名乗りながらその手を取った。なぜかやけに冷たい手が、少し心地よく感じた。

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がらくた と おもちゃ 文鳥 @buncho321

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