第7話 108

108


収穫祭の楽の音が遠くで聞こえる。

森を切り拓いた畑の向こうにある緩衝地帯に巨木がそびえ立つ。

言い伝えによると根元近くの瘤は捧げられた巫女であったという。

ただの伝説だが、今年も大樹に奉納をすることになっている。

誰かが樹を撫でる。

瘤を一つづつ、愛おしそうに懐かしむよう。

何かが見えるように。


もう、この樹も老木となり弱ってきている。

枯れるままか、切り倒すことになるだろう。

どちらがいいかは誰かが考える。

もう中身も加護もないのに祭は続いていた。


遠くから巫女を導く行列が見える。

遠くから共たちの楽の音が近づく。

無意識に心躍り口元に笑みが浮かぶ。

奥歯を噛みしめたい気持ちも湧き上がる。


道を譲るように歩き出す。

道を外れて遠くから儀式を眺める。

良い巫女だ。

美しい舞だ。

心躍る楽だ。

供えられる食物は手の込んだものや珍しいもの。

全て知っている。

全て思い出せる。


まだ幾ばくかの時間はあるのだから、未来に思いを馳せてもいいのだろう。

過去と未来の天秤は、片方にある過去の皿が重すぎるようにも感じる。

軸をずらせばどこかで釣り合うかもしれない。

もう一方に乗せるものを考えよう。


一歩、踏み出す。

もう一歩踏み。

さらに一歩。

振り返らない。

足跡は残らない。

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森と巫女の年代記 Dice No.11 @dicek03

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